41……雨の味、雲の味
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げる。
リトと過ごす内に、村の人とも仲良くなり、彼女の世界は少しずつ広がり始め――
♪
その日。朝食とその片づけ、リトと一緒のお掃除を終えた彼女――竜の少女のファナは憂鬱げな表情を窓の外に向けていた。
どんより暗い空。しめっぽい空気。
そして、しとしとと流れる、静かな雨の音――。
♪♪
「ねえリト。雨、なめたことある?」
特に意味があったわけでなく、ふと頭に浮かんだから口にしてみただけの問いだった。
居間のイスに腰かけていたリトは、手元の本から顔を上げる。
「さっき朝ごはん食べたばっかりだろ。おやつはもう少しあとな」
「アメ玉じゃなくて雨なの」
「降ってくる雨か? どうだったかな。雪なら上向いて口開けたことあったかもな」
雨降りの日に口を開けたような記憶はないなぁとリトは首をひねった。
「先に訊いとくけど、それって、この村に降ってくるまでの間にあまりに喉が渇いて飲んでみたんだけどっていうシリアスな話だったりするのか?」
「ううん。ただ、ジュースこぼしちゃった次の日の雨には、ちょっとくらいジュースが入ってるのかなって思っただけなの」
ファナは無邪気に笑うが、深緑色のしっぽはぷらぷらと揺れたままだ。それは退屈の現れだ。外を元気に走り回る方が性に合っている。
「ま、確かに雨がおいしかったら、ジュース買う必要もないもんな」
「ジュース味の雨だったら、ファナ、雨の日も好きになれそうなの♪」
もちろん、実際にそんなことはありえない。ファナもわかってはいたが、ただこんなちょっとした話をリトとできるのが楽しかった。
「雨がジュースの味なら、雲も甘いんだろうな」
「……リト。雲はおいしくないよ? あれ、顔がぶはってなって、ちょこっと濡れて、羽が重くなってで、いいことあんまりないよ?」
「雲は食べたんだな」
「だって……」
言葉尻をすぼめたファナの頬はわずかに赤みがかっていた。
「あれ、わたがしみたいでおいしそうに見えたもん」
♪♪♪
雲を食べる――竜独特の体験だよなぁとリトは少しうらやましく思った。
「あれ、水の塊だもんな」
「やっぱりそうなの?」
「ああ。――そうだな、ちょっとやってみるか」
そう言ってリトは、ポケットから水色と緑色のあめ玉を取り出して、いたずらっぽく笑った。
リトは人だが、ただの人ではない。彼はマホウツカイ(正確にはその見習い)であった。
あめ玉は、マホウの素を込めたもので、彼が自作した。マホウを使う補助的な役割を果たすもので、緊急時のために作り置きしてあるものの、賞味期限があるため、適度に使わなければもったいないという欠点もある。
「ちょっと待ってろ」
♪♪♪♪
少しして台所から戻ってきたリトは――雲を連れていた。
比喩ではない。わたがしくらいの大きさの雲が、リトのすぐ横に浮かんでいるのだ。リトの歩みに合わせて流れるようについてくるそれは、やはりどう見ても雲で。
そう――それは水のマホウで造り出した疑似的な雲だ。動かすのは風のマホウ。
「ほら」
リトが笑うと、雲がふわふわ飛んで、ファナの目の前で止まった。ふんわり漂う香りに、ファナの鼻がぴくりと反応した。竜の鼻は人以上に敏感だ。ファナの鼻は、特に甘いものに。
「っ――甘いにおいなのっ」
ぱくっと一口。雲のはじっこをかぶりつけば、
「この雲、リンゴの味がするっ!」
甘い、とろける味が口の中に広がった。
「リンゴ擦った果汁を入れてみたんだよ。たまにはこういうのもいいだろ?」
笑って、リトも反対側を一口。口に入ればただのジュースだが、視覚的な楽しみが大きい。
「――うんっ♪ ……あ、でもリト。さっきご飯食べたばっかりだからおやつはあとでって」
「あー……ま、これはジュースだしな。おやつには入らないだろ」
それにこれはマホウの練習でもあるんだから、自分自身にも言い訳をしておいて。
しとしとと続く雨の音をよそに、家の中では、晴れ間のような賑やかな時間が流れる。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
リトとファナの2人だけのまったり日常.
雨が降っても,ちょっとした会話から楽しみは広がる.
ふとした面白さに気づかせるのは,やっぱりファナでした.
それでは次回,
『42……パン屋さんなのっ』
いらっしゃいませ! なのっ――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.