どら×どら6……竜と悪魔と天使の落とし穴
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
……これは、ファナがまだ竜の村にいたときのお話。
♪
周囲から頭ひとつ飛び出したその山は、ふもとの村では神山とも魔山とも呼ばれている。神さまが住まう神聖な山であり、一方で、魔獣が棲まう穢れた山であるともされる。
学校で子供を教えるときは神さまが見ているからと言い、家で子供をしつけるときは魔獣に食べられると脅かす。神さまと魔獣が一緒に住んでいるはずがないから、子供たちはみな、大人の言う山のことが嘘だと気づいていた。
確かに、その山には神さまも魔獣もいない。
わずかな一握りの人間を除き、本当のことを知らない。
確かに、その山には神さまも魔獣もいない。
けれど、その山には確かに、人でも獣でもないものが住んでいた。
♪♪
「……悪魔だ。子供は悪魔だ。悪魔に違いない」
つぶやいたのは、十代後半くらいの少女――に見えた。明るい金色の髪は肩のところで二つに分けられ、しっぽのように背中に流れる。夜闇みたいな真っ黒いコートは、その髪をよりまぶしく見せる。
その少女には、人間と違うところがあった。
後ろから見ると、しっぽが三つあるのだ。二つは金色のおさげ。けれど、コートの裾から確かに銀色のしっぽが飛びだしている。それだけじゃない、背中には、コウモリみたいな羽があった。これも同じく銀色、まるで雪のような。
彼女は人でも神さまでも魔獣でもなく――竜だった。
「ま、でも人の姿をしてる分だけ可愛い――っていうか眼福?」
少女――リネはよいしょと、穴から這い出した。
穴、落とし穴だ。
「でも、穴の下から見上げたあの子たちは逆光なんだよね。くぅ~」
山のまっただ中。見回してもこげ茶色の幹、幹、幹。見上げれば深緑色の葉っぱ。深い深い山の中だ。足元には落とし穴。少女が担当する四人の子供たちが掘ったと予想されるもの。
「鬼ごっこに落とし穴を入れてくるとは。なかなかボク好みじゃないか。ふっふっふ、これはお姉ちゃんとしてみなぎってくるね。ああ、可愛い子供竜ちゃんたちを狩り獲ろうか」
もし誰かがリネを見たら思っただろう。あれは悪魔の顔だ、と。
『かつては人と竜が共生する時代があった。遥か昔、人間みんなが大小あれどマホウツカイだったような時代。けれど、時代は流れ、人の中からマホウが消えていった。力を失った人間から見た竜は、恐ろしい魔獣であり、自然災害ともいえる暴力だ』
小さい頃にそう教えられた。
『だから竜は姿を消した。山の奥、洞窟の果て、湖の底、溶岩の泉』
「でも、ボクたちヒトの姿してるよ?」
『大きくなれば竜になるさ。ただ、ずっと竜だといつかわからなくなるかもしれない』
「なにが?」
『人のことだ。人のことを話だけで知った気になって生きていれば、いつかふと思う竜が現れるだろう。人のことを知りたい、と。けれど実際に出会ったらどうなると思う? 強大なマリョクをなんとかつなぎとめているマホウツカイに取り囲まれるだろう。人にとっても竜にとっても望まないことに違いない。だから』
「実際に人の姿を模して、人みたいな暮らしをして。で、人と離れて暮らすんだね?」
『その通りだ。あと人の話を遮ってしゃべるのはよくないといっつも』
「でも、人の姿になっちゃったら、大人竜になっても人が恋しくなっちゃうんじゃないの?」
『もし――お前が大きくなってもまだそう思ったなら。もしかすると、竜は新しい生き方を見つけることもできるのかもしれないな』
「?」
『ふふ、ちょっと難しかったかな。ま、いずれわかるときが来るさ』
そう言って、お姉ちゃんはボクの肩に手を置いた。
『これでお前が鬼だな。ああ、もうこんな時間か。それじゃ終わりにしよう。確か――最後の鬼が今日の皿洗いだったかな。うん、頼むな』
小さい頃の話。鬼ごっこの最中にお姉ちゃんから聞いた話。
それを、リネは鬼ごっこで子供たちを追いかけながら思い出していた。
♪♪♪
――見つけた。
小さな子供の一人の後姿を視界に捕えた。赤毛だからファナだ。
けれどすぐに追いかけることはしない。一度周囲を確認。そして、自分ならどこに罠を仕掛けるかをすぐさま判断して、可能性が低い場所を見つけて駆け出した。
身長が違うのだ。本気で駆けっこすれば負けるはずがない。
だから、唯一の懸念事項が罠だ。
例えば低い茂みの向こう。竜特有の身体能力を活かして跳び越せばその先には落とし穴。
例えば木の幹。急に左に曲がった子を追いかけようと、木の幹を蹴ることで速度を殺さずに曲がろうとしても、その木の幹は高い枝から吊った茶色いカーテンだったりする。
