●◎第6話「忘れたくないのに」
「よほど内側に溜め込んでいたのね。吐き出して、少しは楽になった?」
エンジュが慈愛に満ちた表情で私の頬を拭ってくれる。
いつの間にか私は泣いていたらしい。
「ミヤは後悔しているの? 今、ウイに会えなかったことだけじゃなくて……もしかしたら助けられたんじゃないかってことかしら?」
「……うん、昨日のウイは少し変だった。私がもう少し気を付けていてあげたら」
(ウイは死ななかったかもしれない)
たらればの話だ。
今さらどうにかなるわけでもないのは痛いほど分かっている。けれどどうしても考えずにはいられなかった。
「ミヤのせいじゃないわ……って言っても無駄なんでしょうけど、絶対にミヤのせいじゃない。いっそのこと、忘れてしまえたら楽なんでしょうけど……」
「ウイを忘れるなんて出来ない! なんでそんな酷いこと言うの」
「私もその方がいいと思うわ。今は辛いかも知れないけれど、少しでも覚えててあげて。部屋の次は記憶も――消えてしまうから」
(消える? 記憶が?)
一気に谷底に落とされたような気分だった。
「覚えてることすら許されないってなんなの!? なんで私がウイのこと忘れなきゃならないの!? なんで勝手に記憶を消されなきゃならないの!!」
私は怒りがふつふつと沸くのを感じていた。
エンジュに対してじゃない。
誰に対してか分からない怒りだ。どこにぶつけたらいいのかも分からない。
「仕方ないのよ、私たちはそういう存在なんだから」
(覚えていることすら、誰かに否定されるなんて)
胸の奥に溜まっていた感情が、一気に爆ぜた。
忘れたくない。忘れるもんか。
怒りとも悲しみともつかない何かが、喉の奥からせり上がってくる。
ウイを忘れるなんて、そんなことがあってたまるか。
「そんなのエンジュの勝手な理屈でしょ! 私は、絶対に忘れないから!」
気付けば、私はエンジュを突き飛ばして立ち上がっていた。
エンジュが少し驚いた顔をしていたが、そんな事気にしている余裕なんてなかった。
頭に血がのぼったまま、勢いに任せて部屋を飛び出す。
追いかけてくる足音はなかった。
けれど、誰かの泣き声だけが、ずっと耳の奥に残っていた。




