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トマト

 朝の目覚めはイライアス様の腕の中。

 柔らかく腕に抱かれて、私は彼の寝顔を堪能するの。幸せな一日の始まり。

 起こさないように抜け出したら、着替えて庭に出る。庭の手入れをしているテオさんにご挨拶してから畑の確認。


「カトリオーナ」


 食べ頃野菜を朝食の為に収穫していたら、現れたのは旦那様。だけどなんだか不機嫌顔?


「おはよう、イライアス様!どうしたの?」


 眉間に皺を寄せたイライアス様が側に来て、抱き締められた。


「起きたら君がいなかった。」


 肩に顔を埋められて不満そうな呟き。最近のイライアス様は甘えん坊さんみたい。可愛いなと思ってくすくす笑っていたら、顎が捕まって口付けられる。

 深くて甘くて…食べられてしまいそう。


「い、イライアス様?あ、朝だし、庭だよ…」

「だから?」

「え、えと……あ!トマト食べる?もぎたて!」


 嫌そうな顔。そんなに嫌いなんだって、可笑しくなる。


「甘くて美味しく出来たんだよ?」


 残念って思って自分でかじってみる。うん!濃くて甘い!良い出来に大満足。


「ちょ、ちょちょちょ…何を!」


 突然トマトを持ってる手首を掴まれて、イライアス様の舌が肘から手首に向かって私の腕を舐め上げた。緑の瞳はじっと私を観察するように見てる。見られてる私は、完熟トマトみたいになってると思う。


「まず…」

「ひどい…」


 私の腕を伝ったトマトの汁に対する感想みたい。顔を顰められて、なんだかショック。

 落ち込んでる私の手首はまだイライアス様に掴まれていて、食べ掛けトマトは持ったまま。逆の手は籠を抱えているから動けない。

 イライアス様はトマトと睨めっこ。

 どうしたのかなって見上げていたら、手の中のトマトがイライアス様の口に近付いて行く。

 おぉ!頑張れ!って、心の中で応援。

 まだ食べない。まずは匂いの確認みたい。すっごい警戒した顔で、くんって匂いを嗅いでいる。眉間に皺が寄ったままだけど、なんだか可愛いからそのまま黙って見ている事にする。

 口を開けて、一口。

 渋い顔で咀嚼して…あ、吐きそう?


「イライアス様?無理は…」


 私の手首を掴んでいるのとは逆の手で口をおさえて、なんとかって感じで飲み込んだ。緑の瞳は潤んでいて余りにも辛そうで、私は苦笑する。


「美味しい?」

「まっずい!ごめん。無理。…君が頑張っていたから食べてみたんだけれどね…」

「いいよ。夜はこれで美味しいソースを作るよ。それなら平気でしょう?」

「ソースなら平気。ごめん…吐きそう……」


 そう言ったイライアス様は本当に具合が悪そうで、青い顔をしている。そんなに嫌いなのに頑張ってくれたんだって感動したけど申し訳なくて…イライアス様にお水をと思ったら、現れたモールスリー。

 すっと側に来て、無表情でグラスに入ったお水をイライアス様に差し出した。受け取ったイライアス様は一息でお水を飲み干して、ほっと息を吐く。


「すまないな、モールスリー。」

「いえ。お口直しもお持ち致しました。」


 空いたグラスを受け取ったモールスリーの反対の手には、ガラスの綺麗な器に入った、酸っぱい木の実。気持ちが悪い時に食べるとすっきりするの。なんて用意が良いんだろう。

 私時々、モールスリーって不思議な力でも持ってるのかななんて思っちゃう。気付くと側にいて、欲しいと思った時に欲しい物をくれる。良く出来た執事さん。いろんな所に目を配れる凄い人。


「ありがとう、モールスリー。助かりました。」


 私もお礼を言って微笑み掛けたら、無表情がほろり崩れた。


「お役に立てて光栄で御座います。」


 微かにだけど柔らかくなった表情。すぐにそれは消えてしまったけれど、なんだか嬉しいな。

 イライアス様が木の実を食べてお礼を言うと、モールスリーはお辞儀して下がった。


「モールスリーって凄いね?」

「あぁ。私も良い拾い物をしたと思うよ。」

「拾い物?」


 言葉の通り落ちてた訳では無いと思うけれど、なんだか気になった。


「拾ったんだよ、街で。暗い時代に。……君は知らなくて良い。今の彼を見てあげて?」

「…はい。」


 優しく笑ってくれるようになったイライアス様。

 気が利くモールスリーの初めての表情変化。

 暗い時代はまだ遠い過去ではなくて、すぐそこにあった物。だけど良いじゃない!今を幸せに生きようって思う!

 イライアス様が籠を持ってくれて、空いた手を絡めて繋いだ。

 私は食べ掛けのトマトを頬張って、イライアス様はトマト味のキスは嫌だって拗ねている。

 可愛い人。私の愛しい貴方。


「イライアス様、愛してます。」


 振り向いた彼の顔はとろり溶けて幸せそう。口付けは、額に落とされた。


「君の口でも、トマトは嫌だな。」


 とても残念そうに呟くから、私は声を立てて笑った。

 今日もきっと、私達の一日は幸せな物になる。

 そんな予感のする、ある朝の光景。

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