【毒殺事件編、婚約編】プロポーズの答え
「神通力【忘却】!」
僕は即座に、その場にいる者たちに対して、
テレシウスの言動に関する記憶を消した。
(リヒトさんは猫族だから、彼女にだけは効かない=彼女は忘却しない。)
ついでに、壁は、女2人が暴れて刺したことにした。
それが済むと、僕は、
【忘却】直後で目が覚めたような顔をしている司法官に、手続を促した。
司法官は「それでは最後に…」と、リヒトさんに向き直る。
「リヒト・ネコミヤさん、
この場で、何か言いたいことはありますか?」
「エッ…?私…?」
リヒトさんは、急な呼び掛けに面食らった様子だったが、
エデに耳打ちして、その場に立たせてもらう。
「あ、はい…
では…
あの…
お受けします。」
誰もが、僕も、目をパチクリした。
僕がリヒトさんを見ると、リヒトさんが、僕を見上げている。
「結婚の申込みを、
お受けします。」
僕は、ただ目をパチクリして、口をあんぐり開けた。
司法官は、小さく咳払いすると、
「貴女はこの事件の被害者です。
この被告人たちに、言いたいことはありますか?」
「ありません。」
リヒトさんは司法官を向いて、即答した。
これぞリヒトさん。
物語であればここが山場で、被害者のリヒトさんがピシャリといいことを言うのだろうが、
自分の正義に照らして何らの必要性も感じないのだろう。
即答ぶりに、司法官は一瞬戸惑った様子だったが、すぐに言った。
「それでは、終結。
被告人たちを連行します。」
司法官と共に、女2人は衛兵に引きずられるように去って行った。
******
彼らの姿が見えなくなると、僕は呟いた。
「僕たちを、二人きりにしてくれ。
今すぐ。」
瞬時に、大王付きが人払いをしながら去って行く。
近くで警護を行おうとするダンテスを、
「アンタも行くのよ!ホラ!!」とエデが引きずって行く声がする。
僕は思わず笑って振り向いてたが、すぐに、廊下に静寂が訪れる。
僕は怖いような気持ちで、リヒトさんに向き直った。
リヒトさんは、僕を見上げていたが、
困ったように右に左に視線を揺らしながら、
結局、窓の外に視線を向ける。
僕も鼻の頭をかいて、同じ方向に…
晩秋の柔らかい光に包まれているパティオに目をやった。
張り詰めた時間が、僕たちの間を流れる。
僕は男として、先に話さなければと覚悟を決めた。
「あの…リヒトさん」
声がかすれてしまった。
僕は小さく咳ばらいをして、
リヒトさんの顔を見る。
「僕たちは…婚約したんでしょうか…」
我ながら、なんという第一声だろう…
しかし、この一言で、リヒトさんの青白かった顔は林檎のように赤く染まり、
耳の先端までつやつやと赤くなった。
僕を見上げ、何か言いたそうにと口を開けたものの、
…ただ、コクリと頷いた。
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「へ…?」
僕は思わず、情けない声を出した。
と、リヒトさんがふらついて窓枠をグッと掴む。
僕は、慌ててリヒトさんを支えてしゃがむと、
膝に座らせた。
今になって、僕の胸は激しく鼓動を打ち始めた。
あまりに激しくて、パティオまで音が漏れそうだ。
情けない僕の代わりに、
沈黙に耐えきれなくなったリヒトさんが話し始めてくれる。
「本当は…もっと違うタイミングで言うつもりだったの。
ホラ、君、プロポーズのときは、薔薇百本とかシロツメクサとか、
ロマンチックなことをしようと思っていたって、言ってたでしょう?
シリウスが、申込みのときにできなかったことを、
私が、承諾のときにやってあげられないかなって…」
僕は、その発想に心底驚いてリヒトさんの夕日色の目を見つめた。
「そこで、私は、こう考えました!」
その目はいたずらっぽく輝いている。
「まず、私が、庭園まで歩けるように練習します。
歩けるようになったら、シリウスに成果を見てほしいと言って、
一緒に歩いて、庭園の…
3年前、巻き尺で距離を測った、思い出の東屋に行きます。
『こんなに歩けるようになってすごいですね』って褒めてくれるシリウスに、
その辺りに落ちている、
一番綺麗な葉っぱを拾って、胸元に飾ってあげます。」
得意げなリヒトさん。
僕は鼻の奥がツンとする。
「『これはなんですか』って言うシリウスに、
『これは、誓いの勲章です。プロポーズをお受けします』
って、お返事をするの。
シロツメクサよりも、大人っぽいでしょう?」
僕は吹き出した。
「確かに…テオは『シロツメクサは3歳児だ』って言ってましたから。」
「そうかな?…シロツメクサもいいと思ったのよ!
でも、今は秋だから…
とにかく!そしたら、シリウスが、
片手は勲章、もう片方の手は私の手を刻印に添えて、
『一生お守りします』
とか、かっこいいことを言ってくれるの。フフフ…へへ…」
「…そのシナリオの僕は、ものすごくかっこいいですね…
僕、さっき『へ』しか言わなかったのに…」
「それから、二人で、ランチボックスを開けるの。
ほら…3年前は…私が怒っちゃって食べなかったから…」
「…貴女が僕に、手紙を書いてくれたときですね。」
「エッ!?」
リヒトさんは目を見開いた。
「でも、あの手紙は…結局渡せなくて…」
「リヒトさんを探したときに偶然見つけて…僕の宝物です。」
僕は、ツヴェルフェト大学に迎えに行ったときのように、
リヒトさんの手に口づけをした。
リヒトさんはモジモジしながら、急いで続ける。
「ランチボックスを開けたら、なんと!
シリウスにプレゼントがあるんです!」
「エッ!」
「…とまあ、こういうことを考えてたんだけど…
結局今、お返事しちゃった…」
僕はまた吹き出して、胸いっぱいになってリヒトさんを抱き締めた。
そして、胸を最高に高鳴らせながら、
婚約後初めての、記念すべき口づけをしようとリヒトさんに顔を近づけると、
リヒトさんは慌ててそれを止めた。
(次話に続く)




