第8章:聖域の泉と命を懸けた儀式
第8章:聖域の泉と命を懸けた儀式
1. 聖域の泉
午後の陽光の中、馬車は緩やかな丘を越えた。
その先に、聖域の泉が広がっていた。
「……綺麗だ」
アレンは思わず呟いた。
泉は直径二十メートルほどの円形で、水面は澄んだ青緑色に輝いている。周囲には白い石造りの柱が円を描くように立ち並び、それぞれの柱には古代語の文字が刻まれていた。泉の底からは、白い光が柔らかく漏れ出しており、水面に複雑な光の模様を描いている。
「古代魔法の力が集まる場所……確かに、ここは特別だ」
アレンは魔力感知を展開した。
泉の周囲に、濃密な魔力が満ちている。それは迷宮の中で感じた魔力とは全く異なる、純粋で穏やかな力だ。
「この泉の魔力は……生命に近い」
「そうよ」
クロエが静かに言った。
「聖域の泉は、古代の時代に大魔法使いたちが作り上げた魔法的な場所。生命の魔力が集まり、傷を癒し、呪いを解く力がある。ただし、その力を引き出すには、正しい術式と、十分な魔力が必要よ」
「俺の魔力が鍵になると言っていたな」
「ええ。レオに施された封印術式は、《限界突破》を持つ者の魔力でなければ解除できない。通常の魔力では、術式の封印層を突破できないの」
「《限界突破》の魔力が、封印を突破する……」
「そういうこと。準備ができたら、始めましょう」
七人は馬車を降り、泉の周囲に立った。
クロエは魔法書を取り出し、解除術式のページを開いた。
「まず、私が泉の中央に解除の魔法陣を描く。それが完成したら、アレンが魔法陣の中心に立ち、魔力を注ぎ込む。私が古代語で解除の詠唱を行い、術式が完成した時点で、レオの体内の封印が解除される」
「レオは今、王都の病院にいる。離れた場所でも解除できるのか?」
「聖域の泉の力があれば、距離は関係ない。泉の魔力が媒介となって、レオの体内の術式に作用する」
「分かった。準備はいつでもできている」
クロエは泉の縁に立ち、杖を使って水面に魔法陣を描き始めた。
複雑な線と記号が、水面に光の軌跡として刻まれていく。
「……美しい」
アリアが呟いた。
「古代魔法の魔法陣は、それ自体が芸術よ」
クロエは集中しながら、一本一本の線を丁寧に描いていった。
その作業は三十分ほどかかった。
水面に描かれた魔法陣は、直径十メートルにも及ぶ巨大なものだった。
「完成した。アレン、中央に立って」
アレンは泉の縁から水面の魔法陣の中央へと歩いた。
水面を歩く——普通ならあり得ないことだが、魔法陣の力が水面を固定しており、まるで地面のように歩くことができた。
「魔法陣の中央に立ったら、魔力を全開放して。方向は問わない。ただ、全ての魔力を解放するだけでいい」
「全開放か……」
アレンは深呼吸をした。
「始める」
「ええ。私が詠唱を始めたら、魔力を解放して」
クロエは魔法書を開き、解除術式の詠唱を始めた。
古代語の言葉が、静かに、しかし力強く空気を震わせた。
「《古の封印よ、汝の鎖を解け。生命の泉よ、その力を貸せ。限界を超えし者の魔力よ、封印の核を砕け》——」
詠唱が進むにつれ、魔法陣が輝き始めた。
「今だ、アレン!」
アレンは全ての魔力を解放した。
体の内側から、白い光が溢れ出した。
《限界突破》の力が、魔力を際限なく増幅させていく。
「《限界突破》——全解放!!」
純白の光が、魔法陣全体を満たした。
泉の水が光り輝き、周囲の柱が共鳴するように振動した。
クロエの詠唱が最高潮に達した。
「《封印解除》!!!」
光が爆発的に広がり——。
そして、静寂が訪れた。
2. 妨害者の出現
静寂の中、クロエが息を整えながら言った。
「……術式の解除は、成功した。レオの体内の封印は、今この瞬間に解除されたはずよ」
「本当に……!?」
「ええ。術式の反応が消えた。レオは——」
「お見事」
冷たい声が、背後から聞こえた。
七人が振り返ると、泉の周囲の木々の中から、黒いローブの男が現れた。
