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箱庭から歪んだ愛を君に。  作者: 泉出流
第3章【そして疑いの花は咲き誇る】
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●◆◇第5話「猫と十二支の決定的な違い」

 ウイの部屋を目指して、私は早足になる。

 頭の中では、さっきシンに言われた言葉がぐるぐると反芻されていた。


(ウイが死んだのは毒じゃない。そう、シンは言ってた)


 あの人が無意味な嘘をつくとは思えない。

 だとすれば、シンは何かに気づいていて、だからああ言い切ったんだ。


(“見ればわかる”。“自分で考えろ”。──つまり、ちゃんと考えれば私にも分かるってこと)


 あの時、ウイに一番近付いたのはシンだった。

 きっと何かを見たのだ。私には見えなかった“何か”を。


(私も……やっぱり、ウイに会わないと)


 ウイのことを思うと言い知れぬ恐怖が足元から這い上がってくる気がした。

 正直、怖い。ウイの死を直視しなければならないことが凄く怖いのだ。

 逃げ出したい衝動に駆られる。行く当てもないのに。


(……逃げちゃ、ダメ)


 私は立ち止まった。

 深く息を吸って、限界まで肺を満たす。

 そして、ゆっくり吐き出す。


 恐怖は消えない。でも、少しだけ落ち着いた。

 それだけで、また一歩を踏み出す理由にはなった。


(絶対に、逃げない)


 さっき、エンジュに誘われた時に行っておけばよかった。

 今さら後悔してもしょうがない。

 それにきっとシンと話さなかったら私は何も気付けないまま済ませてしまっていただろう。

 ちょっと腹は立ったけど、あの会話は私にとって必要なものだった。


 チハヤの部屋がある西館から、中庭を抜けてウイの部屋がある東館を目指す。

 中庭を横切るとき、大きな木が視界に入った。


 この園のどこからでも見える、堂々とした一本の木。

 なんの木かは分からない。でも、その存在感だけは圧倒的だった。

 幹は大人が五人で手を繋いでようやく抱えられるくらいの太さで、枝葉は高く高く空に伸びていた。


 風が吹くと、葉がさわさわと鳴った。


「……私は、なんでここに来たんだろう」


 思わず、口からそんな言葉がこぼれる。


 私をここへ連れてきたのは、本当に神様なのだろうか。

 だとしたら、どうして? 私に何をさせたいの?

 考えても、答えは見えてこなかった。


 ──だから私は、考えるのをやめた。


 風に揺れる木の葉が、何も語らないまま揺れていた。


 広い中庭をひたすら歩く。木が多くて中庭というより林や森の中を歩いている感覚に陥ってしまう。

 舗装された道があるからかろうじて歩いていけるものの、これがなければきっと私は中庭で遭難していたと思う。

 数十分も歩くとやがて目の前に東館が見えてきた。

 この園は、中央の大樹のある中庭を中心にして、東西南北に建物が分かれている。

 私がさっきまでいたのは西館。今向かっているのは、ウイの部屋がある東館だ。

 建物の形は……ドーナツを真っ二つに割った形が一番近いかもしれない。

 それが東館と西館。じゃあ北と南も似たような形かといえば、これはこれでまた違う。

 何故か北と南だけはそれぞれ建物が個別に建っていた。一棟のコテージが北南にそれぞれ三つ。

 実に変な構造だと思う。


「……迷わないように行かないと」


 ようやく東館に辿り着いた私は、中へ入るための扉に手をかける。ここまではちゃんと来れた。大丈夫。

 困ったことにこの園では広い中庭より建物内の方が迷いやすいのだ。

 絶対同じ道を歩いているのに、道順を間違えたような気がする時がある。

 地図を見たって分かるはずなのに、気がつくとさっき通ったはずの場所に戻っていたり。

 入っては行けない通路、そもそも入れない部屋。まるでトラップのようなものが多いのだ。

 ウイに何度も教わったことを思い出しながら私は先に進む。


「あれ?」


 ウイの部屋に向かう途中の温室で二つの影を発見した私は足を止めた。


「コハクとトウマ?」

「あ、ミヤちゃん。どうもー、さっき振りだねー」


 声を掛けた私に気付いてトウマが普段通り軽薄な感じで手を振り返してくれる。

 コハクは少し離れたところでしゃがみこんで、何かをいじっているのが見えた。


「こんなところで何してるの?」


 あんなことがあったのだ。

 てっきり部屋にこもっているかと思っていた。特にトウマは。


「本当はね、俺も部屋に居たかったんだよ。でもコハク君がお世話しないとーって」


 私が不思議に思っているのを恐らく察したのだろうトウマが肩を竦めながらそんなことを言った。


「この温室はウイが一生懸命お世話してたからね。だから代わりにお世話してあげないと」


 近付くとコハクは以前畑で会った時と同じように、植物の世話をしていた。

 違うのは今手をかけているのは食べるための植物ではなく、観賞用の花だということだけ。


「へえ、植物なんてほっといても育つのになー」

「それでも手をかけてあげた方が綺麗に育ってくれるから」


 理解出来ないといった様子のトウマは一切手伝う気は無さそうで、興味なさげに欠伸をしている。


 ウイが大事に育てていた温室。

 それを聞いてしまったら、少しくらい手伝っていこうかという気が私の中で頭をもたげる。


「私も、ちょっとだけ手伝ってもいい?」


 またチハヤの部屋の時と同じように断られるんじゃないかと思って少し緊張してしまう。

 しかし、コハクは温和な笑みで頷いてくれた。


「うん、ありがとう」

「何を手伝ったらいい?」


 断られなかったことに凄く安堵した。ここでも断られたらちょっとだけ、心が折れてたかもしれない。


「この子、周りの花に養分を吸われちゃってるみたいだから植え替えてあげたいんだ」


 コハクが示した花壇の中には小さな紫色の花が一輪咲いていた──咲いてはいるが、花は地面についてしまっているし、もう枯れているといっても差し支えないほどに弱弱しい姿の花だった。

