25……リトを乗せて
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げ、日々を通して互いを知っていった。
そうしてまた新しい一日が始まろうとしたそのとき――。
♪
――闇夜を振り払うほどの業火だった。
強大なマリョクを感じて家を飛び出したマホウツカイ見習いの少年リトは、そこに地獄を見た。建物は燃え、新月だというのに村全体が昼間のように明るい。明るすぎて目がくらむほどだ。しかし目よりも、自分の村が燃えている事実に頭がどうにかなりそうだった。
ハテノキ村。世界の果てに存在する樹を守り神とした小さな村は、たった一匹の生命によって、死を迎えようとしていた。
真っ赤に燃える炎の中に、リトはその姿を見た。
竜、だった。
深緑色、小屋ほどもある巨体、ぎらぎらと炎の光に黒光りする鱗。翼が一振りされるだけで、いくつもの家が木端微塵に吹き飛んだ。
絶望を前にして、けれどリトは自分にできることを見失わなかった。家から飛び出してきた少女に、彼女にしかできないことを頼み、自身はその場に残った。彼女がいなくなったのを確認し、リトはふぅと息をつく。
寝るときに枕元に置いている鞄を握りしめ、その中からアメダマを一つ取り出した。マホウの素を込めた特製のアメ。マホウの補助に使うものだ。大きなマホウを使えば、アメはあっというまに効力を失う。
「全部で何分稼げるかな。間に合えばいいんだが……さて」
村中を駆け回っているだろう彼女のことを思い浮かべて、リトは笑った。
「見習いでもマホウツカイだからな。俺がやらなくてどうするんだ」
一個目のアメを口に放り込み、空気の塊を竜に向かって撃ち出した。炎と反応して小さな爆発を生む。その向こうで、世界の終わりを告げるような竜の咆哮が響く――――。
♪♪
少し前、リトと別れてから――竜の少女ファナは、炎の隙間をかいくぐり、村の全ての家のドアを叩いて回っていた。事態に気づいていなかった住人は、燃え盛る炎に目を見開いた。
「靴だけ履いて川の向こうに逃げて! リトが!」
村の北側、山を少し下ったところに沢がある。沢の周りには石の河原が広がっているから、その向こうまでは火は回らないはずだ。リトはファナにそう説明した。
時間を稼ぐ――そんな馬鹿なことを言うリトを、ファナはただ信じるしかなかった。
村のみんなを避難させて、それから一秒でも早く彼のもとに駆けつける。
ファナもまた、自分がすべきことを見失いはしなかった。
♪♪♪
――あと何個あったかな。
リトは笑った。十個くらい食べた気がするから、いつなくなってもおかしくない。竜が機嫌を損ねるように爆発させたり水を顔に掛けたり。竜が動けば瓦礫の影に隠れるように移動し、見失ってくれたところで攻撃。その繰り返しだった。
アメのマリョクを使い切ったのを感じて、噛み砕く。鞄に手をつっこんだ。
「……このタイミングで、か」
視線の先には竜。向こうもリトをとらえている。最悪のタイミングだった。体当たりされようが風を起こされようが火を吹かれようが、避ける術がなかった。
首をもたげ、すぅをマリョクが口元に集中するのを感じた。
太陽のように白く密度の高い光が溢れ――――
「リト――――っ」
もう聞き慣れた少女の声と共に、一つの影がリトを大空へと連れ去った。
腕と胴に挟まれる形でリトは捕まっていた。見上げれば、そこにはファナがいた。いたが、
ファナは竜の姿をしていた。
「お前――」
「後にして。それより今は」
「そうだな」
リトは笑った。ファナの口元には、人型のときの元気いっぱいの笑顔によく似た、力強い笑みが浮かんでいた。二人は笑った。ファナが滞空し、リトが腕を伝って背中に乗る。
「頼むぞファナ」
「任せてリト!」
ファナは、リトから持った勇気を力に翼をいっぱいに振るった。
♪♪♪♪
翼がなにかにぶつかった。違和感にファナの意識が覚醒する。
「あれ?」
瞬きをする。目の前にリトの顔があった。ファナは仰向けに眠るリトの上にいた。
「………………。夢かぁ」
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
お待たせしました.ひと段落の25話でした.
本編のエンディングはまったりハッピーエンドの予定ですが,
せっかくファンタジーなのだからシリアス版も欲しいなと思いつつ.
シリアスな展開になるとしたらこういう感じが王道かと思って,
本編に紛れさせました.
ちなみに,ひと段落というのは,
次回からメインキャラが増えるからです.
『どら×ひび』第2部開始.
それでは次回,
『26……おさなななじみ?』
じゃあファナはふたりの子どもなのっ――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.