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箱庭から歪んだ愛を君に。  作者: 泉出流
第2章【扉の向こうの真実】
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●△第4話「銀色の辰。そして双子。最後に潰れたパン」

食堂を出てまだ温かな空気の中を歩く。

木漏れ日が静かに揺れて節感のないこの園の中でも、どこか朝の名残を感じさせる。


双子の部屋は中庭を挟んだ向こう側だ。

私はその道をゆっくりと歩き出した。


ぼんやりと木々の揺れを見ながら歩いていた、その時だった。


「──っ!?」


私は盛大に転んでいた。

何かに引っかかったらしく、とにかく顔が痛い。

半泣きになりながらも引っかかった”何か”をキッと睨めば──そこには。


「…………」


木漏れ日の下、そこにいたのは、無言でこちらを見ているシンだった。


(”何か”はシンだった……)


冷や汗が背中を伝う。

シンの銀髪がさらりと肩にかかり、陽の光を受けて淡く光っている。

その手には一冊の古びた本が開かれており、足元には読みかけらしい本が数冊無造作に散らばっていた。

相変わらず表情は読めず、その目にはどこか遠くを見るような影がある。


「ご、ごめん。痛かった……?」

「痛みがあるかないかと聞かれたら、あるに決まっているだろうが。……まぁお前ほどじゃないな」


嫌味っぽく言われれば流石にカチンと来るもののこちらが悪いので怒ることは、しない。


「嫌味?」


いつも通り無表情だが、明らかに不機嫌そうだ。

シンは小さく溜め息をつき、それきり「邪魔するな」とだけ言って視線を手元の本に戻す。

まるで私の存在が最初から無かったかのような態度に、ちょっとだけむっとする。


……それに、ほんの少しの悪戯心も芽生えてしまった。


「何読んでるの?」

「答えたところで理解出来ないだろう。無駄だ」

「こんなに外に本を持ってきて大丈夫? チハヤに怒られるんじゃないの?」

「俺を追い出したアイツが悪い」


視線こそ合わせないものの、返答はちゃんと返ってくる。

無愛想なのに律儀で、なんだかそれが妙に面白くなってしまいついつい口が滑る。


「シンは──」

「待て。お前」


次の質問を投げかけようとした時だった。

突然シンが立ち上がり、私の手を掴んでぐいと引っ張る。

その指先は思いがけず冷たくて、けれど不思議と嫌ではなかった。

白く滑らかな肌と長い指。

力強いというより、まるで何かを正確に“計測する”ために在るような、無駄のない動きだった。


「な、なに……っ!?」


驚いて思わず身を引こうとしたが、その手は意外と力強く、簡単には振りほどけなかった。


その瞳は、澄んだ硝子のように冷たく、濁りひとつない──だからこそ、どこまでも底が見えなかった。

額が触れそうな距離で、彼は一言も発さずに私を“観察”している。

まるで、人間ではなく何か異質なものに見つめられているような、そんな錯覚すら覚えた。

今まで一度も視線を合わせてこなかったのに。


(まるで、自分の奥の奥まで覗かれているような──)


手を握られているせいで距離が近く、私は思わず顔を背けた。


「────使われたな」


そう言った声には、わずかに感情のようなものが混じっていた。

けれどそれが何かは分からない。怒りか、呆れか、それとも興味なのか。

手を放すと、彼はまた無言で本の世界に戻っていった。まるでこちらに触れたことなど最初からなかったかのように。


「使われたって……なに? いきなり手引っ張るとか、びっくりするでしょ」

「ただ単に、使われたかの確認だ」

「だから、それが何を意味するのか教えてくれなきゃ分からないって」


問いかける私に、シンはすぐには答えず、数秒だけページをめくる手を止めた。

そして──


「他人の力を受けた痕跡ってのは、ちゃんと観察すれば分かる。お前は今その状態だった。それだけの話だ」


もう邪魔するなとそれだけ言い、また静かに読書へ戻ってしまった。

私はしばらくその姿を見つめていたけれど、何も言えずに立ち尽くしてしまう。


(他人の力……? 一体どういうこと?)


彼の言葉の真意は分からなかったけれど、心のどこかで何かが引っかかっていた。

シンはもうページをめくる手に集中していて、まるで私など最初からいなかったようだった。


なのに、あの目だけはなぜかずっと胸に引っかかっていた。






双子の部屋は木立の奥。小さな花畑を越えた先にある。

入ったことは無いけどウイに案内してもらっていたから場所は知っていた。


私はシンとのやりとりを思い出しながら、足元の花を避けるように静かに歩いていた。

まだ心のどこかに引っかかる言葉──「使われたな」──が残っていたけれど、それが意味するところまでは分からなかった。


やがて洋館のような建物が視界に入る。

大きさはコテージ程度で、あまり大きくはない。

けれど、レトロな装飾が施された門や、重厚な扉の取っ手のすぐ上に埋め込まれた小さな青い宝石など、どこかミニチュアの洋館を思わせるような豪華さがあった。


(ウイ……もう入ってるのかな)