遠くばかり見ていたら、結ばれた草に足を引っ掛ける。
子供たちの作る罠は見ていて微笑ましい。けれど、子供時代の多くをそんな罠作りに費やしたリネだ。数年程度のひよっこたちの罠なんてお見通しで、だから微笑ましかった。
「はい、追い詰めちゃったねえ」
「うう……」
背の高い茂みみ進路を阻まれた赤毛の少女――ファナが悔しそうな顔をする。
「はーい、これで君が」
一歩、ファナの方に踏み出そうとして、
「なんちゃって」
足を戻した。
「土の色が濃いし、葉っぱの色も周りとちょっと違う。土は表面と掘ったところじゃ色が違うから気をつけないと。それに、この辺は常緑樹、葉っぱが落ちない木しかない。なのに、地面に枯葉があるのは不自然だよね。なんでだろうね?」
にっこりと微笑む。
「まだまだだね――――っと」
突然上に跳ぶ。
「あっ」「なっ」
つい先ほどまでリネがいたところに、二人の子供の姿があった。リネを後ろから押そうと走ってきたのだ。小さい声は悲鳴になって、仲良く落とし穴に消える。
宙返りで着地したリネが笑う。
「あ、そうだ。右足のところの枝、気をつけてね」
「ふえ? ――にゃあっ」
パキ、踏んだときには手遅れで。次の瞬間にはファナはさかさまに宙づりになっていた。
「遊ぶときは周りを確認してからじゃないと危ないなあ」
ファナを吊るすのは昔から伝統的に設置されている罠だ。こっそり抜け出した子供たちを捕まえるための罠があると一応説明はしてあるが、本来は、自分たちに悪意を持つ者がやってきたときの保険である。リネたち教育係の竜が定期的に点検しているため、リネは場所を完全に把握している。
「いち、にい、さん。うーん、一匹足りないなあ」
子供は四人。残るは黒髪の少女ルルだ。四人の中で一番大人しいが、一番怖い。
「ま、いいか。それじゃだれを鬼にしちゃおっかな。やっぱりファナ?」
落とし穴を避けてファナに近づく。足に絡んだツタをはずそうと悪戦苦闘中のファナが、近づいてくるリネを見てさらに慌てだした。
そんなときだった。
――ぽふり、リネに後ろから抱きつく者がいた。
「自分から出てくるなんて。ファナを鬼にさせないってことかな? ルル」
背伸びで抱きついて、ひじのところを押さえられるくらい。小さな身体で一生懸命な様子はひどく可愛らしかった。
けれどリネはその腕を無情に振りほどく。振り返ってしゃがみ、頭にぽふりと手を置いた。
「やさしい子」
なでなでとして、立ち上がってから四人を見やる。
「うん、じゃ、そろそろ戻ろう。今日の最後の鬼は」
「リネお姉ちゃん」
「うん? ボク、ルルにタッチしたよ? 前の鬼にはタッチしても意味ないから」
「……だから、ルルの頭を撫でてもお姉ちゃんはルルを鬼にできない」
「……? それじゃ、ルルが鬼だったってことになるけど?」
「うん。……だってルルが鬼だった。お姉ちゃんは鬼じゃなかった。ただファナたちを追いかけてただけ」
「うそだ。だって、レアにタッチされたよ?」
「背中から。あれ、しっぽだった。コートの上からだったから気づかなかったんだと思う」
鬼にするためのタッチは手ですること。
「……リネお姉ちゃん、終わりって言った。だから、今日の最後の鬼はお姉ちゃん」
上手くできて少し誇らしげなルルの、ほんとうに控え目な笑顔に、レアは思った。
……悪魔だ。
♪♪♪♪
「はいはい、消灯だよ――って、うん、だよねえ」
夜。ファナを初めとした仲良し四人組はいつも、ファナとルルの二人部屋で遊んでいる。消灯の時間になって見回りに来たリネが一応ノックしてから部屋に入れば、返事はなく。
ただ静かな寝息が四つ。
今日の鬼ごっこはとても張り切っていたから、いつも以上に疲れてしまったのだろう。
リネは念のために持ってきていた毛布二枚とベッドにある二枚をみんなにかけた。
「おやすみ。いい夢を」
ほんと、寝顔は天使なんだから。全部許しちゃうじゃないか、とリネは息をついた。
最後までお読みいただきありがとうございます.
今年最初の更新です.
本年もファナたちをよろしくお願いいたします.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
当初は,眠っている子供たちにリネがこっそりプレゼントを持ってきて,
対価として幸せそうな寝顔を見るという話の予定でした.
……どうしてこうなった.
多分,冒頭で神さまやら魔獣やら出したせいです.
でも,オチは王道でそこそこまとまったかなと.
それでは次回,
『81……マホウの箱』
みんなが笑顔になるとっても素敵な箱なのっ――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




