どら×どら5……お姉ちゃんだもん
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
……これは、ファナがまだ竜の村にいたときから、まだもう少し遡ったお話。
♪
生きている――そう感じるときはいつ?
熱にうなされるように誰それ構わずに訊ねる言葉。
夜、虫の声だけが聞こえる草むらで仰向けになったときが、ボクのそのときだ。
♪♪
彼女は久しぶりに夜中に宿舎を抜け出した。みんなが寝静まる頃合いを見計らって、こっそりと廊下を歩き、窓を開け、冷たい空気が満ちた外の世界に飛び出す。
いつもの草むらにお尻をつけ、
「う~~~ん」
と背伸びをすると、お尻のしっぽと背中の羽も一緒に伸びるのがわかる。
そうした後に、バンザイしたままで後ろにぱたんと倒れる瞬間が一番気持ちいい。
夜空を見上げる。最初は焦点が合わないけれど、やがて、空にすぅと吸い込まれるようにして星々がはっきりと見えるようになる。
山のてっぺん、明かりのないこの場所では星が手が届きそうなくらいに近く見える。
「星を掴もうと夜空にまっすぐまっすぐ登っていった竜の話、あったなぁ」
お姉ちゃんに教えてもらった話だ。
「燃えて星になるか、燃えて星になれずに墜ちちゃうか」
最期はどっちになったのか。あのときは、星になりましためでたしめでたしで終わったけれど、原作はまた違う終わり方だから読んでねとこっそり言われた。
まだ確認していないけれど、次の子たちに話すときがくればその前に読もうと思う。
「でもやっぱり最期は星空が映る湖に沈んでいきたい」
湖面に仰向けになって、ゆっくりと沈む。それはきっと、星空に包まれるように静かで穏やかなに違いない。そんな想像をすると、身体が夜の空気に溶けていく錯覚を抱く。
「おう、沈め沈め。そしたら骨ひろわなくていいから楽だ」
突然そんな声が降ってくる。
「せっかくいい気持ちで休んでたのに」
「人が楽しそうにしてたらつい邪魔したくならないか?」
「つい混じって一緒に楽しみたくなりそう」
軽口に軽口で返す。
それで終わると思ったら、相手は「よっこらしょ」なんて口にして、頭のてっぺん同士が向き合うように草むらに寝転がった。
両手を大の字にすれば、相手もご丁寧にまねしてくれて、間に鏡でもあるかのようだ。
もちろん、鏡写しどころかまったく似てもいない。
片や少女、片や少年。
月色の長い髪に、白銀の羽としっぽ。
黒いぼさぼさの髪に、土色のしっぽ。
真逆――と言ってしまっていい見かけだが、そう、こんな夜に抜け出すという点では、どうしようもなく似た者同士だった。
「抜け出すなんてわるい子だねえ。見つかったら怒られるって知ってる?」
「その言葉そっくり返してやるよ」
「ボク見つからないし。でもキミまで抜け出したら、見つかる可能性が倍になるでしょ?」
「でも、一人で抜け出すより二人で抜け出した方が怒られないって知ってるか?」
とっさに意味がわからなくて沈黙すると、
「男と女だから大目に見てくれるってことだ」
「ああ、そゆことか。正確にはオスとメスだけどね。怒られない代わりに全部吐かされるんでしょ? お姉ちゃんなら絶対やるね」
「とかいって、お前がその立場になったら全部聞き出すんだろ?」
「だって興味あるもん! 恋バナだよ恋バナ。命短し、恋せよ乙女ってね」
「百年単位で生きる竜が短いってか? 冗談」
「年取ると燃え上がらなくなるの」
「もう枯れたのか? お姉ちゃんになる前にばあさんだな」
「うら若き乙女を捕まえてばあさんとは! ま、ボクがおばあちゃんならキミはおじいちゃんだね。明日そうやって紹介したげるよ」
「自己紹介ができないほどぼけちゃいないんだけどなぁ」
幼馴染ゆえの飾りない会話。
それがふととぎれて、けれど居心地の悪さは感じない。傍にいるのが当たり前だからだ。
「それで?」
「あん?」
「なにしにきたの? もしかして夜這い?」
「あほ。どこかの誰かさんがわくわくしすぎて眠れないんじゃないか心配で来ただけだ」
「それはそれはごくろうさまだねえ」
少女がごろんとうつぶせになった。両手を伸ばして、少年の両手をそれぞれつかむ。
「言ったからには眠くなるまでつきあってもらうからね!」
♪♪♪
周囲の山から頭一つ高いここは名もなき小さな村だ。名前がないのは必要がないから。
暮らしているのは年若い竜たち。それも、子供と言っていい歳の者たちだ。
