86……かかしじゃないの!
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
小鳥の声とかすかな明かりが窓から飛び込んでいた。まだ眠たげな朝陽が、ベッドで丸くなっていた少女の顔を優しくなでる。小柄が、丸くなることでさらに小さく見えた。
「あさ……?」
と、少女はまぶたをこすり、ぼうっと辺りを見回した。保護者の少年であるリトの姿はない。カーテンがほんの少し開けられており、そこから朝陽が入り込んできていた。
「っ、あさなのっ」
朝の仕事を思い出しファナはベッドから飛び降りた。寝間着の上を脱ぎ捨て、勢いよく下も脱ぐ。下着までいっしょに下ろしてしまって慌てて戻す。見られてないよね? リトがいないことをもう一度確認して、胸をなで下ろす。
それから小さい方のベッドの枕元へ。畳んであったワンピースをかぶり、背中のボタンを留めれば着替えは終わりだ。脱ぎ散らかした寝間着は――、
「あ、あとでちゃんとたたむのっ。お布団もたたむからっ」
もうちょっとだけ待ってて! ファナは部屋を飛び出した。
階段を下り、さっと顔を洗う。寝癖は見なかったことにして、一旦キッチンへ。
「リトっ、おはようなのっ!!」
「お、おう、おはよう。えっとな」
「ごめんなさいなのっ、ちょっと行ってくる!」
ファナは玄関を飛び出した。その後姿を、リトは丸くした目で見送った。
♪♪
「おはようなの。遅くなってごめんね」
玄関のすぐ左。道に面した窓の下の花壇から、小さな芽が顔を出している。その前にしゃがんだファナは自身の右手を近づけた。手首から中指の第一関節の少し上くらいの高さ。
「昨日といっしょなの。……一日で急におっきくなるわけないもんね」
うんうんとうなずいて立ち上がる。ジョウロに水を汲んで戻ってくる。
「えへへ、でも早くおっきくなってきれいな花を咲かせてほしいの」
やさしくやさしく水を掛けた。濡れて黒くなった土から伸びる緑はさっきより鮮やかに見え、水滴をつけた芽は朝陽にきらきらと光る。どことなく芽もうれしそうだ。
「あ、でも、ファナみたいにお水が苦手だったらごめんね?」
最後に芽の先をちょんちょんとつついて、ファナは次の場所に向かった。
♪♪♪
横庭。洗濯物を干すだけだったそこには、今は小さな畑ができている。リトが植えたミニトマトだ。昨日植えたばかりだが、育った苗を買ってきたから、ほどなく青い実がなるだろう。
「いっぱいお水飲んで、あまいトマトになるの!」
ちゃー、と水を掛ける。トマトはいっぱいいっぱい水を飲むからたくさん掛ける。
「あ、でも夜におといれ行きたくなるかも……」
トマトがおといれ…………?
自分の言葉に首を傾げる。――と、トイレで思い出す。部屋に戻って寝間着と布団を畳まなければならないのだった。畑に背を向けたとき、屋根の上から小鳥が二羽降りてきた。畑のすぐ傍で小さく跳ねて場所を変えながら、じっと葉っぱの方を見つめている。
「だ、だめなのっ。食べちゃだめっ」
しっしっと腕を振る。すると小鳥たちはぱたたと飛び上がった。
「ふぅ、今日もトマトさんの平和を守ったの――――!?」
そう思ったのもつかの間。背中に違和感があった。より正確には背中から伸びる一対の羽。竜たる証である深緑色の翼だ。羽をそっと動かして、そちらを見れば、さっきの小鳥がなんとも落ち着いた様子で止まっていた。
「そ、そこは止まるところじゃないの! ファナの羽なのっ!」
ばさばさと羽ばたけば、小鳥たちはすぐに飛び上がるが、ファナが止めればまた戻った。
そして、ちょんちょんちょんと羽を根元に方に移動して、お尻しっぽに移る。
「そ、そっちはもっと違うのっ」
♪♪♪♪
「ファナ、水やりしてたんだな。偉いな――って、うん? …………かかし?」
戻りが遅いのを気にしたリトが横庭に出ると、小鳥に遊ばれているファナが目に留まった。小鳥たちはトマトよりもファナに興味津々らしい。
「うう、リトぉ、たすけてっ」
「……でもファナを助けたら鳥がトマトに行くかもしれないしなぁ」
リトはそんないじわるを言うから、
「ふぁ、ファナのためのかかしが必要なのっ」
両手としっぽ、それに羽をを大きく突き上げた。平和な朝のひとときだ。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
ちょっと面倒な水やりも、ルーチン化して日常にしまえば苦になりません。
もしくは、花が咲く、実がなるといった楽しみがあれば。
きっとファナは水やりというちょっとした日常さえも、
楽しいひとときに変えてしまうんでしょう。
それでは次回,
『87……色とにおい(夏)』
ファナは夏好きなのっ――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




