70……母と娘
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
リトの幼馴染のシエル、村での初めての友だちのノエル。
学校のみんなに、優しい村長さん。たくさんの人と触れあって。
そうして、初めての夏がやってきて――
♪
老朽化で壊れてしまった柵を補修、塗り直した頃には、空は温かな橙色に染まっていた。
一人でのこぎりと金づちを使っていた少年リトは汗をぬぐい、その傍で、ハケを操り白いペンキを塗っていた少女二人は疲れた様子を見せながらも満足そうに笑っている。
達成感に満ちた空気。それを壊すのは忍びなかったが、あまり遅くなると怒られるのは彼女の方だとわかっていたから、そろそろ帰った方がいいとリトは口にする。
「ならファナたちが送っていくの!」
右手を挙げるのは赤い髪の少女だ。歳は十くらい。ほっぺたに右手、身を包んだリトのお古の大きな白シャツには、ペンキの滴が模様のように踊っている。
「妾は送ってもらうほど子供ではないが、ファナがそうしたいのなら断りはしまい」
などと大人ぶったことを言うのはもう一人の少女。見た目だけなら十五歳。お日様みたいにきらきらした長い金髪は、夕陽を浴びてさらにまぶしい。
「? レイミちゃん、むつかしーの」
「ファナと一緒に歩けるのがうれしいってことだよ。ひねくれてるから、素直に言えないんだ」
「そうなの? えへへ、かわいい」
なんて、ファナがレイミに抱きつき、レイミもついそれを受け入れてしまったら、
――ぺたり、と。生乾きだったほっぺのペンキが、二人の頬に薄く分かれた。
♪♪
レイミの家は、村の真ん中にある広場から、小道でつながっている。
村の中心を通るため、遊んでいた子供や買い物のお母さんたちとすれ違う。そのみんなが、手をつなぐファナとレイミに手を振り笑顔を向けていた。
「レイミちゃん人気者なの」
「そうじゃろうそうじゃろう。なんといっても、村長さんじゃからな」
「村長さんがやさしいからみんなやさしいんだね。ファナ、この村大好きだよ」
「そうかそうか」
ファナの素直な言葉に、レイミは誇らしげに笑う。夕日の色が強く顔を照らしていたが、その頬がわずかに濃くなったことにファナは気づいて、つないだ手に力を込めた。
♪♪♪
「……う」
けれど、家が見えたところでレイミは足を止めた。
どうしたの? 立ち止ってレイミを見たファナが、足音に気づいてしっぽを動かした。
歩いてきたのは、レイミの身の回りの世話をしている女性だった。ある経緯で、今はレイミと一緒に暮らしている。母娘のようだと村で言われているが、実は見た目だけではないことも同時に知れ渡っていた。
「家の掃除ほったらかしてどこ行ってたんですか!?」
それは、見た目通りの歳ではないレイミ、すなわち自分より年上だろう村長に対して、しっかりともの言う彼女を評してのことだった。
「ち、違うんじゃ。これはリトの家の掃除を手伝っておったんじゃ!」
「……」
「ほ、ほらこれじゃ! こことか!」
「ペンキがべったりですね」
「そうじゃろう? 頑張ったんじゃぞ。ファナもちゃんと見ていて――む?」
そこでレイミは、隣にファナがいないことに気づいた。慌てて見渡せば、後ろの方でリトと手をつないで様子をうかがっている。
「服、汚れてますね?」
「これは――、ちゃ、ちゃんと塗るときは着替えた! でも、こっちに着替えた後に、手とかについてたのが乾ききってなくて! わ、わるぎはなかったっ」
「……」
「……う…………ごめん、なさい」
「……はぁ。まったく。ま、リト君とファナちゃんに免じてこれくらいにしておきましょう。ほら、お風呂入ってきなさい。身体洗ったらご飯よ」
♪♪♪♪
お別れをしたレイミが家の中に入っていったのを見届けて、リトは頭を下げた。
「お昼、ごちそうになりました」
「あっ、ごちそうさまでした! …………あれ? おばちゃんが作ったの? おべんとだったよ? レイミちゃん、お家のお掃除しないといけないのに、なんでおべんと?」
ファナが首を傾げると、彼女は肩をすくめて笑った。
「どうせ逃げるんですもの。それで誰かのところにおじゃまするんなら、お昼くらい持たせとかないと示しがつかないじゃない」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
今回は、村長さんがメインの話でした.
謎ばかりな彼女ですが,家ではファナたちと同じく,
家族と過ごしたり,家族に怒られたり…….
村長さんの家でのお泊り会とか,そんなイベントもありかもしれません.
それでは次回,
10話毎に挟まる番外編です.
『どら×どら5……お姉ちゃんだもん』
過去編の過去編――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




