第二十二話 戦略
『陣を張れ! 階層主の襲撃に備えろ!』
雨音に負けない大声でカミラさんが一喝し、全員に行動の指針が立った。
視界が悪いがやり取りがまったく成立しないわけじゃない。
みんなが灯りを持ち、名前を呼び合えば位置はわかる。
各自武装をし、盾部隊を外側に円形の陣を形作っていく。俺は真ん中のポジションだ。
『ヴィム君、ジーモンだ。聞こえるか!』
個人伝達で連絡が来る。
『こちらヴィムです。聞こえてます!』
『戦闘態勢に移る! 打ち合わせ通り強化の準備をしておいてくれ!』
『了解です!』
雨という事象をドンピシャで想定していた人間なんていなかったけど、最悪の事態を想定していたことが効いた。
おかげでみんな、混乱には陥らずに済んでいるようだ。
『お前たち! 聞け!』
徐々に陣形が整ってくる中、カミラさんが言った。
『この雨量では南の通路は水没している! 撤退はできない! 我々はこの迷宮に閉じ込められた!』
事実が羅列される。
絶望感でいっぱいの字面。しかしみんなの心は微塵も折れていなかった。
『もう一度言う! 階層主の襲撃に備えろ!』
円形の陣が完成し、隣と見合ってそれを確認する。
やることは定まった。まずはモンスターの襲撃を凌ぐ態勢で様子を見て、それから撤退の道を模索する。
単純明快だ。
全員の恐れは消え覚悟が決まった。
雨の線の隙間から四方を見やる。目を凝らして暗闇の中で動くものがないかを探す。
激しい雨音の中の静寂。
無音よりも静かな空気の中、剥き出しの神経が張り詰める。
『北側通路! 右から三番目、何か、来ます!』
多分ベティーナさんの声。みんなの意識がそちらへ向く。
『盾部隊退避! 後衛部隊! ヴィム少年の強化の後、撃て!』
個人伝達で後衛部隊全員の承認宣言が飛んでくる。
すかさず象徴詠唱。
「『固まれ』・『震え』」
通り道を作成。
硬度と振動、空気抵抗を調整する『氷雷槍』特化の強化。
『付与済み!』
頭上に巨大な氷の槍が出現し、弾ける電気で辺りが明るくなる。
強い光が瞬く中、通路に目をやって見えたのは、半透明の塊だった。
大きさは……とにかく大きい。
少なくとも大型モンスターなんかより遥かに大きい。そして蠢いているのが目視で確認できる。
「「「『氷雷槍』」」」
氷の大槍がその塊を襲った。
雨音を吹き飛ばす轟音が大広間で爆発する。
爆風に煽られた水が全体に降り注ぐ。
土煙の代わりに水蒸気が視界を隠す。
『対象は沈黙していません、外れた模様。そして、えっと、……変形しています! あれは、触手です! 来ます!』
ベティーナさんの報告で緊張が走る。
カミラさんの指示より先に盾部隊が塊との間に割り込み、俺の方に承認宣言が来て、応える。
『付与済みです!』
薄れた水蒸気を破って半透明の塊がぐんぐん伸びて弾丸のように襲いくる。
盾部隊のみんなが防ぐ。
追尾されないよう、受け流すのではなく真正面から搔き消すように。
初撃が止んだ。
ここまでは手引書通り。
誰もが反射で行動を起こしたにすぎない。
この先はカミラさんに託された。
『前方を照らせ! 盾部隊はそのまま防御体勢! 視認し次第攻撃する!』
告げられた指示はしばしの静観。
指示通り光魔術で前方が照らされ、徐々に大広間に入ってきた半透明の塊の全貌が露わになる。
それは巨大な丸い、球体のようだった。角のような器官が二本伸びていて、血管のようなものが全身に張り巡らされている。
『ヴィム少年、あれが何かわかるか。階層主なのは間違いないが』
『今までの階層主に類型はいません。あるとしたら小型モンスター、海牛に近いかと』
『海牛か、なるほど。となると炎か?』
『効くと思います。強化はかけたままなので、いつでもいけます!』
『よし』
カミラさんは全体伝達に切り替える。
『後衛部隊! 炎魔術を解禁する! 別個に撃ちまくれ!』
炎魔術。
密閉空間の迷宮においてはご法度とされている魔術だ。
モンスターといえど生き物であるわけで、大抵は炎は一定の効果がある弱点となる。
しかし閉じられた空間である迷宮においては、酸素を急速に消費するという問題があるため、よほど広い空間でないと使用ができない。
だが今は“空”がある。いくら燃やしたところで酸素は枯渇しないはずだ。
「『炎球』」
「『塵に帰せ』」
「『温もりを』」
後衛部隊が次々と炎魔術を放つ。
火球に、火炎放射に、熱風。
俺も強化を変化させ、効率良くエネルギーを得られるようにサポートする。
飛び出した炎は凄まじく、あれだけ激しい雨を蒸発させながら、階層主の体表を次々と焼いていく。
炎が当たった瞬間、階層主は音もなくその全身をうねうねと震わせた。
「効いてるぞ!」
誰かが叫んだ。
それに呼応して声が上がり、パーティー全体の士気が上昇していく。
『よし! 前衛部隊は盾部隊とペアになって触手を防ぎつつ本体に斬りかかれ! 触手を斬ってもダメージは通るはずだ! 同様に後衛部隊も二人一組になって迎撃と攻撃に分かれろ!』
カミラさんの発令と共に、全員が組織的に分散して攻撃に移る。
『ヴィム少年、盾部隊以外の強化は解除して構わない。ある程度余力を残して防御に集中してくれ』
『承知しました』
『ヴィム少年の強化は盾職にのみかける! 喜べ盾共! 無茶して良いぞ!』
「「「応!」」」
そこからの景色は壮観だった。
後衛部隊の魔術に呼応するように前衛部隊は隙間を動き、同士討ちの心配なんてまるでないくらい滑らかに一撃離脱を繰り返す。
それらは何度も何度も、決して階層主の意識が集中することがないようにときに同時に、ときに時間差で。
まるで計算され尽くされた戦争のような、チェスの一幕を見ているかのようだった。
階層主が追い詰められていくのがわかる。
この豪雨の中、完全に敵地であるはずなのに、形勢はこちら側についていた。
「ヴィム少年」
カミラさんに声をかけられた。伝達魔術ではなく肉声で。
「私が出る。強化を私に回してくれ、全開だ。私、カミラは術師ヴィムの付与を承認する」






