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悪役令嬢は妖刀と生きる  作者: 高塚 ミヤビ
第一章

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第十二話 後編

「いたたた……ほんとに容赦ない」


地面に片膝をついたまま、私は小さく呟いた。

木剣の代わりに木刀で打ち合ったが、課題のクリア条件である「相手を円から出すこと」も「一撃を入れること」もできず、打ち負かされた直後だった。


「あれでも十分手加減してくれているのだろうけど」


少しでも甘い考えで仕掛けようとすると、容赦なく打ち込んでくる。

そのおかげで、肩や腕、太ももにできたあざや擦り傷がじんじんと熱を持っている。


「今日も派手にやられたなぁ」


「やった本人が言いますか」


私は顔を上げて軽く睨みつける。

すると、エヴィン先生は肩をすくめながらこちらへ歩み寄ってきた。

エヴィン先生は私の肩に手を置くと、魔術が発動した。


「こんなに手加減してやってるのに一撃すら入れられない弱いお前が悪い」


そうは言いつつも、あざや擦り傷といった小さな怪我は、エヴィン先生が魔術である程度まで治してくれる。

擦り傷やあざもじわりと温かくなり、痛みが和らいでいく。


以前、筋肉痛まで治してほしいと文句を言ったことがあったが、その時はあっさり却下された。

魔術で治すと栄養を消費せずに回復してしまい、鍛錬の意味がなくなるからだとか。

その理屈は理解できるが、納得できるかどうかは別の話がと私は思う。


「近接戦闘の方は多少はましになってきてるが、魔術の方はどんな感じだ」


近接戦闘の授業と並行して、魔術の授業も当然進んでいた。

前回の魔術の属性を判別する授業で、私の魔術属性が水属性だと判明した。

そこで、エヴィン先生は水魔術の基礎である、水球を一つ生み出す簡単な魔術を課題に出した。


「それが…」


魔力操作をして、魔力に決まった指向性を命令として与える。

すると魔力が消費され、魔術が発動する。

人によっては魔術の名前を詠唱することで感覚的に魔術を発動させていることがあるようなので、私もそれに倣いその魔術の名をつぶやく。


「水球」《アク・ルプス》


手のひらの上に淡い青い光が集まり、ぽつんと水の球体が浮かび上がる。

透明で、表面がきらきらと光を反射する綺麗な水球だった。


「できてるじゃねぇか……ん?」


でも、次の瞬間。

球体がぐにゃりと歪み、表面から白い霧が立ち上り始めた。

みるみるうちに形を保てなくなり、霧状になって周囲に広がり、完全に霧散してしまう。

残ったのは、ただの湿った空気だけ。

掌は少し濡れているが、それだけだ。


「見ての通り維持できないんです」


何とか水球の形を維持しようと、何度も試行錯誤を繰り返した。

魔力の流れを細かく調整したり、指向性を強く意識したり。

調べられる限りの魔術書も読み返してみた。

それでも、ほんの数秒しか形状を保てずに、すぐに拡散して霧になり、消えてしまう。


「前回の課題の時も似たような感じだったのですが、やっぱりこれも私の実力不足なだけですか?」


そう尋ねると、エヴィン先生はしばらく無言で私を見つめた。

そして、考えがまとまると首を横に振り、ゆっくりと口を開く。


「いや、おそらくそれだけが原因じゃなさそうだ」


「ならどうして」


「通常は水球《アク・ルプス》が失敗するとこうなる」


エヴィン先生は手のひらを上に向け、軽く魔術を発動させた。

だがその水は一度は球になるも、球体を保てず手のひらにぽたぽたと零れ落ちる。


「お前の場合は……おそらく魔術特性が強く影響してる」


「魔術特性……ですか?」


聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。

エヴィン先生は私の反応を見て、軽く頷いた。


「人それぞれが持ってる、魔術に影響する個性みたいなもんだ。同じ魔術でも結果が変わる原因の一つだな」


魔術はただ指向性を正しく与えても誰でも同じ結果を出せるものではなく、その人間自身の資質や性質が、術の形や威力に影響を及ぼすということらしい。


