49……目玉ぐるぐるなの
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
♪
「うう……おなかすいたの」
ファナは木造校舎の廊下を力なく歩いていた。自慢のしっぽはふらりと垂れて、歩みに合わせて揺れるだけ。目に見えて元気がないのがわかり、隣を歩くノエルは苦笑した。
「あはは……まーリトお兄ちゃんだしねぇ」
お腹がすくのも当然のお昼どき。
授業は午前中で終わり、午後からも残って遊ぶ子供たちが一緒にお弁当を広げるのがいつもの光景だが、今日はみんな家の手伝いがあるらしく帰ってしまった。
「ファナのこと忘れるなんて……ぁぅぅ」
二人が向かっているのは学校の図書室。そこでは、ファナの保護者代わりの少年リトが書類整理をしているはずだった。授業を持っていない日は書類仕事から校舎の保全まで幅広くやるというのが、この小さな学校の仕事だ。
「ま、リトお兄ちゃんだもん。ファナちゃんが来てからはそんなことなかったかな?」
「?」
「……うん。見ればわかるよ」
♪♪
仕事をしているのだろうと、図書室のドアを静かに開ける。村の図書館の役割も担っているのだが、村人が主に利用する幼児向けの絵本などは保育所に集めているため、こちらを利用する人はあまりいないのが実際だ。
「うー、リトぉ。どーこぉー」
幽霊のような声を上げながら、本棚がつくる迷路を進んでいく。
「あっリトなのっ! リトリトっお腹すいたの――っ」
その迷路の奥にリトの姿を認めて手を振る。
けれど、リトは少しも反応を示さなかった。机の上に十冊近い本を広げ、ぶつぶつ言いながら、手元の紙になにかを書き綴っている。
「リ、リトが病気なのっ」
初めて見るリトのその姿に、ファナは衝撃を隠しきれなかった。思わず広がった背中の羽が本棚の本を叩いてしまう。
危うく落ちそうになった本を空中で捕まえて、ノエルは笑った。
「どっちかというと、あれが素なんだけどね」
その表情からは、困った兄を見るような、家族の温かさが感じられた。
♪♪♪
「……ごはん」
ファナは、リトの近くのイスに腰を下ろして本を読んでいた。真剣なリトの邪魔をしたくないと思ってのことだ。
「……おもしろくない」
ファナが手にしているのは『マホウ生物概論 一 竜』という大きめの本。竜という言葉に惹かれて手を取ったものの、やたらと難解な言い回しが多く、しかも、ファナの聞いた竜の実状ともかけ離れているため、そうそうに興味を失ってしまった。
そもそも題名からして、マホウと生物と竜という単語しかわかっていない。
ノエルはと言えば、ファナと一緒に本を眺めつつ、横目でファナのしっぽを見ていた。「うぅ……」と唸るたびにゆれるしっぽは、ノエルでなくてもつい見たくなる。
「もーだめなのっ――」
ファナは本をイスに置いて、リトの背中に飛びかかった。
♪♪♪♪
「すまん。まだ十時くらいかと」
「二時だしっ。お日様てっぺんなのっ」
「最近はこういうことなかったからなあ。すまん」
「ね。ファナちゃんが来る前なんて、しょっちゅうだったもん。夕方に、お仕事終わったお姉ちゃんが迎えに来るまでずっと引きこもってた」
「そうはいうけどなあ。このヒトと竜のマホウ力顕現の差異が――いや、わるい。ていうかファナくっつきすぎだ」
むぅと頬を膨らませたファナは、リトの胸元にぎゅっと顔を押しつけていた。
「ぁぅ……」
「ん? なんか顔赤くないか?」
「……なんだかぐるぐるするの。おなかすいて、変な本も読んだから……?」
力なく答えたファナのおでこに手を当てれば、子供だけでは説明できない熱さで。
元気はただの空元気。力がないのは、お腹がすいていたからだけじゃなく。
これは――。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
今回は,ファナのお話というよりは,
ファナたち周りの人から見たリトのお話.
ファナが来てからは保護者(父であり兄であり・)なリトも,
一人になると実は…….
まだまだ子供で,でもそれでもいいじゃないかと思いました.
夢中になれることがあるからこそ,日々頑張れるんだろう,と.
それでは次回,
『50……リトがやさしいの』
ファナだっておとなしすぎだ――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.