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87……色とにおい(夏)

マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。

飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。

リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。

学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。

そうして、初めての夏がやってきて――

      ♪


「ああ、日に日に暑くなっていく。このまま気温が上がり続けたら死んでしまう」

「もう、リトってば大げさなの。夏は暑いから夏なのに」

 十歳くらいの少女は笑い、歩きながらくるりと回った。赤い癖っ毛、それから同じ色のワンピースが花のようにふわりと舞う。初夏の日差しを浴びる肌は健康的な色で、身体中から元気いっぱいなオーラが溢れている。

「あんまりはしゃぐとこけるぞ」

 やや低いテンションで注意するのは十代半ば過ぎの少年だった。襟シャツと長ズボン。歳の割にはきっちりした服の印象だ。もっともこんな小さな村だからそう見えるだけで、街に行けば学生に紛れ込んでしまうのだが。

「こけないしっ。リトってば失礼なの」

 少女――ファナは口をとがらせる。ついでとばかりに、お尻から伸びる竜のしっぽを振って抗議する。ワンピースの裾をちらちら揺らすしっぽを見つつ、

「でも俺、人だからな? 溶岩風呂とかそういうの無理だからな?」

「溶岩のお風呂なんて入らないしっ。冬の寒いときに空気でぽかぽかするだけだし」

「……え、ほんとに?」

「……。ないしょ?」

 まぶしく笑い、リトの腕にぴったりとくっつく。「暑い……」うめくリトを見上げ、ファナはよりいっそう笑顔になった。


      ♪♪


「リトは夏、きらい?」

 町はずれの家から反対にある学校まで歩いていく。村の中心から外れた細い村道は、村とすぐそばの山の境界であり、本格的な夏が来れば草は腰くらいまで背を伸ばす。

「べつにきらいってわけでもない。好きじゃないってやつだな」

「ピーマンといっしょなの」

「あれは普通だ。たんに好き好んで食べようとは思わないだけだ」

「むぅ、リトってばへりくつばっかりなの。子供みたい」

「理屈よりも感情優先のファナがそれを言うか」

「えへへ、ファナはリューだから自然に生きるの。だからくっつきたいときにくっつくの」

「……ちなみにそれも屁理屈ってやつだからな」

 もっとも――、

「一人で草ぼーぼーの道を歩く去年よりは楽しいけどな」


      ♪♪♪


 ファナは春の終わりに空から降ってきた。羽を痛めたらしく、リトの好意でこの村でリトと一緒に暮らしている。『ファナが来て、リトが前より明るくなった』と、喜び半分、悔しさ半分の顔で言ったのは幼馴染の少女だ。

「ファナも、リトがいっしょでいつも楽しいの♪」

「そっか。……ちなみに、ファナは夏が一番好きそうだけど、どこが好きなんだ?」

「うん? えっとね、夏は…………うんと、緑色なの! えっと、夏緑色? 草とか木の葉っぱとかがね、春はちょっと黄色いんだけど、濃い緑で、なんだか元気いっぱいなの。そしたら、ファナも元気が出てきて――あ! あと、におい」

「匂い? 春はわかるけど、夏ってどんな匂いだっけ」

「お日さまのにおいなの。濃いけど、すごくあっさりしてて、そこに葉っぱのもちょこっと混じってるの。それから水の匂い。川の近くに行ったら、涼しくって、なんかすっとなる」

 感覚を言葉にするのは難しい。ファナは何度も首を傾げながらも言葉を続けた。

「あとは……えっと」

「そうだな、匂い――とはちょっと違うけど。夜の空気は確かに夏って感じるな」

 夏の夜。昼間の熱さとは裏腹に、静かな月が澄んだ空気を照らす。火照った肌をくすぐる風に、子守唄の虫の声。

「それじゃ、夜も探検しないとだね!」


      ♪♪♪♪


「あっ――ファナが夏のいいところ、たくさん教えるの! そしたらリトも夏、大好きになるかもしれないのっ。えへへ」

「そうか、ファナがそう言うなら、色々教えてもらいたいな」

「ほんと!? あ、でも、……いっぱい教えた日はご褒美がほしいの。お風呂とかベッドとか」

 やっぱりそうなるんだなとリトは苦笑する。ファナは腕にくっついたまま上目遣いで。

「…………だめ?」

「………………。はぁ。今年は暑い上に熱くなるのか」

 逃げるように視線を向ければ、セミの大合唱が響いていたことに気がついた。






最後までお読みいただきありがとうございます.


本作は,まったり日常モノです.

気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.


四季にはそれぞれ独特の匂いや空気があります.

特に四月は,なんだか新鮮な,新しいことを始めたくなる空気.

夏はセミの声や日差しの強さ.

秋は気がつけば過ぎ去って,冬はしんと澄んだ朝の空気.

なんだか懐かしくなるのは,歳だからでしょう.


自分は,大学入学時のわくわくを思い出す春が好きです.


……あれ、87話って「ファナ」なんじゃないかと今気づきました.

次話にそのネタをやりましょう.


それでは次回,

『88……いみ』

ファナはファナ! ファナっぽいの!――というお話です.

よろしくお願いします.


今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.

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