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第百四話 冒険者の長

久しぶりだな

 ハンスが転送陣の方に行き、文字を解読している。私はそこへ歩む。ハイデマリーがついてきてくれる。


 壁に沿って、二つの幾何学模様──両方が転送陣である、が間隔をとって並んでいた。今までの宝物庫の例にならうなら、一つが浅い階層までのショートカットを可能にする陣で、そしてもう一つが、第百階層に続く陣のはずだ。


「団長。左が第百階層、右が第三十四階層に続いているようです」


 ハンスが振り返って言う。


 慣例では、第百階層の方の陣はいったん置いて、第三十四階層の転送先の方を確認し、既知の帰路に合流できないか探すところだ。先の階層を見るべきかどうかはそのあとに判断する。


「わかった。まず三十四階層の方の経路(ルート)を固めよう。そして、第百階層へ向かう方は──」


 私はそう頷いて答え、次のように続けた。


「──次回だな。次の調査で転送先の座標を確認し、次々回以降に第百階層の調査に乗り出すこととする。万全を期したい」


 今までの【夜蜻蛉(ナキリベラ)】なら、団長の命令というところで黙って(みな)が従うところだ。


 だが、今日は違った。

 ハンスが私の決断に対して手を挙げていた。


「団長。進言を」


「どうした」


「先に帰路を確保するのはいいですが、第百階層への転送先について、次回に持ち越す意味は薄いでしょう。現在損耗こそありますが、元気な者で先遣隊を組めば、座標の確認自体は容易です」


 その反対について私は端的に回答しようとする。同時に周りを見る。

 団員たちの目に、微かな揺らぎが見えた。ハンスは彼らの代表として、敢えて長に進言しようとしてくれたようだった。


「容易とは言うがな、ハンス。転送先で竜が口を開けて待っていたらどうする。座標の特定は確かに大事だが、第百階層はあまりにも危険だろう」


「その危険を解き明かすのが、我々の役目です。いざとなれば転送陣に退避できますし、相談役と盾部隊の防御が保つ時間内に限るのなら、危険性はぐっと下がる。いつも通り、私が先遣隊の隊長を務めます」


「……盾部隊を先遣隊に組み込むその前提が考え物だ。使いどころの多い盾役(タンク)たち、さらに副団長と相談役を同時に失うリスクは看過し難い。そう、考えたのだが」


 部下の前なのだから毅然と。そうやってもう何年も、声を張り続けてきたはずなのに、私の語気は急激に弱くなっていった。勇み足の団員たちを咎めるにしても、もはや説得力など残っていなくて、むしろ彼らは私を見て困惑さえしていたようだった。


 ほんの数秒だったが、私は人生で初めて、部下の前で立ち竦んだ。これ以上何を言えばいいのか、そして、自身がどうしてこうも安全策に固執しようとしたのかがわからなかったのだ。


 結局私は力を抜いて苦笑して、最近頼りっぱなしの相談役に、また救いを求めてしまった。


「すまない。ハイデマリーと二人で、話をさせてくれないか」





 我々の実力からすれば危険性がないであろう、第三十四階層の方へはただちに先遣隊を送った。あとは既知の経路(ルート)にさえ繋がってくれれば、安全な帰路を一つ確保できる。


 彼らを待つ間に私はハイデマリーを呼んで、宝物庫の隅に並んで腰掛け、話をする恰好になった。


 団員たちが遠巻きに見守っている。少し緊張して、おろおろしている者もいる。


(みな)を不安にさせてしまったかな」


 私はきっと自嘲するように言って、ハイデマリーはあっさりと返してきた。


「引け腰には見えたでしょうね」


「正直に言ってくれる。やはり君を相談役にしてよかったよ」


 彼女は肯定半分で首を捻る。それから気まずそうに頬と眉間に皺を寄せる。


「……カミラさんからすれば却って気楽かもしれませんが、団長に対するこういう物言いは、周囲をハラハラさせるらしいですよ」


 ハイデマリーがむこうに目を遣ったので、私もそれにつられて団員たちを見る。

 なるほど、おろおろしているのはそういうこともあるのかと思って、周りに緊張せずともよいと軽く微笑んでみる。


 彼らの反応からするに、どうも、団長である私自身が相当気遣われているのだとわかった。


「ハイデマリー、君を七十四代目の賢者と見込んで聞こう」


 それから私は、正直に尋ねることにした。



「私がこれから指示しようとしていることは、闇地図を作る者どもと何が違う?」



 ハイデマリーはそれに即座に答えてくれる。


「意思を持った大人の冒険者が、十分な実力と勝算をもって、合意の上で、自らが所属するパーティーのために行うということ。それと……そうですね、目的の達成が必須ではなく、退避を念頭に置いているということ、でしょうか」


