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勇者の学び舎 5

「やっぱり、私の事を知っていたのね」


 自分の後ろで開かれた扉のことなんて気にも留めず、少女は、ルーキスは僕に向かって語りかける。


 その腰に差した聖剣を見た時から、そうなんだろうとは思っていた。


 別に信じていなかったとか、信じられなかったという訳じゃない。


 しかし、彼女の存在は、それだけで一人の男の想いが敗れたことを僕に告げている。


 彼の愛した女性は白雪のような髪と深い碧色の瞳をしていた。


 父親のそれとも一致しないそれは、どちらかだけならば先祖返りなんて言い訳もできるが、双方違うというならば、それは彼女の母親の遺伝である可能性が非常に高い。


 それに彼と彼女の恋が結ばれない理由なんてすぐに思い付いてしまう。


 ルーキスの言葉を聞くに彼の恋の結末を知って、僕の表情は揺らいだのだろう。


 最後に裏切られた相手であっても、僕の中の勇者の記憶は哀しみを覚えずにいられなかったということか。


 あくまで僕自身がと言えないのは、若さゆえに粋がりというやつだと自覚はしている。


「言ったでしょ、僕に剣を教えてくれた人は騎士団に居たって。騎士団で君の父君を知らない人はいないよ」


 ふ~ん、と僕の言い訳を聞いても、ルーキスは訝しげにこちらをにらんでくる。


 信じてくれるとは思っていなかったけどさ。


「まあ、いいわ。時間になっちゃったし、私は中に入るわ」


 見やれば、僕らの周囲を囲んでいた生徒たちも、次々と塔の中へと入って行っている。


 彼女だって、僕との無駄な問答で時間を使う訳にもいかないだろう。


 僕だって、不本意で入学することになったとはいえ、入学式の日から遅刻をする気はない。


「貴方とはまた、関わることになりそうね。それこそ、次は切っ先を突きつけあっているかも」


 笑えない冗談だ。


 伝説の聖剣に僕ごときの剣術と普通のロングソードで戦いを挑めと?


 そんなことになる前に、土下座を選択するよ僕は。


 それはそれで斬られそうな気がするけど。


 言うだけ言って、彼女もまた塔の中へと向かって消えて行った。


 なんだかんだ、自分勝手なところも父親に似ているな。


 さて、僕も彼女に続いて塔に入りたいところなのだが、そのまえにやっておかなければならないことがある。


 抜きっぱなしだった、剣を鞘に納めて、僕とルーキスのやりとりを眺めていた少女の元へと向かう。


 この少女は僕が騒動に巻き込まれるきっかけとなった人物、つまりはカロルにからまれていた相手だ。


 連れらしいもう1人の少女共々、律儀に僕がルーキスと話し終わるのを待っていたようだ。


 顔を突っ込んだのは僕の勝手だったし、もしも、僕がやってなくてもルーキスが助けたであろうから、気にしなくても良いのに。


 それがわかっていても、僕は首を突っ込んだろうけど。


「大丈夫、怪我はない?」


 待っていたわりに、向こうから話しかけてこないので、僕からそう問いかけてみる。


 僕の問いかけに対して、少女は無言でこくこくと頷いて見せる。


 その頬は赤く染まっており、前髪でほとんど見えない瞳はどこか泳いでいるようにみえる。


「ごめんねえ、この子シャイでさあ」


 見かねたように、後ろに控えていたもう一人の少女が友の頭に手を置きながら告げる。


 こちらの少女は対照的に活発そうな印象を受ける。


「本当にありがとね。アタシらだけじゃ、どうにもならなかったからさ」


 貴族を相手に平民が出来ることなんて限られている、そんな光景を旅のさなかに見た海童銀夜は憤りを感じたものだ。


 実際、僕みたいに介入して見せるのは完全にバカのやることだ。


 ルーキスが来てくれなければ、何かしらの罪に問われていたであろう。


 そうとわかっていても首を突っ込まずにいられないのが僕の性分だということが理解できたよ。


 少なくとも、あの森に居る間には分からなかったことだ。


 つくづく、あの人の息子なんだなあ、と思い知らされる。


 愛した想い人の為、その行為を悪と断じながらに彼女と同じ罪を犯し、その断罪を二人の友に託した若かれし頃の父さんの姿が頭に浮かぶ。


「別に僕が傍観していたって、彼女が助けに入ったと思うけどね」


 あの様子なら、カロルとも顔見知りだったようだし、僕が介入するよりもきれいに場を収められていたと思う。


 僕がやったことは場をかき乱しただけにすぎない。


 まあ、彼女たちが無事であるなら別に構わないんだけど。


 僕はヒーローになりたかった訳じゃない、むしろなりたくない。


 その点、ルーキスが注目を集めてくれたので助かった。


 あんな行動をしておいてなんだが、なるべくなら目立ちたくはないのだ。


「それでも、アタシら、というよりこの子はあなたに礼をしたいのよ。え~と、ラスノーツくんだっけ?」


「シルバで良いよ。えっと、」


「アタシはレベッカ・アーロン、それでこの子は・・・」


「サリア・カリス、です」


 うつむいていた少女もおずおずと名を告げる。


 レベッカはまるでよく出来ましたとでも言わんばかりに、サリアの頭を撫でる。


 その行為自体は拒んでいないが、僕の前だからか頬を朱に染めるサリアとそんなサリアの姿を見て楽しそうにカラカラと笑うレベッカ。


 その二人の様子は友人といよりも、姉妹というほうがしっくりくる。


 しかし、いつまでもそんな和気藹々とした様子を眺めている訳にもいかない。


「さて、御嬢さん方、そろそろ中に入らないか?と提案したいんだけど」


 見やれば、周りに居た人たちのほとんどが塔の中へと入って行ってしまっている。


 残っているのは僕らのほかに数人程度だけだ。


「あ~あ、ごめんね」


 まあ、謝られても、僕から話しかけたのだから困るのだが。


 サリア関しては必死になって頭を下げているし。


「とりあえず、歩きながら話そうか?」


 二人を扉に促しながら、周囲を見渡す。


 先ほど、2人と会話している間にずっと感じていた視線の主を探す。


 サリアを助けるために演じた大立ち回りの後から、ずっと僕を見続けている視線が存在する。


 それは決して強烈なものではなく、微かなそれだ。


 だけど、そこには殺気が含まれていた。


 海童銀夜の記憶にかかわらずとも、森で狩猟をしていた僕は殺気というものについては当然敏感だ。


 微かなものであったが、確かにこちらに向けて殺気が放たれていた。


 少し目立ち過ぎたかな?


 人が疎らになった、この場で殺気を向けられながら、居場所を見つけられないとは中々の手練れとみえる。


 しばらくは寝首を刈られぬように気を付けなければ。

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