ヴェルナー・ダークブレード。
「術式の解除が完了した後に現れるとは……タイミングを計っていたのか」
セリアが剣の柄に手をかけながら言った。
「そうだ。術式の解除を妨害するつもりはなかった。弟の病気を治すことは、私の目的とは関係ない」
「では、何のために来た?」
「魔法書だ」
ヴェルナーは静かに言った。
「術式の解除が完了した今、クロエ・ルーンスクリプトに魔法書を持ち続ける理由はなくなった。弟を助けるための術式は、もう使い終わった。ならば、魔法書を渡してもらえないか?」
「断る」
クロエが即座に答えた。
「なぜだ? 目的は達成された」
「魔法書には、他にも重要な術式が含まれている。父が何のためにレオに封印術式を施したか、まだ分かっていない。その答えが、魔法書の中にあるかもしれない」
「父親のことか……」
ヴェルナーの表情が、わずかに変わった。
「グレイ・ルーンスクリプトのことを、どこまで知っている?」
「父が黒蛇の牙の元幹部だったことは分かっている。五年前に失踪したことも。でも、それ以上は分からない」
「……そうか」
ヴェルナーは少し間を置いてから言った。
「グレイは、私の旧友だった。彼が失踪する前に、私に一つのことを頼んだ。『娘が魔法書を持っている時は、必ず守れ』と」
「……え?」
クロエが目を見開いた。
「父が、あなたに……?」
「そうだ。だから、私はお前を追い続けながら、同時に守り続けていた。部下を送り込んだのも、本当に危険な状況になった時に介入できるよう、お前の居場所を把握するためだ」
「……嘘をついている?」
「信じるかどうかは、お前が決めることだ。ただ、一つだけ言っておく。グレイがレオに封印術式を施した理由は、レオを守るためだ」
「守るため……? 封印術式が、守るため?」
「レオの体内には、古代の力が宿っている。その力が暴走すれば、レオ自身が危険になる。封印術式は、その力を抑えるためのものだ。ただし、術式の設計が不完全で、逆に生命力を削る副作用が生じてしまった」
「……父は、レオを守ろうとして、逆に傷つけてしまったの?」
「そうだ。グレイは、自分のミスを悔いて失踪した。お前たちの前から消えたのは、自分を責めたからだ」
クロエは少し震えた。
「……父は、今どこに?」
「分からない。失踪後の行方は、私にも追えていない」
その時、アレンが口を開いた。
「ヴェルナー、一つ聞く。お前が本当にクロエを守るために動いていたなら、なぜ直接そう言わなかった?」
「……言えば、信じてもらえたか?」
「……難しかったかもしれない」
「そうだ。だから、遠回しな方法を取った。それが、結果的にお前たちを苦しめることになった。それは、私の判断ミスだ」
ヴェルナーは静かに言った。
「今日は、魔法書を奪いに来たわけではない。一つのことを伝えに来た。グレイが失踪する前に、私に預けた手紙がある。クロエ・ルーンスクリプトに渡してほしいと言われていた」
ヴェルナーは懐から封筒を取り出し、クロエに差し出した。
クロエは少し躊躇してから、封筒を受け取った。
「……父からの手紙?」
「そうだ。読むかどうかは、お前が決めることだ」
ヴェルナーは封筒を渡すと、踵を返した。
「待て」
アレンが声をかけた。
「黒蛇の牙の本当の目的は何だ? お前が言っていた『古代魔法の管理』というのは、本当のことか?」
ヴェルナーは立ち止まり、振り返らずに答えた。
「……本当のことだ。ただし、組織の全員がその目的を共有しているわけではない。私のような者と、本当に支配を求める者が、同じ組織の中に混在している。それが、黒蛇の牙の現状だ」
「組織の中に、対立がある……」
「いずれ、その対立が表面化する。その時、お前たちの力が必要になるかもしれない」
ヴェルナーは再び歩き出し、木々の中に消えた。
3. 父からの手紙
ヴェルナーが去った後、七人は泉の周囲に座り込んだ。
