18……ファナが家族になるっ
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして2人の生活は始まりを告げ――
♪
村の守り神であるハテノキの根元。夏草の香りに包まれた丘の上に、リトとファナは並んで寝転がっていた。
――寝転がると空が高くなるんだよ
ファナの言葉通り空は高かった。どこまでも澄んだ青色。見上げたときと同じ色のはずなのに、こうして仰向けで見ているとずいぶん違う印象を受けた。
目をつぶれば、ときおり吹く風に、まるで空を飛んでいるような心地になってくる。
「寝ちゃった?」
ファナの声がした。耳元で、くすぐるようにささやいてきた。
「起きてる。どうした?」
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
物事をまっすぐに言うファナにしては遠慮がちな物言いに、リトは目を開けた。
「リトってマホウツカイなんだよね?」
「見習いだけどな」
マホウツカイ見習いのリトは、ハテノキ村のマホウツカイとして何でも屋のような仕事もしている。土を掘る最中に出てきた岩を砕くことから、木に引っ掛かった洗濯物を風で取るようなことまで、ひたすらに地味な仕事だ。けれどリトは、自身のマホウが誰かの助けになることに喜びを感じていた。村の役に立つマホウ、それで十分過ぎると。
「どうして――リトはリューのファナを助けたの? マホウツカイなのに」
竜の少女ファナは、吠える犬に手を伸ばすときのような顔をして訊ねてきた。
♪♪
リトはきちんと答えようとして困った。ファナを助けたことに理由なんてなかったからだ。
「べつに竜とか関係ないんだけどな。空からなんか降ってきたから受け止めたら竜だったってだけだ。飛べない竜でも、歩けない人でも、犬でも猫でも、困ってたら俺は助けてたよ」
「じゃあ、もしリトがね、リューを退治する仕事をするとして。そしたらファナも退治してた?」
「……。わるい。ファナがなにを聞きたいのかわからない」
「だから、その……人はリューが嫌いだって。退治するものだって、そう……教えられたの。人に会ったら逃げなさいって。ファナは逃げられなかったけど、そしたら村の人にもいっぱい会って、みんな、ファナがリューなのに親切だし、びっくりしないし」
人は竜を怖がるが、竜だって人を怖がる。関わらずに生きていけるのなら、それが一番幸せ。そんな価値観の中で、ハテノキ村の人たちは、竜とか人とか関係なくファナを歓迎した。そのことが、ファナには不思議だったのだ。
「冷たくされたかったのか? 石を投げられたかったのか?」
「……そうじゃない、けど。でも、そっちの方がファナは安心したかもしれなくて」
信じてきたことが、価値観が変わることは怖い。ファナのように素直であればなおさらだ。
「いやか? 優しくされるの。村の子として扱われるの」
「いやなんかじゃない……けど」
「じゃあ、いいんじゃないか? ゆっくり、ファナはどうしたいか考えていけばいいんだよ」
♪♪♪
長い沈黙の後で、ファナがふと口を開いた。
「ファナでも、村の子になれるのかな? みんなと家族に、なれるかな?」
人の村に迷い込んだ竜の少女。それは猫の群れに虎が紛れ込むようなもので。どう見たって異分子である自分が家族として受け入れられるのか、それがファナには怖かった。
その気持ちがわかったから、リトははっきりと口にした。
「無理だな」
♪♪♪♪
リトはマホウツカイだから、ある意味で異分子だった。初めてこの村に来たときにどれほど怖かったか。あのときの気持ちを、リトは忘れていない。
「そんな弱気じゃ無理さ。家族になりたいなら、もっとファナらしくしないとな」
まっすぐで、笑顔が温かくて、見ているだけで元気づけられて。
「俺の知ってるファナなら、俺は家族になりたいって思うけどな」
「……ほんと? ファナでもできる?」
「俺でもできるんだ。ファナにできないはずないだろう?」
だったら――。ファナはぴょこんと立ち上がった。
「ファナはリトと家族になりたい! ファナの、ここでの家族第一号はリトなのっ」
お日様のように目をきらきらさせて宣言する。
ファナらしいその言葉に、リトもはっきりと答えを返す。
「ああ。俺たちは家族だよ。今日も、昨日も、明日も明後日もな。ファナ」
そんなこと今更言わなくても家族のつもりだったんだけど――心の中でそう思いながら。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
健全家族.
ファナとリトが、妹兄なのか子親なのか作者にもわからないまま,
話が進んでいきます.
2人のちょっとした会話を追ってる影響で先に進まないですが,
のんびりまったりとつきあっていただければと思います.
それでは次回,
『19……カサハネ』
この羽は大切な人を守るためにあるの!――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.