82……レイミ先生の小さな学校
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
小さくていい。生徒は数人でいいし、一人だっていい。世界の果てにあるような村の端っこ、小さな家の一室で小さな学校をやりたい。――それが夢だった。
今となっては昔、戦場を駆け、幾千もの翼を断ち、返り血を泥で洗った日々。昼は眠り、夜に溶け込んで狩りを繰り返していた日々。終わりはあっけなかった。マリョクではなく、単なる物理的な力の前に、ただただ圧倒的な力の前になすすべもなく倒れ伏した。
走馬灯として浮かんだのは、ひとつの光景だった。自分が学校の先生をしているのだ。戦地に赴く際に見たさびれた村のくすんだ窓の中。まだ年若い女性が小さな子供たちになにかを語っていた。小さな小さな黒板には写真が貼られていて。その影響に違いない。
普通の人の普通の暮らしの中にある普通の学校。普通に憧れていたのだろう。戦いしか知らない自分が先生をしたところでなにを教えられることがあるのか。傲慢な妄想だという自覚はあり、それでも学校という走馬灯が消えることはなかった。むしろ強く、まぶしくなる。
小さくていい。生徒は数人でいいし、一人だっていい。世界の果てにあるような村の端っこ、小さな家の一室で小さな学校をやりたい。
そう願い、けれど――やっぱり夢は叶わない。気がつけば、村長と呼ばれていた。
♪♪
「ふむ、まずは最初の段落を読んでもらおう――と思ったのじゃが、妾が読みたいから読む」
と、金髪が美しい十代前半に見える少女は元気に朗読し始めた。生徒は四人。十代半ばの少年と少女、十歳ちょっとの少女が二人。もっとも、実年齢なら四人とも遥か年下だ。
気分転換にと休日の教室で事務処理をしていたら、遊んでいたらしい四人が昼食を食べる場所を求めてやってきたのだった。一緒にお弁当を食べ、せっかくだからと授業を始めた。
少女――レイミは村長であり、校長先生でもある。先生だから授業をしてもいい理屈だ。
机の間を歩きながら、朗々と読み上げる。
それはとある国に伝わる童話だった。『眠り姫』――領主の息子と平民の少女が恋をする話だ。身分違いの恋に反対した領主の罠によって少女は眠りのマホウをかけられ……という話。
初めて読む話だった。図書室から適当に本を抜き出し、開いたのがこの話だったのだ。
「少年は家出を決心しました。少女と出会ってから、いつかは家を出ることを予想していた彼は、こっそりと準備していた平素な服に着替えました」
闇夜に紛れて屋敷を抜け出し、少女のもとへと駆けつける。
「そうして少年は目を覚まさない少女を見て、あるおとぎ話を思い出しました。それは、眠れる姫にキッ――――」
♪♪♪
「?」
「……こ、こほん。ここからは一番盛り上がるところじゃからな。みんなに読んでもらおう。うん、それがいい。リトが息子、シエルが娘じゃな。ノエルとファナは文を頼もう」
レイミは手にしていた本をノエルに手渡す。ファナとノエルは仲良く本を覗き込んだ。
「えっと、あ、ここか。――それは、眠れる姫にキスをすることです」
「口と口のキスには、強い想いがこもっているから、姫のマホウを解けるのだ、とおとぎ話に書いてあったことを思い出したのです」
「~~~~」
うめき声ともつかない不思議な声は、レイミから発せられていた。彼女の顔は真っ赤で、金髪も相まって見事なまでに鮮やかだ。
「……はい、リトなの」
「続けるのか。……えっと『ああ、よかった。目が覚めた』」「『え、あれ? ここは――っ、トワ!? なんでっ?』」「トワはシキにこれまでのことを伝えました。」「『そうだったの。……でも、どうやってわたしのマホウを解いてくれたの?』」「『っ、それはえっと……まあ、おとぎ話……とか?』」「『おとぎ話……? っ、そ、それってあの口と口の――』」「『ご、ごめんっ。勝手にしたことはわるかったと思ってる。でも助ける方法がそれ以外わからなくてっ』」「『……ね、ひとつ訊いていい? あのおとぎ話ね、強い想いがこもってるからマホウを解けるって言ってるでしょう? あなたは、トワは、どんな想いを込めてくれたの?』」「『……シキ。ぼくは――』」
「――きゅぅ」
「れ、レイミちゃんが真っ赤できゅーなのっ」
♪♪♪♪
「……ここは?」「リトの背中の上なの。レイミちゃんってば、顔真っ赤で倒れたんだよ?」
昼下がりの村を歩く。向かう先はレイミの家だ。
「そうか、なんだか夢を見ていたよ。あたしが学校の先生をやるんだ。小さな部屋で、一生懸命になって話してたんだ」
「うう、レイミちゃんがまだ変なの。言葉づかいがいつもと違うの、なのじゃー」
明るい声に囲まれて。だからまだ夢の中かもしれない、レイミは幸せそうな笑みを浮かべた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
村長さん主役回.
ただし活躍どころか,顔真っ赤にしてぶったおれました.
長生きゆえに若者の初々しい恋大好きなくせして,
次の段階になると急に慌てだす,少し困った性癖.
(というのを掘り下げようと思ったのですが,
最初の過去話が長すぎた気もします……)
また機会はあるはず.
それでは次回,
『83……はな!』
リューは自然な生き物だからお花には詳しいんだよ♪――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