「……そうだろうな。だが、実力の程度と、予測や目標の妥当性、危険性によっては奴らの行いに近づくのではないか?」


「極端な仮定をすれば、あるいはそうなるかと」


「極端ではないだろう。……たとえば、あるパーティーの未熟なリーダーが、信頼している者たち──相棒と一部の仲間でもなんでもいい、に伝達魔術をかけ、先を見てきてもらうことなどを考える。これは私たちが何度も繰り返してきた先遣隊の派遣と同種だ。しかし、闇地図の作成と何が違う?」


「一番の違いは、合意の有無でしょうね」


「なら、合意とはなんだ? 愚かなリーダーの決断に従うのは、本当に合意か? 愚か者の甘言や油断のせいで死んだ者に、合意だったからと弁明するのか?」


 私は返答を待たずに続ける。


「私がその愚か者でないと、いったい何が保証できる?」


 ハイデマリーはあくまでじっと、私の目を見て言葉を受け止めてくれていた。それから彼女は、首を傾げて両肩を軽く上げる。


「……失礼。私の片手落ちでした」


「おや、賢者に問答で勝ってしまったか?」


「先代と話しているときを思い出しましたね」


「世辞を言うな」


 私はまたも苦笑した。負けたのは私の方だったからだ。

 ハイデマリーは最初から、違いの指針を述べただけで、あいつらと私の境目については示唆していない。


「……すまないハイデマリー。そもそもこんな問答で理屈を捏ねる歳ではないはずなんだ。必要なのは御託を並べることではなく、適切な判断をして責任もリスクも同時に取ることだ。違うか?」


「違わないでしょう。地に足着いた良い信念だと思います」


「だが、最近、少し、迷ってしまっていてな」


 自問自答が始まる。

 信念は変わっていない。変わったのは状況の方だ。

 ヴィム=シュトラウスという異分子により第九十九階層が踏破され、第百階層が開放されたおかげで、空前の好景気と物価の暴騰に見舞われたフィールブロン。圧倒的に難易度が増した迷宮(ラビリンス)の最前線。一度攻略に失敗した【夜蜻蛉(ナキリベラ)】の地位は大幅に低下し、もはや最高峰のパーティーであるという矜持は大した意味を為さなくなっている。


 そこから翻れば、今までの信念というものが、なんと脆く、かつて不純と切り捨てた醜い冒険心(アーベンティア)と区別がつかない危ういものなのか思い知ることになってしまった。


「なあハイデマリー。何か指針はないか。私はいつかきっと、信念を盾にして過ちを犯すことになる」


「……なら、奇妙さ、などがいいんじゃないでしょうか」


「奇妙さ?」


「はい。きちんと悲しみ、恐れ、耐え、決断し、最後にそれが、奇妙でないかを考えればいいです」


「よくわからんな。今の私は奇妙なのか?」


「少し。誰かを念頭に置いて、その誰かと異なろうとしているように見えます」


 彼女は私の目をぐっと見上げて、射貫くようだった。


「カミラさんの無理はきっと、そこに由来がある。最近のカミラさんは、ヴィムの強化(バフ)なしでも訓練を欠かさないし、新しい技すら身に着けるくらい充実しているように見えます。だのに迷うなどと宣っているのは、少しちぐはぐかもしれません」


 座ってなおまったく目線など合うはずがないほどに背丈が違うのに、気圧されてしまうほどだ。私は賢者特有のこの視線というものに弱かった。


 ()()はこうして、いとも簡単に人の本心を想像で言い当てる。


 私は今度こそ降参して、肘から先の両手を挙げて立ち上がった。


「……そうだな、確かに、奇妙だったかもしれない」


 いい加減に認めようと思った。


 私は第百階層を恐れている。

 だがそれ以上に、依然数多の有能な部下を持ち、混沌とした世界で迷宮(ラビリンス)を攻略することに、達成感を感じている。


 命を捨てた馬鹿どもが抱く冒険心(アーベンティア)とは本来、そういうもので、そこになんの貴賤もありはしない。


 ハイデマリーを見る。この目まぐるしい状況で、彼女を相棒に迎え入れられたのは心底幸運だと思う。


「ハイデマリー、(みな)を頼んだ。君なら守り切れると信じている」


 彼女はそれに、頷いて答えてくれた。

【告知】

・アニメ化決まりました。制作は J.C.STAFFさんです。アニメ公式HP、公式X等々できております。

・今後の更新はがうがうのコミカライズの更新日(毎週、隔週の木曜)に合わせようと思います。

それぞれ詳細は活動報告にて

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― 新着の感想 ―
再開した?!歓喜しかない!!で…アニメ化おめでとう!!
再開!?(嬉) 続くのかしら…楽しみにしてます
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