【毒殺事件編】3年越しのプロポーズ
僕の心臓は氷のように冷たくなった。
と同時に、エーレントがリヒトさんから手を離してサイドテーブルに倒れ込む。
「秘儀……【空間旅…」と詠唱するが、唱え終わらないうちに、口から血を噴き出す。
僕が思わず手を伸ばそうとすると、キッと睨みつけて振り払い、
血が滴らせながらリヒトさんを指差し、今度ははっきりと詠唱した。
「秘儀【空間旅行】!!!」
黒い渦がジリジリと広がる。
「帰らせてもらう。」
死人のように青ざめたエーレントは崩れ落ちるように黒い渦に包み込まれていく。
「エーレント!!!ありがとう!!!本当に…」
僕は思わず叫んだ。
「礼は要らねェ、クソ鼠。」
そして、黒い渦は完全に消えた。
*******
シンと静まり返る部屋。
僕は、真っ白いリヒトさんの顔を見た。
触るのが怖い。
リヒトさんの固くなった体を、
絶対に動かない身体を触るのが、怖い。
それでも、リヒトさんは、少し前まで生きていた。
僕は、リヒトさんに近寄った。
「…ガラスの棺に入れられたお姫様を見つけた王子様は、
そのあまりの美しさに…
思わずキスをしました。」
僕は身をかがめて、リヒトさんの唇にキスをした。
「すると、喉にあった毒の林檎がとれて、
お姫様は…目を覚ましました。」
僕はリヒトさんを抱き起した。
「王子様はお姫様にプロポーズをして…」
ふいに、このおとぎ話の歌を口ずさんで、
この部屋で、二人で踊ったことに気付いた。
僕は震える声で歌う。
「Someday my prince…ララ…
…Someday We'll meet again…」
「ウ…」
エッ!!!!!
僕は飛び上がった。
ブルブル震えながら、リヒトさんの左胸に耳を置くと…
「リヒトさん!!!!!!!!」
僕はまた飛び上がった。
リヒトさんの顔にかじりついて、その頬を必死に叩く。
腕を見ると、薬液の塊が薄くなっている。
体内に入っているんだ!!!!!
リヒトさんは、生きている!!!!!!
「誰か!!!!
侍医を呼べ!!!!!
侍医を呼べ!!!!!!」
**********
僕はリヒトさんの枕元で、リヒトさんの顔に頭を寄せてウトウトしていた。
寝とぼけて呟く…
「…王子様…は…プロポーズをしました…
その後…8人の小人と暮らしました…とさ…」
「ちが…う…」
僕はガバッと身を起こした。
リヒトさんはうっすらと目を開いている。
僕の神通力の影響で、傷ついた片目もすっかり治っていた。
「リヒトさん…僕が分かりますか?」
リヒトさんはゆっくり頷いて、かすれた声でささやいた。
「8人じゃ…なくて……し…7人…だよ?」
「アアァァァ――――!!!
もう!!!
今それ、どっちでもいいでしょ!!!!!」
「し…」
「しちにん?」
「しあわせに…暮らし…ましたとさ…で…しょ…?」
僕は、温かくなってきたリヒトさんの手を握りしめて、思わず泣き笑いした。
「フフフ…フフフ…」
笑い出した僕を、リヒトさんが朦朧とした目で見る。
「フフフ…だって僕、
せっかく、おとぎ話の王子様みたいだったのに、
リヒトさんってば、
第一声が【違う、七人】だから…リヒトさんらしい。」
僕は、また冷たくならないように、リヒトさんの手をゴシゴシさすった。
「リヒトさんにプロポーズして、
死んじゃったみたいなリヒトさんを見て、
リヒトさんにキスをして、
リヒトさんを抱き上げたら、
リヒトさんが生き返りました。
…ほら、おとぎ話と同じでしょう?」
リヒトさんの目に、うっすらと光が差し込む。
「あれ?
おとぎ話と順番が違いますね。
でも、大事なのは」
僕は逃げなかった。
「僕が貴女に、
結婚の申込みをしたということです。」
リヒトさんはゆっくりと、何度か瞬きをした。
目を覚まそうとしているようだ。
僕は、込み上げてくる熱いものを必死にこらえる。
「ずっと…3年前から…
僕は、貴女と結婚したいと思い続けていました。
人生を共に歩んで、苦楽を共にし、
同じ場所に帰ることを喜びたい。
僕はリヒトさんに「恋」をしています。
結婚したい、そして貴女と繋がりたいと、いつも思っていました。」
リヒトさんは、ぼんやりと…でも、じっと僕を見ている。
「いつ、どうやって結婚を申し込めばいいか…悩んだりしていました。
薔薇百本なんて僕には似合わないけど、
やっぱり、二人で思い出に残るようなものがいいなと思っていました。
ピクニックに誘って、シロツメクサの冠を作るとか…」
リヒトさんの真っ白な顔に、一条の微笑みが差す。
「まだ聞きますか?フフフ…
僕たち、獣化とか変化とか色々壁があるでしょう?
それを解決した瞬間に、歌劇のようにパァッと抱き締めて、
キ…キスをして…プロポーズするとか…
言葉にすると恥ずかしいですね…」
そんなことない、と言うように、リヒトさんの首が少し横に動く。
が、リヒトさんの目は再び閉じようとしている。
僕の心臓は跳ね上がったが…
良かった。
眠りに落ちるだけのようだ。
僕はリヒトさんの手を握ったまま、床に片膝をついた。
「リヒト・ネコミヤさん。
私…ツヴェルフェト大王、
神鼠シリウス・ソイリと結婚してください。」
リヒトさんはもう、微かな微かな、寝息を立てている。
気のせいか、頬に赤みが差し、
困ったような微笑みを浮かべているように見える。
僕は立ち上がると、ドカッとソファに腰を下ろして、
深く深く、ため息をついた。
それから、思い切り伸びをした。
「とうとう、言ったぞ…!」
僕は仰向けに天井を向いたまま、片手で目を覆うと、
声を上げて笑ってしまった。