クロエは封筒を手に持ったまま、しばらく動かなかった。
「……読むか?」
アレンが静かに聞いた。
「……ええ」
クロエは封筒を開き、中の手紙を取り出した。
手紙は一枚の羊皮紙で、古代語と現代語が混じった文字で書かれていた。
クロエは静かに読み始めた。
その表情が、少しずつ変わっていった。
「……」
読み終わった後、クロエはしばらく沈黙した。
「クロエ……」
「父は……レオを守ろうとしていた。ヴェルナーの言った通りだった」
クロエの声は静かだったが、その中に複雑な感情が滲んでいた。
「レオの体内には、古代の魔法使いの血が流れている。その血が、特定の条件下で覚醒すると、制御不能な魔力が暴走する。父は、それを防ぐために封印術式を施した。でも……術式の設計が不完全で、副作用が生じてしまった」
「父は、それを知っていたのか?」
「……知っていた。だから、失踪する前に、ヴェルナーに手紙を預けた。いつかクロエが術式を解除した時に、渡してほしいと」
「父は、お前が術式を解除できると信じていたんだな」
「……ええ。手紙にはそう書いてあった。『お前なら必ずできる。お前は私より優秀だ』と」
クロエの目に、涙が滲んだ。
「……父は、私のことを信じていた」
「当然だ。お前は本当に優秀だ」
「……アレン」
「何だ?」
「……ありがとう。あなたがいなければ、私はここまで来られなかった」
「俺は何もしていない。お前が全部やった」
「そんなことはない。あなたの魔力がなければ、術式の解除はできなかった。あなたが一緒にいてくれたから、私は前に進めた」
クロエは涙を拭い、静かに言った。
「……父のことは、まだ分からないことが多い。でも、今は——レオが助かったことを、素直に喜びたい」
「そうしろ」
「……ええ」
クロエは手紙を丁寧に折り畳み、懐にしまった。
その表情は、これまでより少し穏やかになっていた。
4. レオからの知らせ
その夜、七人が宿を取った街で、王都から伝令が届いた。
「クロエ・ルーンスクリプト様宛に、王立医療院から急ぎの知らせです」
クロエが手紙を受け取り、開いた。
その表情が、みるみる明るくなった。
「……レオが、目を覚ました」
「本当か!?」
「ええ。今日の午後、急に熱が下がって、意識が戻った。医師によると、体内の異常な魔力反応が消えたとのこと。食欲も戻り、今は元気に話しているって」
「よかった……!」
リリスが飛び上がった。
「本当によかった! クロエ!」
「……ええ」
クロエは手紙を胸に抱き、目を閉じた。
その表情には、これまで見たことのない、純粋な安堵と喜びがあった。
「おめでとう、クロエ」
アレンが言った。
「……ありがとう」
クロエは目を開け、アレンを見た。
「アレン、あなたに……本当に、感謝している」
「俺は魔力を提供しただけだ」
「それだけじゃない。あなたがいてくれたから、私は諦めなかった。一人だったら、もっと早くに挫けていたかもしれない」
「お前は諦めない。それはお前の強さだ」
「……あなたは、本当に」
クロエは少し笑った。
「……褒め上手ね」
「本当のことを言っているだけだ」
カインが横から言った。
「いい話だな。俺も嬉しいぞ」
「お前は関係ないだろ」
「関係あるだろ。俺たちも一緒に戦ったんだから」
「……そうね。カインたちも、ありがとう」
「どういたしまして!」
カインは豪快に笑った。
その笑顔が、その場の空気を一気に明るくした。
七人は、その夜、レオの回復を祝ってささやかな宴を開いた。
5. 新たな目標
翌朝、七人は今後の方針を話し合った。
「レオが回復した。クロエの当面の目標は達成された。これからどうする?」
アレンが聞くと、クロエは少し考えてから答えた。
「……父を探したい。父がどこにいるか、何をしているか、知りたい」
「父を探す旅か」
「ええ。でも、それだけじゃない。黒蛇の牙の中に、本当に支配を求める勢力がいるなら……それは放置できない。古代魔法の術式が悪用されれば、多くの人が傷つく」
