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箱庭から歪んだ愛を君に。  作者: 泉出流
第2章【扉の向こうの真実】
14/35

●☆第5話「私には聴こえない音」

コンコン、と控えめなノックの音がした。


「えーと、ただいま?」


扉の向こうから聞こえたのは、どこか気まずげなウイの声だった。


「おかえり、ウイ」


ベッドに腰掛けたまま、シュウが優しく応じる。

その声に続くように扉が開き、白いニットのワンピース姿のウイが風のようにふわりと入ってきた。手には茶色のバスケットをもっていて、バスケットの口からはわりと大きめの水筒の頭が見えている。


「驚かないの?」


私がここにいる事に少しも驚いていないため、不思議に思って聞いてみる。

するとウイは満面の笑みで答えてくれた。


「うん、驚かないよ! ミヤちゃんは何となく来ると思ってたんだー」

「ウイは──……勘がとても良いからね」

「そうなの?」

「うん、ほぼ百発百中ってやつなんだから!」


自信満々に言うウイに私は目を丸くする。

ウイにそんな特技があったとは、逆にこっちが驚いてしまう。


「何が勘だよ。"聴こえた"だけの話だろ」


未だに私たちから顔を背けているメイがそんな事を言った。

"聴こえた"の意味は分からないが、ウイはけしてそれを否定しなかった。

持っていたバスケットをシュウへと手渡し、メイの目の前へと回り込み覗き込むようにして見る。


「そだよー? ……だからね、今の状況もなんとなーく分かっちゃうんだよっ! からかわれて悔しいヒツジさん!」

「うるさいってば! バカウサギ!!」

「せっかくシュウが誤魔化してくれたのにそれを台無しにするからでしょ!!」


ウイは先程のシュウのからかいより一段階強めにメイを茶化して笑っている。

メイはそれはもう大激怒で、手に持っていたパンをより一層ぐしゃぐしゃに握りつぶしている。


「……止めなくていいの?」


ワーワー騒ぐ二人を眺めながら念の為、シュウへと確認する。


「うん、平気」


気にしないでと至って普通にウイから預かったバスケットからカップを取り出し、私に一つ渡してくれた。


「いつもの事だからさ。五分も経てば二人とも飽きるんだ」


次に水筒を取り出すと私のカップに注いでくれる。中には暖かいお茶が入っていたようで、それを飲みながら待とうということらしい。

シュウは私の次に自分の分を注ぐと、飲みながら穏やかに騒ぐ二人を眺めている。

私もそれに習って湯気の立つお茶に一口、口をつけたのだった。


それから本当に五分くらいすると、息を切らせたウイが私とシュウの前に来た。


「本当に時間ぴったり」

「ま、長く一緒にいるから大体のことは分かっちゃうんだよね」

「なに? なんの話してるの?」

「なんでもないよ。ただの世間話。それより話し合いは終わった?」


シュウの返答にウイは首を傾げるが、すぐにパンッと両手を目の前で会わせた。


「待たせてごめんね! でもあれはメイが悪いもの」

「……さっきメイが、“シュウが誤魔化してくれたのに”って言ってたけど……その話?」


聞いてもいいのか悩んだが、思い切って聞いてみることにする。


(シュウやウイは一体何を誤魔化そうとしたんだろう?)


すると、ウイは未だ両手を合わせたまま申し訳無さそうに口を開く。


「誤魔化すっていうか……別にミヤちゃんに隠そうとしてたわけじゃないの。知られてもそこまで困るわけじゃないし。ただ、後でちゃんとゆっくり話そうと思ってたからタイミングが悪かったというか……」


モジモジとしながらウイは言う。


「ふん、ただの言い訳だね」

「もー! メイは話に入ってこないで!」


プンプンと擬音がつきそうなくらい頬を膨らせて怒るウイだが、怒らせた当人のメイは少しも気にした様子は無い。


「それでね、えーとなんだっけ……」

「ウイは何かタイミングをみて、重要な話をしようとしてくれてたんだよね?」

「あ! そうそう。重要なのかは分かんないけど私の秘密教えてあげようと思って」

「秘密? 秘密なのに私に教えちゃっていいの?」

「うん、勿論!」


いつも通りの人懐っこい笑顔でウイは頷く。

嘘をついている様子なんて微塵もない。

心の底から正直に、あるがままを話してくれようとしているのが伝わってきたので私は一切疑うことすら無かった。


「私ね、色んな音が聴こえるの」

「音?」

「うん。その音はね、皆が聴こえてる音とは違うみたいなんだ」

「少なくとも俺はそんな音聴こえたことないよ」


既にウイの秘密を知ってる様子のシュウが言った。


「どんな音なの?」

「私の聴こえてる音って、"人"から聴こえてくるの」

「人?」

「今のメイみたいに怒ってる時は、“ピリピリッ”て静電気が跳ねるみたいな音がするの。嬉しい時は、澄んだベルが遠くで鳴るみたいなガラス細工みたいに綺麗な音。悲しい時だけは……ガラスを爪で引っかくみたいな、嫌な音がするの。耳の奥に残るような凄く嫌な音」

「それは……困らない?」


想像でしか分からないけれど四六時中そんな音が聞こえていたら、なんだか耳がおかしくなりそうだ。


「うーん。便利なときもあるし、ちょっと困るときもあるよ。誰かがどんな気持ちなのか、大体わかっちゃうから……ほら、嫌じゃない? 自分の隠してる気持ちが人にバレちゃうのって」