私は戸を叩くかどうか一瞬迷ったが、思いきってノックした。


「あの、ミヤだけど……」


返事はなかった。


その代わりドアがギィと音を立てて、ゆっくりと内側から開いた。


「……来たんだ」


顔を出したのはウイが持っていたパンの袋を抱えたメイだった。


無表情に見えるが、どこか見下すような目つきでこちらを見てくる。

けれどあの時のような棘は、今はなかった。


「あの、その……ウイが、朝ごはん持ってったから……それで……」


言葉が続かない。

ウイ、せめてシュウが出てくれたならまだもう少し話せたのに。

そんな私にメイはひとつため息をついて、


「勝手に入れば」


とだけ言ってくるりと背を向けた。

追い返されるかと思っていた。

言葉は相変わらず冷たいし、表情も嫌そうではあった。

でも、拒絶ではなかった。


私は小さく息を吐いて、戸をくぐる。

心臓の鼓動が少し早い。

けれど足を止めなかったのは、きっとどこかで「もう一度話したい」と思っていたからだ。


中はきちんと整っていてベッドが二つ並んでいた。

片方にはすでに座っていたシュウがいて穏やかに微笑んだ。


「おはよう、ミヤ。もしかしてウイを捜しに来た?」

「う、うん。そうなの。急に来てごめん」


正直に二人に会いに来たの、とは言えず思わず誤魔化してしまう。


「ウイからミヤが来るかもって聞いてたから大丈夫だよ。ね、メイ」

「知らないし。……ウイなら飲み物取りに行ってる。会いたいなら、しばらく待ってれば?」


袋の中からパンを取り出し、咥えながらぶっきらぼうにメイが答える。

それを見てシュウが肩を竦めながら一言聞き返した。


「メイ、外で食べるって言ってたのにもう食べちゃうの?」

「外出るの、面倒臭くなっただけ」


相変わらずツンとした調子のメイ。


「ミヤが来たから外に出る理由が無くなったって正直に言えばいいのに」

「は、はぁ!? 何言ってんの!? そんなことあるわけないしっ!! 変な事言うなよ!!」


シュウの言葉に顔を真っ赤にして否定するメイの手の中でパンの袋がギュウギュウに握りつぶされているのが見える。


(あぁ……パンが……)


「メイが外で食べるって言ったからウイが水筒を用意しに行ったのに、怒られることは覚悟した方がいいよ」


(その前に、潰されたパンの方が先に怒られそうだけど……それも言わないでおこう)


室内には、少しの間だけ静けさが流れた。


咥えていたパンをゆっくり噛みながら、メイは視線を逸らしている。

私はといえば、どこに座ればいいのかも分からず、立ち尽くしていた。


「ミヤ、嫌じゃなかったらここにどうぞ」


自分の隣をぽんぽんと叩きながらシュウが促してくれる。


私は小さく頷いて、シュウの示したベッドの端──柔らかな掛け布の上に、おそるおそる腰を下ろした。沈み込む感触に少しだけ緊張する。

普段シュウが使っているだろうベッドに腰掛けるのは何となく気が引けたが、示されたのがここなので断るのも悪いししょうがないと開き直る。


「あの……邪魔じゃなかった?」


ひとまず私から声をかけてみた。


「ううん。別に邪魔なんてことは無いから安心して」

「そっか、なら良かった」


シュウのその言葉に少しだけ気が楽になる。


「ミヤ、この世界には……慣れてきた?」


唐突にシュウがそう問い掛けてきた。

さりげない声だったけれど、どこか気遣いのこもった優しさがあった。

恐らく私が次になんの話をしようか考えていた事に気づいて助け舟を出してくれたのだろう。


「はっきり言って、正直分からない。この世界での普通が私にとっては普通じゃないの。全部忘れてる私だけど、絶対に普通じゃないと分かるの。だからすぐに慣れるのは難しい、と思う」


言葉を選びながら、私は自分の手を見つめる。

すっと伸びた指先が、少しだけ冷えてかすかに震えているように見えた。


「シュウ達にとっては普通でも私はどうしても普通じゃないって思っちゃうから、やっぱり怖さが先に立っちゃうの。ウイやエンジュがいくら大丈夫だよって、言ってくれてもそればっかりはダメなんだ」

「……そっか」

「でも最初よりは大丈夫。怖いだけじゃないって思えるようには、ちゃんとなれた気がする」


言ってからふと視線を感じて顔を上げる。

神妙な顔でこちらを見ているメイと視線があった。


「怖いなら部屋に閉じこもってれば良かっただろ」


そっぽを向いたまま、メイがぽつりと漏らす。

その声音にとげとげしさはなく、むしろ少しだけ拗ねたような響きがあった。


「うん、閉じこもってることも考えた。けど閉じこもっていたら何も分からないままでしょ? 私、知りたいもの。ここの事も、私自身の事も。メイやシュウの事も」

「バッ……バッカじゃないの!? 僕のことなんて知らなくていいしっ!!」


口では強がりながらもメイの視線は一瞬だけミヤに戻って、またすぐに逸らされる。握ったパンの端がほんの少しだけ千切れていた。


「メイー。ミヤはメイだけじゃなく、俺の事も知りたいって言ってくれてたんだから勘違いしないようにね」

「バカ! ホントバカばっか!! もうしばらく僕に話しかけるなよなっ!!」


「二人ともだからな!」とこれ以上ないくらい真っ赤な怒りながらメイは拗ねたようにそっぽを向いている。


「からかい過ぎちゃった」


ちっとも悪びれてない様子のシュウはクスクスと楽しげに笑いながら言う。

私もつられて思わず笑った。

心の中にずっとあった重たい霧が晴れた気がした。

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