「黒蛇の牙の問題にも、関わっていくということか」
「……あなたたちが一緒なら、できると思う」
「俺は賛成だ」
セリアが言った。
「私も、黒蛇の牙については気になっていた。組織の全容を把握するためにも、情報を集める必要がある」
「私も」
リリスが言った。
「みんなが行くなら、私も行く」
カインが立ち上がった。
「俺たちも一緒に行くぞ。な、ミア、アリア」
「……ええ」
ミアが静かに頷いた。
「私も」
アリアが言った。
「母の呪いは、まだ解けていない。聖域の泉の力を借りれば解けると思っていたけど……泉の力は、レオの封印解除で使い切ってしまった。別の方法を探す必要がある」
「別の方法……」
「古代魔法の術式の中に、呪いを解除する方法があるかもしれない。クロエ、魔法書を見せてもらえる?」
「もちろんよ。一緒に探しましょう」
こうして、七人の新たな目標が定まった。
父グレイの行方を追い、黒蛇の牙の内部対立を解決し、アリアの母の呪いを解く——複数の目標が重なり合いながら、七人の旅は続いていく。
「まず、王都に戻る。レオの顔を見てから、次の行動を決めよう」
クロエが言った。
「ああ。レオに会いたいだろ」
「……ええ。会いたい」
クロエは珍しく、素直に言った。
その言葉の柔らかさに、アレンは少し驚いた。
「クロエ、最近、表情が柔らかくなったな」
「……そう?」
「ああ。最初に会った時は、もっと硬い表情をしていた」
「……あなたたちのせいよ」
「俺たちのせい?」
「仲間がいると、自然と力が抜ける。それが……悪くない」
クロエは少し照れたように視線を逸らした。
アレンは笑った。
「それはよかった」
「……笑わないで」
「笑っていない。嬉しいと思っている」
クロエはアレンを見た。
「……あなたは、本当に」
「何だ?」
「……なんでもない」
クロエは立ち上がり、荷物をまとめ始めた。
その後ろ姿を見ながら、アレンは思った。
この旅は、まだ始まったばかりだ。
6. 王都への帰路・黒蛇の牙の刺客
王都への帰路、二日目の夜明け前のことだった。
アレンは眠れず、馬車の外に出て夜空を見上げていた。
「……来る」
魔力感知が、複数の反応を捉えた。
七つ——いや、九つ。全員、訓練された戦士の魔力だ。
「全員起きろ! 囲まれている!」
アレンの声で、七人が素早く馬車から飛び出した。
「何人だ?」
「九人。全員、黒蛇の牙の構成員だ」
「ヴェルナーではないのか?」
「ヴェルナーの魔力ではない。別の者たちだ」
闇の中から、黒装束の男たちが現れた。
その中央に、一人の女性が立っていた。
年齢は三十代ほど。黒い鎧を纏い、腰に二本の長剣を帯びている。その目は冷たく、感情が読み取れない。
「黒蛇の牙の三幹部の一人、ラヴィア・ブラッドソードだ」
セリアが静かに言った。
「知っているのか?」
「名前だけは。剣の腕前はS級相当。ヴェルナーと並ぶ実力者だ」
「S級……!」
「クロエ・ルーンスクリプト。魔法書を渡せ。ヴェルナーとは違い、私は交渉する気はない」
ラヴィアが冷たく言った。
「断る」
クロエが答えた。
「ならば、力ずくで奪う」
ラヴィアが二本の長剣を抜いた。
「全員、散開!」
アレンが叫んだ。
ラヴィアが素早く踏み込んできた。
その速度は、セリアと同等か、それ以上だ。
「《氷壁》!」
セリアが氷の壁を生成し、ラヴィアの突進を受け止めた。しかし、ラヴィアは氷壁を二本の剣で同時に斬り裂き、突破した。
「《氷壁》を一撃で……!」
「セリア、下がれ!」
アレンが前に出た。
「《魔力刃》!」
「《血の剣》!」
ラヴィアの剣が赤黒い光を放ち、アレンの《魔力刃》と激突した。
「くっ……!」
「《血の剣》は、相手の魔力を吸収する特性がある。《魔力刃》は効かない」
「魔力を吸収する……!」
「《血の剣・連撃》!!」
ラヴィアが二本の剣で連続攻撃を仕掛けてきた。
