45……いろとりどりの
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
♪
昼食。
テーブルに並ぶのは、先ほど〝コロロ〟で買ってきた焼き立てパンだ。帰ってくるまでの間に少し冷めてしまったが、かじればまだ温もりが残っている。それに、時間をおいていないパン特有のもっちりした感触も十分にあった。
こんなにおいしいのに。
いや、こんなにおいしいから、なのかもしれない。
クロワッサンをかじるリトの向かいで、ファナが夜空の色をした目を左右に揺らしていた。
「ど、どっちもおいしそうなのっ」
♪♪
ファナが選んだパンはふたつ。
ひとつは彼女の大好物であるブドウジャム蒸しパン。中にブドウジャムが詰まったものだ。卵色のぷにぷに肌にうっすらついた焦げ目が食欲をそそるのだが、今日のはさらに特別。表面の真ん中にクローバーの模様が入っている。そこだけ焼き目がつかないようにして作ったもので、夏っぽくしてみた、とのことだった。
もうひとつは新作。春のおもいで、と名づけられたパンだ。手のひらサイズのバスケットの中に、いくつかの小さなパンが収められている。
「リトぉ」
「そういうのは自分で決めた方がいいと思うぞ」
どっちから食べようかいまだに決められないファナに、昔の幼馴染の姿が重なった。
ねえ、どっちがいいかな――そんなことを訊かれた。
『しいて言うなら、初めて食べるのとか味が濃いのを先にした方がいいんじゃないか』
『なにそのふつーの答えっ、つまんない』
幼馴染の彼女はもっと心理的な答えを求めていたらしい。
けれど女の子の気持ちをいまだに理解できている自信がないリトは、ファナに対しても同じ答えを返せるだけで。
「……そっか。うーん、じゃあ、こっちから先に食べるの!」
それでもファナはリトの答えを踏まえて悩んだ末に、春のおもいでに手を伸ばした。
♪♪♪
「リトリトっ、ほら、ちょうちょなの!」
ファナがバスケットからつまんだパンは、チョウの形をして、砂糖がまぶしてあった。
「……あ、べ、べつにりゅーはちょうちょ食べたりしないよっ?」
「……う、うん。そうか」
ファナの背中にある羽をちらりと見てうなずく。少女の姿をしているが、ファナは立派な竜の子供だ。リトとしては竜の食事に関して気にしたことはなかった。甘いものやくだものをおいしそうに頬張るファナを見て、人の子供と変わらないなぁと思っていた程度だ。
「そっちの丸いのは、花か」
バスケットには他に、ピンクや白、黄色をした丸い一口サイズのパンが入っていた。
「きっとそうなの」
手の平に乗せてじっくり見てから、口に運ぶ。
これはイチゴで、こっちはクリームが入ってるの。ひとつ食べるごとに驚いたり笑ったりと表情をころころ変えて報告してくる。それに返答するリトの口元も自然とほころんでいた。
木の形をした淡い緑色のパンがメロンパンだったとの報告で終わり。
バスケットは空になった。
なくなっちゃった――つぶやいたファナは、ふとバスケットに鼻を近づけた。くんくんとにおいを嗅いだかと思ったら、ふちにかぷりとかじりつく。
ファナの目がまん丸になった。
「っ! これ、ドーナツなのっ!!」
そんなところまで食べれるようにしたか、リトはパン屋〝コロロ〟の、マニアな職人のお兄さんの笑った顔を想像して苦笑を浮かべた。
今度行ったときに、ファナに大好評だったとぜひとも伝えよう、と。
♪♪♪♪
「リトリトっ」
「どうしたファナファナ」
手にしたブドウジャム蒸しパンに気をよくしたファナが「あれ!」と窓の外を指差した。
雲が消え淡い青色に染まった空。そこに、七色の橋が架かっていた。
「さっきのパンと一緒だねっ。こうやってリトと一緒に見てる虹も、ファナの、春の思い出のひとつなのっ♪」
お日様のような笑顔に、リトはこれまでのいろとりどりの日々を思い出して、笑った。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
今回はパンを頬張るファナを眺める話.
ファナの描写よりパンの説明の方が長い? そんなことは……
そしてふと思いつく.
メロンパンを焼く話とかおいしそう.
いつか書きます!
それでは次回,
『46……羽があったら』
同じ頃、シエルとノエルの二人は――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.