人の姿かたちをしている彼ら彼女らは、人の世界でも竜の世界でも生きていくことが難しく、ゆえにこうして小さな村を造って暮らしている。こんな小さな集まりは、他の地域にもあるらしく、思い出したように、それこそ半世紀ほどを空けて交流するのだとか。
明日――この小さな村に四人の家族が増える。
生まれて三年ほど。それまで育ててきた女性(竜でないことは確かだが、何者なのか訊いても教えてくれなかった)が、もう頃合いだと手紙を送ってきた。
誰かさんにそっくり、なんて書いてあったけれど、それはそれでどんな子たちがやってくるのか楽しみでしょうがない。
そんなことを考えていたらやっぱり眠れなくなって、彼女は寝床を抜け出したのだった。
♪♪♪♪
翌朝。鳥もまだ鳴かない時間に、山道を歩く四つの小さな影があった。
「ここを登っていくんだ」
ふもとから少し登ったところで言って、さっさといなくなってしまった。
「あたしはいくし!」と、淡い金色の髪の少女が首をぶんぶん振ってから歩き出した。
「まてってばっ」と、唯一の男の子が一度だけ振り返ってから登り始めた。
「るる?」と、赤髪の少女は泣きそうな声を出した。
「……」最後の少女はなにも言わない。その代わり、つないだ手にちょっとだけ力をこめた。
それでも、赤毛の少女は動かなかった。足が震えて、立っているのがやっとだったのだ。
「……」
「……」
やはりなにも口にしない。じっと傍らの少女を見ていた。
「あーもーなにやってーのっ」
「まてよぉっ」
やがて、山道の上の方から声が降ってきた。ずかずかと歩いてくるのは、先に行ってしまったはずの少女だった。やや遅れて少年もついてきている。
「…………。……こわいの」
「なにが」
「おばけ」
「いないわよばか。いたら火ふいてもやしちゃいなさい」
「……ふぁな、火ふけないの」
「じゃあおとくいの大声でないたら? おばけもびっくりするわよ」
「な、なきむしじゃないしっ」
「ないてる」「ないてないっ」
「ないてる」「ないてないっ」「ないてるないてる」「ないてないないてない」「る!」「ない!」
「「う~~~~」」
二人の少女がおでこをつきあわせる。無言を貫いていた少女が一言、
「……いこ」
――夜明けだ。空気が変わるのを肌で感じた。おなかに溜まった暗い空気がすぅと透明になっていくような気がする。ちょうどそんなときだった。
坂の上に人影を見た。
いや、違う。確かに人の形をしている。けれど、背中から左右に広がるあれは羽じゃないだろうか。足の横から見える細長いのはしっぽじゃないだろうか。
「――っ」
その人影が大きく手を振ったのが見えて、四人は走り出した。
たどり着いた、自分たちの足で歩ききった――それが誇らしかった。よく来たねって抱きしめられて、頭を撫でられて。今日から家族だねって笑い合う。
そんな未来へと駆け出した少女たちと少年は、
「っ――」「っ?」「――っ!?」
自分の身体が地面に吸い込まれるのを感じた。悲鳴を上げる間もなく、底にぶつかる。
「三人か、大漁大漁」
ただ一人、握っていた手がするりと抜けてしまったおかげで落とし穴に落ちなかった少女は、いたずらっこの目をするお姉ちゃんを見た。朝日にまぶしい金色の髪。
「……四人」
首を傾げるのも見ずに、少女は穴に飛び込んだ。
「はぁっ?」「なっ」「ふあっ!」と、三者三様の悲鳴の中に少女が吸い込まれた。
「いいねえ、そういうの大好き♪ ということで初めまして」
四人が穴から見上げた先にいたお姉ちゃんは、ほんとうに嬉しそうな顔をしていた。
「今日からキミたちのお姉ちゃんになるリネだよ。よろしくね」
だから――妹、弟として思いっきりやんちゃしてやる――以心伝心に四人は誓い合った。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
番外編『どら×どら』の前日譚.
前半はお姉ちゃんが、後半はいつもの4人が主役です.
相変わらずルルが贔屓されているのは……いつものことです.
肌寒くなってきましたが,こちらはこれからが夏本番.
まずはお楽しみの川遊び.
水嫌いを克服したファナの雄姿を見るです.
それでは次回,
『71……朝からなの!』
このままがっこ行っていいよね?――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




