●◎第11話「閉ざされた扉」
「──!!」
ここに居たくないと、心の底から思ったその瞬間。
まるで何かに突き上げられるように、私はベッドの上で跳ね起きた。
目の前にある天井が、現実だというのが一瞬わからなかった。
それでも夢は終わった。
心臓がバクバクと脈打ち、嫌な汗が首筋を伝っている。
(あれは……何だったの?)
夢だとわかっていても、イヌの言葉が頭の奥にこびりついて離れない。
「はぁ……私、イヌ苦手かも」
深呼吸のような深いため息をついて気持ちを落ち着かせる。
カーテンから差し込む光はすっかり明るく、思ったより日が高い。
すっかり寝すぎてしまったようだ。
「ウイ、もうそろそろ起きない?」
私は隣に眠るウイへ、そっと声をかけた。
反応は無い。
(……熟睡してるのかな)
そう思って、そっと肩に手を置いて軽く揺する。
しかしその体は驚くほど詰めたかった。
「……ウイ?」
不安が首筋を這う。
「ねぇ、ウイってば……」
もう一度呼びかけながら、その顔を覗き込む。
目は閉じたまま。
(これは昨日寝る前と同じ)
呼吸の音がしない。
(昨日はちゃんと呼吸してた)
鼓動のようなものも感じられなかった。
(鼓動だって)
生きている気配が今のウイからは一切感じられなかった。
(どうして?)
頭が真っ白になる。
助けを呼ぼうとして、私は部屋の扉へ駆け寄った。
(そうだ、チハヤなら──!)
なんでも知ってるチハヤならきっと助けてくれる。
止まった呼吸も鼓動も、全部お医者さんのように治してくれるだろう。
(全部治ったらまたいつものように笑ってくれるはず──!!)
しかしどれだけドアノブを回しても、扉はびくともしなかった。
ウイが寝る前に鍵をかけていたのだろうか。
それならば鍵を開ければいいだけのはずなのに、小さな赤い宝石の下にある鍵のつまみが震える指先ではうまく回せない。
(早く──早く!!)
気だけが急いてしまう。
頬を水が伝う感覚が邪魔に感じた。
「誰か──っ、誰か来てよっ!!」
どうしても開けられず、私は苛立ちに任せて扉を叩いた。
もう喉が裂けそうなほど、必死に叫んだ。
もう助けてくれるなら誰でも良かった。
*
それから間もなく、外から誰かがドアを叩く音が聞こえてくる。
「ミヤ? ミヤ、大丈夫? 開けて!」
エンジュの声だ。
「開かない……どうしても開けられないの……」
「何があったかは分からないけど、落ち着いて。部屋に合鍵は無いの。だから貴女にしか開けられないわ」
でも出来ない。
いっそのこと、扉を壊してくれたらいいのにとさえ思った。
そんな私にエンジュは穏やかに一つずつ行動を示してくれた。
「まずつまみをつまんでみて」
「……つまんだ」
「そのまま絶対離さずに横に捻る。一度だけ頑張ってみて」
「……うん」
エンジュの言葉通りに従う。
意識を扉のつまみだけに集中して、捻る。
手の震えはまだ続いていたが、今度はちゃんと回すことが出来た。
カチャリと小さな音を立てて鍵が開くと同時にエンジュが部屋の中へ勢いよく飛び込んできて私を包む。
「ちゃんと開けられて偉いわ! 頑張ったわね」
「エンジュ……」
背の高いエンジュの腕の中は少し固くウイのように柔らかくは無かったけれど、人の温もりに安心は出来た。
また堪え切れない涙が溢れてくる。
「どうしたの? 悲鳴が聞こえたから驚いたのよ」
「エンジュ、お願いだから……チハヤ先生を呼んで……ウイが……」
「どういうこと?」
私は必死に訴える。
困惑した様子のエンジュはウイの方を確認して小さく息を呑む。
「何かあったの?」
私の悲鳴を聞きつけて来たのだろう。
双子の他にも何があったのかと集まった何人かが廊下から部屋の中を訝しげに覗いていた。
「誰も入らないで」
いつになく厳しい声をエンジュが発した。
エンジュは大丈夫というように私の頭を一度撫でてから解放すると、ウイの側へと近寄る。
軽くウイの頬や腕を触って確認した後。
「──死んでるわ」
と、悲痛な表情で言った。
誰もが言葉を失っていた。
誰一人、声を発せなかった。
静寂だけが部屋を満たしていた。
その中で私は
(何を言ってるんだろう? ウイが死ぬなんて有り得ないのに。だって今日約束してたもの)
そんな事を考えていた。