「なるほど……。確かにちょっと嫌な時もあるかも……」

「でしょ? 私だったら嫌だもん。だから基本皆には言ってないんだ。だって嫌な気持ちにさせたくないもん」


「ミヤちゃんにもやっぱりそんな音は聴こえない?」と聞かれるが、そんな音が人から聴こえた試しは一度もないため、私は首を横に振った。


「そっかぁ。じゃあやっぱり私だけなのかぁ。ちょっと残念!」


ウイは大きく肩を落とし、大袈裟に残念がってみせた。


「不思議だね。でもウサギのウイにちょっと似合ってる、かも」


「そうかなぁ?」と言ってウイは照れた様子で、嬉しそうに笑った。

ぴょこりとその場で軽く跳ねる姿は本当にウサギのようで微笑ましかった。


「ねねね、皆でお散歩行こーよ。腹ごなしってやつ!」


昼食後、少し落ち着いた空気の中でウイが声を弾ませながらそんな事を言い出した。

言いながらもすでに彼女は上へと腕を伸ばしながら立ち上がっている。今すぐにでも外へ飛び出していきそうな勢いだ。


「食べてすぐ動くのは良くないって、聞いたことあるけど?」


メイがすかさず冷静なツッコミを入れる。ほぼほぼ食べ終わっているパンの欠片をつまみながら、視線だけをウイに向ける。


「メイは文句ばっかり! もう置いてっちゃうんだから!」

「別に行かないとは言ってないし」

「もー!!!!」


ウイが大きく頬を膨らませてダンダンと足踏みする。

怒っているウサギが足を踏み鳴らすのを知っていた私はそっくり過ぎるとつい笑ってしまいそうになる。


「ミヤ、先に行こっか」

「うん、そうだね」


シュウに促されて私は立ち上がる。

この二人のやり取りにも慣れてきたので、放っておいても大丈夫だと判断したためだ。


(もしダメならシュウが放っておくわけないし)


まだ騒いでいるウイとメイのやり取りを背中に感じながら、玄関の方へと歩き出した。



外へ出ると太陽は相も変わらず穏やかに差し込み、季節感の混ざり合った庭園が静かに揺れていた。風の香りを含んだ空気が心地好良く肌を撫でていく。


「ホントならお外でお茶の予定だったのになー。誰かさんが先に食べちゃうんだもんなー」


ウイがわざとわしく大きな溜め息をついて、やれやれと肩をすくめる。


「なんで僕とシュウだけ外で食べるんだよ。お茶っていうか、それ僕たちの朝食だろ」

「え? 私も食べるつもりだったよ?」


ウイの言葉に、私は一瞬考え込んだ。


「朝ごはん食べたのに……?」


まだ食べるの?


「追加で!」

「ウイはよく食べるよね。俺たちより食べるんじゃないかな」


シュウが少し笑いながら言うと、ウイは得意げに胸を張る。


「育ち盛りだから!」


そんなウイの宣言に笑いながら、私たちはゆっくりと道を進んでいった。


ふと、周囲の景色に目を向ける。


「ここって……本当に不思議なところだよね」


四季が交錯するような風景。

桜が咲いているすぐそばで、雪が静かに積もっていたりする。そんな非現実的な光景に、私はまだ慣れきれないままでいた。


「そう? もう慣れちゃってなんとも思わなくなっちゃったかも」


ウイがそう言って、くるりと一回転してみせる。足元の草花がふわりと踊るように揺れた。

まるでウイが草花と踊っているみたいだった


「分からないことは、今度チハヤ先生に教えてもらうといいよ。あの人、ここに長くいるから物知りなんだ」

「そうなんだ」


私はチハヤの落ち着いた雰囲気を思い出す。確かに、色々なことを知っていそうな人だった。


(来た時にも色々なことを教えてくれたのは主にあの人だったっけ)


仮面を届けに行った時のことは未だに私の中で燻っている苦々しい記憶だが、それを抜きにしてもみんなのところへ連れて行ってくれたり知らないことを教えてくれたのは彼だった。


「そういえば……お礼、言えてないな」

「先生に?」


ポツリと呟いた私の一言を聞き逃さず、シュウが問いかけてきた。


「うん、ここに連れてきてくれたお礼とか。言えてないなって思って」

「じゃあミヤちゃんには、今度先生に分からないことを教えてもらう&お礼を言う任務発生だね!」

「任務なの?」


まるでゲームのクエストが発生したかのように言ってくるウイが面白くて笑ってしまう。


「……ねぇちょっと」


そのまましばらく歩いていると、メイがふと思い出したように言った。


「ネネの部屋近いけど、寄ってくの?」

「当たり前だよ! 私の日課なんだからー!!」


今日こそ出てきてくれるかもしれないし、と呟いたウイの顔は笑っているけど痛々しさが感じられて胸が苦しくなった。


「…………」


メイが何か言いたげな表情を浮かべていたものの、何も言わずくるりと背を向けて私たちの先を進んで歩いた。

穏やかな午後の光の中、私たちは黙ったまま坂道を歩いていく。

先にいるメイの背を追いながら、静かに。

ネネの部屋へと向かって。

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