アレンは素早く後退しながら回避したが、一撃が左腕を掠めた。
「ぐっ……!」
「アレン!」
リリスが叫んだ。
「大丈夫だ!」
アレンは左腕の傷を確認した。深くはないが、血が滲んでいる。
「《血の剣》は魔力を吸収する。ならば——魔力を使わない攻撃が有効なはずだ」
アレンは《魔力刃》を解除し、純粋な剣技だけで戦う姿勢を取った。
「魔法なしで戦うつもりか?」
ラヴィアが少し驚いた表情をした。
「《血の剣》が魔力を吸収するなら、魔力を使わなければいい」
「……面白い判断だ。だが、魔法なしで私に勝てると思うか?」
「試してみる」
アレンは剣を構えた。
セリアから学んだ剣技——《連続斬り》、《踏み込み突き》、《見切り》——。
そして、霧の迷宮で着想した《全方位感知斬り》。
「今こそ、試す時だ」
アレンは魔力感知を最大限に展開した。
ラヴィアの動き、二本の剣の軌道、体重移動、視線の方向——全てが、魔力感知を通じて手に取るように分かる。
「来い」
ラヴィアが踏み込んだ。
右の剣が上段から、左の剣が中段から——同時攻撃。
アレンは上段の剣を剣で受け流し、体を半歩右にずらして中段の剣を躱した。
「《踏み込み突き》!」
ラヴィアの懐に踏み込み、剣を突き出した。
ラヴィアは素早く後退して回避したが、剣先が鎧を掠めた。
「……剣だけで、私の攻撃を捌いた?」
「魔力感知があれば、動きが読める」
「面白い……!」
ラヴィアの目に、初めて感情が宿った。
「《血の剣・嵐撃》!!」
ラヴィアが二本の剣を高速で振り回し、無数の斬撃を放った。
「《全方位感知斬り》!!」
アレンは魔力感知で全ての斬撃の軌道を把握し、最小限の動きで全てを捌いた。
剣が風を切る音が連続し、アレンの体の周囲を無数の斬撃が通り過ぎた。
しかし、一撃も当たらなかった。
「……なに?」
ラヴィアが目を見開いた。
「《嵐撃》を全て捌いた……?」
「魔力感知で、全ての軌道が見えた」
「《全方位感知斬り》——それは、お前が今作った技か?」
「ああ。今この瞬間に、完成した」
アレンは剣を構え直した。
「次は俺の番だ」
「《連続斬り》!《踏み込み突き》!《見切り》!《連続斬り》!!」
アレンは剣技を連続で繰り出した。
ラヴィアは二本の剣で受け止めようとしたが、アレンの攻撃速度が予想を超えており、防御が追いつかない。
「速い……!」
「《全方位感知斬り》は、攻撃にも使える。相手の防御の隙を感知して、そこに攻撃を集中させる」
「くっ……!」
ラヴィアが後退した。
その時、セリアが側面から攻撃を仕掛けた。
「《氷刃》!」
「《血の剣》!」
ラヴィアは素早く振り返り、セリアの《氷刃》を受け止めた。
「二対一か……!」
「カイン!」
「《炎剣》!!」
カインが背後から攻撃を仕掛けた。
三方向からの同時攻撃に、ラヴィアは防御しきれず、大きく後退した。
「……退く」
ラヴィアは静かに言った。
「今日は、引く。だが、これで終わりではない」
「逃がさない」
セリアが追おうとしたが、アレンが手を上げて止めた。
「待て」
「なぜだ?」
「ラヴィアは本気ではなかった。もし本気だったら、俺たちは全員倒されていた」
「……本気ではなかった?」
「ああ。《血の剣》の本来の力は、あんなものじゃないはずだ。俺の《魔力刃》を吸収できるなら、もっと積極的に使えばよかった。でも、使わなかった」
「……なぜ?」
「分からない。でも、ラヴィアには何か別の目的があった気がする」
ラヴィアはすでに闇の中に消えていた。
残った八人の部下たちも、ラヴィアの撤退に続いて消えた。
「……何だったんだ?」
カインが首を傾げた。
「分からない。でも、黒蛇の牙の内部事情は、俺たちが思っているより複雑なようだ」
アレンは左腕の傷を確認した。
「リリス、治療を頼む」
「すぐに!」
リリスが《上位回復薬》を取り出し、傷に塗った。傷が急速に塞がっていく。