なるほど、と内心で納得する。

だからこそ魔術には多様性が生まれるのだろう。


「本来は基礎を固めてから特性を引き出すもんだが……お前は逆だな」


 つまり私は基礎も固まっていないのに、無意識のうちに魔術へ干渉してしまうほどの魔術特性を引き出してしまっている。

そのせいで制御が追いつかず、魔術が安定しないということなのだろう。


「それって……どうすればいいんですか?」


「魔術特性を抑え込めるほど魔力操作を向上させるしかないだろうな」


予想通りと言えば予想通りの答えだった。

結局、遠回りに見えても基礎を積み重ねるしかないらしい。


「俺もガキの頃は魔術特性が勝手に干渉して似たような苦労をしたが、結局そこに行きついた」


エヴィン先生は鼻で笑うように肩を揺らした。

その表情には、昔を懐かしむ色があった。


「先生もですか?」


「魔術属性の時の様に特性を調べる方法は確立していないから自身の推測にはなるが、俺の魔術特性は「暴走」だ」


「ぼ、暴走ですか?」


あまりにも物騒な響きだった。

特性というより欠陥のように聞こえる。


「水球《アク・ルプス》」


エヴィン先生は再び水球を作り出す。

すると先ほど見せてもらった水球《アク・ルプス》の失敗とは違い、何かが水球の内側から突き破ろうとボコボコと多方面に飛び出そうとしているように見えた。

するとついに形を維持できなくなり水球はその場で勢いよくはじけ飛んだ。


「俺が魔術特性を制御しないとこうなる。そのうえ、俺の魔術特性は炎だったからな…」


水球ですらこの有様なのだ。

炎球だったらと想像するとどんなに危険だったか想像に難くない。


どれだけ研鑽を積んだのかわからないが、今のエヴィン先生は少なくとも、意図して通常通りに魔術を失敗できるぐらいには魔術特性を制御できている。

私もエヴィン先生の様に魔術特性を制御することはできるだろうか?


「ところでお前は魔術学園ではゼレナに入るつもりなんだよな」


唐突な問いに一瞬だけ目を瞬かせる。

しかし、その質問の意図はなんとなく分かる。


「そのつもりです」


レナードから婚約破棄してもらった後にブラットウッド家のレイラとして平穏に生きて行くのなら少しでも両親とは良好な関係を維持していきたい。


そのためには魔術学園で上位の成績を取り続け、帝国の代表としても恥じない成績を取り続けなければならない。


なので、まずその第一歩目として魔術学園のクラス分けではゼレナに振り分けられなくてはいけない。


「なら基礎魔術の習得は避けて通れねぇ」


「入学試験では基礎魔術と実力を披露するための魔術の二つを披露しなければならないからですよね」


魔術学園への入学それ自体は刻印が発現していれば無条件で入学することができる。

しかし、そのクラス分けは魔術の練度によって決められる。

ゼレナは前世で言うところの特待生が集まるようなクラスだったと認識している。

なので、基礎魔術ができないままではゼレナへ振り分けられる可能性は限りなく低いだろう。


「理解してるなら話は早ぇ」


エヴィン先生はそう言って立ち上がり、軽く私の肩を叩いた。


「魔術特性はその特性やその特性の干渉力によって魔力制御の難易度は変わってくる。だからこの基礎魔術の課題には期限は設けねぇ。その代わり魔力操作の練習だけは怠るなよ」


「わかりました」


素直に頷くしかなかった。

今の私に拒否権なんてないし、何より必要なことだと理解している。


剣術と身体強化の修行に加えて、水球の維持という新たな課題。

やるべきことはまた一つ増えた。

体力も時間も、これまで以上に削られるだろう。


それでも、不思議と嫌ではなかった。

むしろ壁が明確になったことで、進むべき道が見えた気がする。

困難が増えるほど、自分が強くなれる余地も増える。


そして私は気づく。

この状況を少しだけ――いや、かなり楽しんでいる自分がいることに。

まだ見ぬ未来へ進むための試練を、心のどこかで待ち望んでいたのかもしれない。

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