 この花の周りはみんな鮮やかな赤色の花ばかり。この紫色の花だけがポツンと、ただこの花壇の中で小さく哀れにも萎れていた。


(どうしてこんな場違いな場所に生えてしまったんだろう。ここに生えなければ良かったのに)


 コハクが見つけて助けようとしなけば、きっとこの紫色の花は淘汰されてこの花壇は真っ赤な花のみ咲き誇っていたことだろう。


「良かったね、コハクに見つけてもらえて」


 なんとなく仲間外れのこの紫色の花が、この園での私とかぶってしまって思わず自嘲する。

 私は近くにあったスコップを借りてそっと根を傷つけてしまわぬよう、紫色の花を掘り返す。


「これ……生き返るの?」


 丁寧に作業を続け、なんとか鉢に移し替えることに成功した私はコハクへとその鉢を手渡す。

 花は萎れたままで、助かる見込みははっきり言ってあまりなさそうだと思えた。


「助かるよ」


 やけにはっきりとコハクが言った。


「大丈夫。心配しないで」


 ふわりとコハクが笑う。

 鉢を持つ私の手ごとコハクの大きな手が包み込む。暖かくて、コハクの微笑みと同じくらい優しい手だった。


 その時だった。


「……コハク、今何かした?」


 確かに死にかけている花だった。

 萎れ、葉も花も地面に横たえていたのに。


 それなのに、どうして今、この花は元気に上を向いているのだろう。


「これはね、俺の力だよ」

「コハクの、力?」

「ちょっとコハク君!?」


 背後で焦ったようなトウマの声がする。

 けれど、私は目の前のコハクからけして目を離せなかった。


「十二支の役割を持つ俺達には一人一つ、能力があるんだよ。俺のはこれ」

「植物を元気にする能力……?」


 だからいつも植物を世話してたのだろうか。

 以前、ウイが言っていた植物を育てる天才とはこのことだったのかと納得出来た。

 あの時はただ単純に植物を育てるのが上手いのだろうと思っていたけれど、これが本当の理由だったのだ。


「あーぁ、そこまで話しちゃうんだ」


 新たに知らされた事実に驚きを隠せずにいると、いつの間にかトウマが隣にまで来ていた。

 珍しく少し不機嫌そうな表情を浮かべている。


「いいだろ、別に。ミヤだけ知らないのは不公平だ」

「だからって能力の内容まで話すのは……俺、どうなっても知らないからねー?」

「能力がバレると何かマズいことでもあるの?」


 二人の話の内容を聞くに、どうやらこの話はあまり私が聞いてはいけない類の話だったようだ。


「ううん、そんなことないよ。能力があるっていうことは周知の事実だからね」

「ただ、その内容まで人に詳しく話す奴はいないってこと!」


 構わないと少し困ったように眉根を下げて首を振るコハクに対して、トウマは腕を組んで眉間に深い皺を寄せている。


「どうして?」

「どうしてって、本当に分からない?」


 私の疑問にトウマは、まるで私の中の何かを伺うようにじっと見つめてきた。

 そして、そのまま一つのたとえ話を始めた。


「もし俺が例えばー……すっごい力を持ってたとする」

「すっごい力って?」

「とにかくすっごいやつだよー……──人一人殺せちゃうような、ね」


 冗談めかした口調のまま、トウマはさらりと恐ろしい言葉を口にした。

 あまりに自然で、一瞬その言葉の重さを受け止め損ねそうになる。


「え……?」


 思わず出た声は上ずっていた。

 トウマが冗談を言っているとは思えない。

 それでも、何かの“比喩”であってほしいと願う自分がいた。


「俺はコハク君が大嫌いで気に入らないとする」

「そんな俺がコハク君の能力が俺に対抗できるものではないのを偶然知ってしまった。どうなると思う?」

「……」

「ねぇミヤちゃん」


 組んでいた腕を解いて、ゆっくりと私へと歩みを寄せるトウマ。

 いつもと違う彼の様子に私は思わず距離を取るように後退ってしまう。


「教えてあげる。ここにはたくさんのルールがあるよね。その中に自殺は出来ないとかもあるんだけど──“殺しちゃダメ”ってルールはないんだよ」

「だから俺たちは迂闊に能力を話さない。それが抑止力になることを知ってるから。自分の身を守るためなんだよ」


 トウマの目は笑っていなかった。

 それだけで彼が今まで話してくれたこの恐ろしい話が、全て本当のことなんだと実感させられてしまった。


「……今までにそんなことがあったの?」

「そんな頻繁ではないけどね」


 今度はコハクが答えてくれた。

 あくまで日常の延長線上のように語られる“誰かが死んだ、かもしれない話”。

 私はもう頭がおかしくなりそうだった。


 ずっと感じていた違和感の正体が今分かった。

 ウイが死んでしまったというのに、何故か皆どこか平然としているように思えていた。


(ここの人たちは慣れてしまってるんだ……)


 私は絶対的に違う彼らとの違いに今、気付いてしまった。

前話最後、ミヤが向かう先

西→東館に変更。

間違ってました、すみません……。

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