「ありがとう」
「無茶しないでよ……」
リリスが少し怒った表情で言った。
「心配かけた」
「当たり前でしょ! 私はいつもハラハラしてる!」
「……ごめん」
「謝ればいいってもんじゃないわ! でも……無事でよかった」
リリスは最後に小さく言い、アレンから視線を逸らした。
7. 《全方位感知斬り》の完成
王都への帰路を続けながら、アレンはセリアに話しかけた。
「《全方位感知斬り》——実戦で使えた」
「見ていた。あの技は……本物だ」
セリアが静かに言った。
「魔力感知と剣技の融合。理論的には存在していた技だが、実際に使える者を私は見たことがなかった」
「なぜ?」
「魔力感知を戦闘中に維持しながら、同時に高速の剣技を繰り出すには、二つの能力を同時に最大限に発揮する必要がある。通常の人間には、それだけの処理能力がない」
「《限界突破》があるから、できた?」
「それもあるが……お前の場合、魔力感知の精度が特別に高い。感知した情報を、瞬時に剣技に変換できている。それは、訓練だけでは身につかない才能だ」
「才能か……」
「ただし、今の《全方位感知斬り》はまだ完成形ではない。ラヴィアの《嵐撃》を捌いた時、体の動きが少し遅れていた。感知と動作の間に、わずかなタイムラグがある」
「そのタイムラグを、なくせるか?」
「なくすことはできないが、限りなく小さくすることはできる。感知した情報を、意識を介さずに直接体に伝える——それができれば、《全方位感知斬り》は完成する」
「意識を介さずに……」
「武道の世界では、それを『無意識の境地』と呼ぶ。考えるより先に体が動く状態だ」
「どうすれば、そこに達せる?」
「繰り返しの修練だ。《全方位感知斬り》を何千回、何万回と繰り返すことで、体が自然に動くようになる」
「分かった。修練を続ける」
「ただし、今の段階でも、十分に実戦で使える技だ。焦る必要はない」
「焦っていない。ただ、もっと速くなりたい」
セリアは少し笑った。
「……本当に欲張りだな」
「セリアも、同じだろ?」
「……そうかもしれない」
二人は並んで歩きながら、互いに笑った。
8. 王都・レオとの再会
王都に戻った翌日、クロエはレオの病室を訪れた。
アレンたちも同行した。
病室に入ると、レオはベッドの上に座って本を読んでいた。顔色は以前とは比べ物にならないほど良く、目に生き生きとした光が宿っている。
「お姉ちゃん!」
レオはクロエを見て、笑顔で手を振った。
「レオ……!」
クロエが駆け寄った。
「よかった……本当に、よかった」
「お姉ちゃん、泣いてるの?」
「泣いていない」
「泣いてるよ」
「……泣いていない」
レオは笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん。治してくれて」
「私だけじゃない。アレンたちが一緒にいてくれたから」
レオはアレンを見た。
「アレンさん! 前に会った時より、なんか強そうになってる!」
「少しは強くなった」
「すごい! 俺も、早く元気になって、冒険者になりたい!」
「レオ!」
クロエが少し叱るように言った。
「まだ療養中よ。冒険者の話は、完全に回復してから」
「分かってるよ。でも、夢を持つのはいいでしょ?」
「……まあ、いいけど」
クロエは苦笑いした。
「お姉ちゃんが笑った!」
「笑ってない」
「笑ってたよ! 珍しい!」
「……うるさい」
クロエは顔を赤くしながら、レオの頭を軽く叩いた。
アレンはその様子を見て、思った。
クロエが本当に笑っている。
それは、これまで見た中で、最も自然な笑顔だった。
9. 七人の誓い
その夜、七人は王都の宿屋の食堂に集まった。
レオの回復を祝う宴だ。
テーブルには料理が並び、七人がグラスを持って立ち上がった。
「乾杯の音頭は、アレンが取れ」
セリアが言った。
「俺が?」
「お前がいなければ、今日はなかった」
「みんながいなければ、今日はなかった」
