●◆第8話「卯の異変」
その後もチハヤのお勉強会はなんと夜まで続き、この世界での常識を叩き込まれた。
情報を一気につめこんだためか、ズキズキするような鈍痛が残っている。
(チハヤは優しげに見えて意外にスパルタだった……)
夕食後になっても未だ頭は痛みを訴えている。
氷嚢なんてものは無いようだったので、冷やしたタオルをエンジュから貰い、額に当てて冷やす。
冷やさないよりはマシなはずだ。
「うう、頭が痛い……」
「ミヤちゃんだいじょーぶー?」
広間の椅子に座って頭を冷やしている私に声をかけてきたのはトウマだった。
「なんとか。さっきよりはマシになってきた」
「頭が痛いんでしょ? やっぱりミヤちゃんはちょっと特別なんだねぇ」
トウマは少し感心したようにそんな事を言った。
特別、という言葉に少し引っ掛かりを感じたが悪意は特になさそうだった。
「俺たちはあんま感じないからさ、ちょっとその感覚は分かってあげられないかも」
「痛みなんて分かんなくていいよ」
彼が言う感じないというのは恐らく痛みの事だろうなと推測した。
病気にならないなら、怪我とか余程のことがなければ痛みを感じることは少ないだろう。
「ミヤ」
「コハク? どうしたの?」
トウマと話しているとふいに別方向から声がかかる。
私の名前を呼ぶ方へ顔だけを動かして確認するとそこにはコハクが湯気の立つカップを持って立っていた。
「カモミールは頭痛に効くって先生が言ってたから持ってきたんだけど、飲めそうかな? 寝る前にもいつものお茶を飲むだろうから止めとく?」
「ううん、ありがとう。頂くことにする」
別にそんなに水分を取りたい気分ではなかったものの、自分を気遣ってくれたという気持ちが嬉しくて私はお茶を受け取った。
「量は少なめにしておいたから。いつものお茶も少し濃いめに煮出せばそんなに量を飲まなくても大丈夫だと思うよ」
「うん、色々とありがとう」
それから少しの時間、二人と他愛のない話をしてゆっくりとした時間を過ごした。
話題はチハヤの部屋をチハヤ、コハク、トウマ、シンの四人で片付けた時の話で、トウマがいかに大変だったかを面白可笑しく語ってくれたので思わず声に出して笑ってしまった。
「私もその場面見たかったな」
「居たらミヤも手伝わされてただろうから居なくて正解だったと思うよ。申請制も却下されてしまったし……」
苦々しい顔をするコハクがまた可笑しくて、笑いがなかなか止まらなかった。
そうしてコハクのお茶を飲み終えた頃にはあれほど悩まされていた頭痛も収まり、ほんの少しすっきりしたような気さえしていた。
「そろそろ部屋に戻るね」
私は広間の椅子から立ち上がる。
じゃあちょっと待って、とコハクがどこかへ駆けて行く。
数分の後、戻ってきた彼の手には小型の水筒が二つ握られていた。
「これ、いつものお茶。一応ウイの分も。今日はまだ取りに来てなかったから……。何かあったのかな? いつもなら夕食後すぐに取りに来るんだけどな」
言われて思い浮かぶのは今日の昼間のこと。
ネネの部屋の前であったミイとのやり取りの件だった。
(そういえばあの帰りにウイの様子が少し変だったっけ)
原因があるとしたらそれしかないだろう。
(夜、二人きりになったらちゃんと話を聞いてみよう)
コハクから二人分の水筒を受けとり、礼を言ってゆっくりと廊下へ出た時、向こう側からひょこりと姿を現したのはちょうど話したいと思っていたそのウイ本人だった。
「あ、ミヤちゃん。もう大丈夫なの?」
彼女は笑っていた。けれど、その笑顔にいつものような無邪気さがない。まるで形だけをなぞったそんな作り物のように見えた。
目の奥が、ほんの少しだけ揺れて見えた。
「うん、なんとかね。ちょっと落ち着いたかも」
「そっか、よかった」
ウイは安心したように微笑んだあと、ぽそりと呟く。
「……ちょっと心配だったんだ。無理してネネみたいになっちゃったらどうしようって」
「え?」
「今日、いっぱい疲れたでしょ? 変なとこに来て、いろんな人に会って、いろんな話聞いてさ。……頭も痛くなるよね」
その言葉に、胸がきゅっとなる。
そう言って、ウイは私の手をそっと取った。
いつもより指先が冷たい。けれど、その手のひらはどこか頼りなくて、触れていることの方が怖く感じた。
(……なにか変だ)
明らかにいつものウイの様子じゃない。
ウイがこうなってしまっているはっきりとした理由はわからないけれど、このまま放置してはいけない。
胸の奥がざわざわして落ち着かない。
まるで、誰かが「気づいて」と小さく囁いているようなそんな感覚だった。
「部屋、戻ろっか。ミヤちゃん、ちゃんと休まないと」
「……うん。ありがと、ウイ」
作り笑いを浮かべるウイに私は手を引かれるまま歩き出す。
そしてウイの歩く速度が、いつもよりほんの少しだけ早いことに気付く。
ウイはそれを意識していないのか、それともそんな余裕さえ失われているのか。
ウイの部屋に戻り、扉を閉めたあとも胸のざわめきは止まらなかった。




