17……ハテノキ村の空の果て
マホウツカイ見習いの少年リトの元に、ある日、竜の少女ファナが墜ちてきて。
飛べなくなってしまったらしいファナに、リトは「ここで過ごすか」と手を差し伸べた。
そうして、2人の生活が始まり――
♪
「ハテノキまで行ってみるか?」
村の分かれ道で、マホウツカイ見習いの少年リトが口を開いた。
「行く! ……あ、でも、パンは焼き立てが一番おいしいって」
パン屋の紙袋を手にした竜の少女ファナは、温かみの残る袋に目をやった。
「あったかいパンとピクニックのどっちがいい?」
「うんと……走ってピクニック?」
♪♪
ハテノキ――そう呼ばれる巨大な古樹は、村はずれの丘の上にある。
リトとファナの二人は、買い物の荷物を家に置いた後、丘へのなだらかな道を歩いていた。
村の象徴たるハテノキは、村のどこにいても見え、昔から守り神として大切にされている。
春に若葉をつけ、初夏に花を咲かせ、秋に黄金色に色づき、冬に細かな枝に積もった雪で化粧をする。ハテノキは、村人たちと同じように装いを変えながら一年を過ごすのだった。
つい先週に落花し、村人みんなでの大掃除を終えたところだ。今のハテノキは、もうひと踏ん張りと深緑の葉を力強く広げている。
ふと、左手を握っていたファナの手に力が入ったのを感じた。
「どうかしたか」
立ち止まって顔を覗くと、ファナは目をつぶってふるふると顔を振った。
「空飛んでたとき、この樹を上から見てたから」
ファナらしくない小さな声。答えになっていなかったが、それ以上訊かずに歩き出す。
ハテノキはもうすぐそこ。
風が吹き、葉っぱたちが客人二人に歓迎の声を上げた。
♪♪♪
丘のてっぺんは小屋が一個建つくらいの小さな平地になっている。
そのほとんどがハテノキの根っこに占められているが、遊びやピクニックには持って来いの場所だ。今日みたいに遊ぶ子供や散歩の人は見当たらないのも珍しい。
「おっきい――」
ハテノキの幹は大きい。輪切りにすれば、四人用のテーブルを何枚も造れるだろう。
リトが子供のときに手をつないでぐるりと囲ってみたが、八人でなんとか一周できた。
「リトー」
ファナがくいくいとリトの左手を引いて幹に近づく。きっと同じことを考えている。案の定、ファナは幹に身体をぺたりとくっつけて両手を左右に伸ばした。リトも同じようにしたが、リトの右手をファナの左手が掴むことなどなく。
「えへへー」
それでもファナは嬉しそうに笑い、リトもつられて口元を緩めた。
♪♪♪♪
幹に背を向けると、眼下にハテノキ村が見下ろせた。ときおり吹く風は気持ちよく、夏草の匂いがなんだか懐かしい。
「リト、ハテノキって端っこにある樹ってことだよね?」
果ての樹。
「そうだな。昔の人は、ここを世界の果てだと思ったらしい」
「おかしいね。世界は丸いのに。世界に果てなんてないのに」
ファナは前を向いたままで笑った。
「それに、リトたちにとったらこの場所は世界の真ん中でしょ?」
「ま、そうだよな。言いたいことはわかる」
「うん。空からだって、この樹ははっきりと見えたもん」
空から――そう言ったファナはどこか寂しげな表情を浮かべた。ファナはまだ飛べないでいる。きっと、飛ぼうとして飛べなかったときのショックが怖いのだろう。
「リトも見てみたい? 空からのハテノキ。空から見た、果ての果ての空。青くって、澄み切ってて、どこまでもどこまでも続いてる、青色の世界」
「……きれいなんだろうな」
「うん! すっごくきれい。リトもきっと好きだと思うの」
ファナは目をきらきらさせていた。その感情は、自分が好きなものを他の人にも好きになってほしいというごく単純なものだったが、その単純さゆえにわかりやすく、強い。
「そうだ、約束する! ファナがおっきくなったら、リトを背中に乗せて飛ぶって!」
それは、昨夜ファナが考えた、今の夢。
約束したら、その夢が叶う可能性がもっともっと高くなるような気がして。
だからファナは小さく細い小指をリトに差し出した。
リトは彼女と指をからめ、心の中で守り神の樹へと、そっと願った。
最後までお読みいただきありがとうございます.
本作は,まったり日常モノです.
気が向いたときに,好きな話から読んでいただけます.
実はハテノキの魔力の影響でファナは飛べなくなっていて、
リトがファナのためにハテノキを倒す決意を固め、
けれど守り神である樹を切り倒すことに村人が反対し、
やがて敵対するリトと村、
けれどリトは、大好きな村よりも1人の少女を選び――
という妄想。
それでは次回,
『18……ファナが家族になるっ』
家族なんだから頭なでなでもお風呂も添い寝も義務だよリト!――というお話です.
よろしくお願いします.
今後も二人の行く末を見守っていただけると幸いです.