20……お風呂かベッドなのっ!
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げ――
♪
家族――。
『リトとファナは家族なのっ』とはっきりした言葉で言われたことがやはり嬉しかったものの、マホウツカイ見習いの少年リトは、気を重くしてキッチンに立っていた。
対して、その言葉を発した竜の少女ファナはご機嫌にお皿を並べている。
二人のこの正反対の気持ちは、少し前の会話に端を発するのだった。
♪♪
「リトとファナは家族だから、お風呂も寝るのも一緒なの!」
「……うちは放任主義だから各自で済ませるしきたりだ」
「……むぅ、じゃあどっちか。お風呂かベッド」
これだけは譲れないとファナがリトをまっすぐ見た。
「ファナはお姉さんだし大人だと思ってたんだけどな」
「……う、も、もちろん一人でお風呂入れるし寝れるもん。でも一人じゃさびしいし。――そ、それにほら! 今日ファナ役に立ったよねっ?」
夕方のことだ。出かけ先から帰ろうとして雨に遭ったとき、ファナが羽を傘代わりにしたのだった。そのおかげで、リトも濡れずに済んだ。
「さっきなでなでしただろ?」
「あれだけ……?」
ファナが上目遣いでリトを見上げた。元気いっぱいの瞳が、さみしさの色をにじませていた。
「……わかったよ。ご飯食べ終わるまでに考えとくから」
そうしてリトは現在、夕食を作りながら悩んでいた。
お風呂にするのかベッドにするのか――ではなく、いつまで甘やかしていいのだろうか、ということを。いくらファナが十歳くらいに見える子供でも、兄妹でもない男女が一緒にそういうことをするのは受け入れづらい。
もっと直接的な問題は、お風呂や添い寝の事実をある人物に知られたらリトが大変な目に遭うに違いないというものだった。
「とか思っても結局ファナに冷たくはできないんだよな」
ファナに聞こえないつぶやきと共に、ため息が一つ鍋に落ちた。
♪♪♪
「ベッドな。その代わり、お風呂入って、自分で拭いて、ちゃんと着替えること」
今日買ってきたばかりの寝間着(半袖シャツとハーフパンツ)と肌着を手渡す。村の小さな服屋を信頼して、洗濯せずに袖を通すことにしたが、ファナは気にした様子はなかった。
「……リトとお揃いでもよかったのに」
「いつまでもそういうわけにはいかないだろ」
昨日はリトのシャツと、ジャージのハーフパンツを貸し出した。リトの寝間着がジャージだったから、『お揃いだね』と浮かべた笑顔は記憶に新しい。
そうして、ファナをお風呂に送り出して、二十分。
「リ――トぉ――――」
脱衣所を兼ねた洗面所から、ファナの呼ぶ声がした。
半ば予想していたリトは素早く向かった。ノックをしてからドアをゆっくり開けると、裸のファナがいた。リトに背を向けて、右手にはタオルを持っている。
「リト、ちゃんと拭けてる?」
ファナがしっぽを器用に持ち上げて、自身の背中、竜の翼の間を指した。真っ白なみずみずしい肌がなめらかな曲線を描いて、背中からおしりまで続いている。
「見るからしっぽは垂らしておいてくれ」
「うん?」
示してくれるのはありがたいが、しっぽが上がったせいで、小ぶりのお尻が丸見えだった。
「ちょっと残ってるな。ほら、タオル」
もろもろの後、着替え終えたファナは、乾いた途端に跳ねる癖っ毛をきらきらさせて、
「……背中も羽も髪も拭いてもらっちゃった。やっぱり、ベッドはだめだよね?」
リトの言葉を律儀に守ろうとしたらしい。リト自身はなんとなく発しただけだったのだが、ファナはきちんと聞いていたのだった。その素直な可愛らしさに、
「昨日よりちゃんと拭けてたからな」
リトは、自分に娘ができたらどうなることやらと心中で苦笑を浮かべた。
♪♪♪♪
「えへへー、おやすみ、リトっ」
ファナは言って目をつぶった次の瞬間には眠ってしまっていた。ファナは全部が全力だ。
――おやすみ、ファナ。
その幸せそうな寝顔から今日最後の温もりを受け取って、リトも目を閉じたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
まったりしていたら20話で進んだのが2日だけ.
けれど,その分いろいろ書けたのでよしとしました.
次回からは,ファナが頑張るターンです.
リトに甘えつつ,新しい家での生活に全力をぶつけ始めます.
それでは次回,
『21……ファナの恩返し』
身体で払うの!――というお話です.きわめて平常運転です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.