「……では、みんなで」
七人はグラスを持ち、互いに目を合わせた。
「レオの回復に、そして——これからの旅に」
「乾杯!」
グラスが触れ合う音が、食堂に響いた。
宴が進む中、カインが言った。
「俺たち、正式にパーティを組むか?」
「七人でか?」
「ああ。バラバラに動くより、一緒の方が強い。それは、霧の迷宮で証明された」
「賛成だ」
アレンが言った。
「私も」
セリアが言った。
「もちろん!」
リリスが言った。
「……ええ」
クロエが言った。
「俺も賛成だ」
カインが言った。
「……私も」
ミアが静かに言った。
「私も、一緒に行きたい」
アリアが言った。
「では、パーティ名を決めよう」
「パーティ名か……」
アレンは少し考えた。
「《限界突破の旅団》はどうだ?」
「直接的すぎる」
セリアが言った。
「《霧を抜けた七人》は?」
カインが言った。
「それは状況を説明しているだけだ」
「《聖域の守護者》は?」
アリアが言った。
「……少し大げさかな」
「《迷宮の覇者》!」
カインが叫んだ。
「……それはどうだろう」
「《夜明けの旅団》は?」
ミアが静かに言った。
全員が少し沈黙した。
「……いい名前だ」
アレンが言った。
「夜明けの旅団——夜の闇を抜けて、夜明けへと向かう。それが、俺たちの旅だ」
「《夜明けの旅団》、決定だ」
七人は再びグラスを持ち上げた。
「《夜明けの旅団》に乾杯!」
「乾杯!!」
10. 次なる旅路へ
翌朝、七人は次の目的地を話し合った。
「父グレイの行方を追うには、まず情報が必要よ。黒蛇の牙の内部情報を持つ者を探す必要がある」
クロエが言った。
「ヴェルナーは?」
「ヴェルナーは情報を持っているかもしれないけど、簡単には教えてくれないでしょう。彼には彼の目的がある」
「では、別の情報源を探す」
「ギルドのマスター、ガルドが黒蛇の牙について情報を持っているかもしれない。まず彼に相談しよう」
「それと——」
アリアが口を開いた。
「私の母の呪いについても、情報が必要よ。母は北の街ノースゲートにいる。一度、会いに行きたい」
「ノースゲートか。王都から北に三日の道のりだ」
「そこに行く前に、B級迷宮への挑戦はどうだ?」
カインが言った。
「B級迷宮?」
「王都近郊に、B級迷宮『鉄の迷宮』がある。俺たちの実力を試すには、ちょうどいい」
「B級迷宮か……俺はまだE級だが」
「A級のセリアが同行すれば問題ない。それに、お前の実力はE級じゃない。実質的にはC級以上だ」
「そうかもしれないが……」
「やってみよう。強くなるには、より高い壁に挑む必要がある」
アレンは少し考えてから頷いた。
「分かった。B級迷宮に挑戦する」
「よし! 決まりだ!」
カインが拳を握った。
セリアが静かに言った。
「B級迷宮の前に、装備を整える必要がある。石の迷宮の欠片を使って、防具を強化しよう。王都には優秀な鍛冶師がいる」
「そうだな。装備の強化は重要だ」
「私は、新しい術式の研究を続ける。魔法書の中に、まだ解析できていない術式がある」
クロエが言った。
「俺は《全方位感知斬り》の修練を続ける」
「私は薬草の調合を続けるわ。王都には珍しい素材があるから、もっと強力な回復薬を作れるかもしれない」
リリスが言った。
「俺は剣技の修練だ」
カインが言った。
「私は魔法の研究を」
ミアが言った。
「私は……聖属性魔法の新しい術式を探したい。《聖なる光》より強力な魔法があるはずよ」
アリアが言った。
七人それぞれが、それぞれの目標を持って動き始めた。
「では、三日後にB級迷宮に挑戦する。それまでに、各自の準備を整えてくれ」
「了解!」
「分かった」
「ええ」
「うん」
「……ああ」
「了解よ」
七人の声が重なった。
《夜明けの旅団》——七人の冒険者たちの旅は、新たな段階へと進んでいく。
第8章 了 続く
100章まで続けるかな(´;ω;`)




