【毒殺事件編】来なかった「明日」
僕はトロス宮で半日ほども眠り込んでいたらしく、
目が覚めたらすっかり日が暮れていた。
ファリスが「ヤァヤァ」と言いながら入って来て、
「シャレたもんは要らんぞ。
腹にたまるものをドンドンお出しするんだ!」
と言いつけている。
「現場の状況は…」
「ハイハイ、心配ご無用。
シリウス様が今すべきことは…」
「食べること、だな?
お前も共に食べるだろう?
ファリスと僕の間だ。マナー抜きで頼む。」
僕たち二人は、運ばれてきた食べ物を、
運ばれてきたそばからムシャムシャと食べ始めた。
ひたすら黙々と食べ、空になった皿が積み上がる。
ファリスが「食った食った」と食後酒に手を出しても、
僕はまだ、串にささった茹でジャガイモを頬張って、
骨付き肉にも手を出していた。
「ところで、いってらっしゃいのキスはしてもらいましたか?」
「ゲホッ」
ジャガイモがのどに詰まって、思い切りむせる。
ファリスはニヤニヤ笑って僕を見ている。
「してない!…こんな事態だぞ…
ギュ…ギュッてしただけだ…ま…窓越しに…」
「アーもぅ!チクショーめ!!!初恋に乾杯!!!」
ファリスは酒を一飲みであおった。
「さあ、シリウス様、貴方はやるべきことをなさった。
たくさん食べたら、俺やトロス州の民を信じて、
大神殿にお帰りください。」
僕は骨付き肉にかぶりついていたが、
リヒトさんのことを思い出して、顔が熱くなった。
「アアア―!赤くなっちゃって、もう!
そのお肉食べたら、いいこだから、坊や、帰んな?!
お嬢が待ってんだろ!!」
僕はファリスをチラリと見ると、猛然と骨付き肉を食べる。
そうだ、これを食べ終わったら、大神殿に帰るんだ!!!
********
と、急に大王付きの一人が走り込んできた。
「シリウス様!!!」
一見してただならぬ事態が起こったと分かる。
ファリスが瞬時に人払いをする。
「言え、シモン!」
「リヒト様が…重体です。」
「なんだと?」
「本日お昼頃から不調を訴えておられ、
侍医もステファニー様も呼びましたが…
夕方に意識を失って、呼びかけにも答えず…
すぐに私が、ここまでお伝えに…」
僕は一瞬、訳が分からなかった。
…意識がない?リヒトさんが?
「しっかりしろ!大王様!!!!!」
ファリスが急に、僕の肩を掴んで揺さぶった。
「今から、俺の力を、シリウス様に貸す。
無効化しないで、しっかり受け入れてくださいよ。
神路開門 神通力 【虎に翼】」
ファリスが左こめかみの虎の刻印を、僕の額の刻印に当てると、
僕の身体に力がみなぎり、
活力が沸き上がってきた。
「なあ、意識がなくなるってのはただごとじゃねぇ。
すぐに帰ってください。
俺みたいに、死に目にも会えなくなる!」
【死に目】という言葉が、金棒のように僕の頭をぶん殴る。
「早く!!!行け!!!!!」
ファリスに背中を叩かれて、僕は夢中で部屋を走り出た。
**********
日付が変わる前に、僕は大神殿に帰還した。
昨日のこの時間は、ちょうど、
リヒトさんを抱き締めて、
「明日はずっとこうしていよう」と約束したんじゃなかったか。
僕はなりふり構わず全力疾走して、リヒトさんの部屋に走り込んだ。
燭台が灯る部屋には、ステファニーと大王付きの侍医がいた。
「リヒトさんは…まさか…」
侍医は低い声で答える。
「生きていらっしゃいます…
が、厳しい状況です。」
僕はリヒトさんに歩み寄ると、手を握った。
…異様に冷たい。
人間は体の端から死んでいくというが、まさか…
「原因は…?」
「はっきり申し上げると、分かりません。
症状としては、心臓の病のようですが、それにしては進行が早すぎます。
毒虫と思って身体中を調べましたが、痕跡はありませんでした。」
「食事に毒が混入した可能性は?」
「塩の一粒に至るまで調べ上げましたが、現状、何も見つかっておりません。」
「解毒剤は?」
「何度も注射しております。」
「ステファニーは治癒の神通力をかけたんだな?」
「もちろん…ただ、神鼠以外の神通力は、治癒にはあまり役立ちません。
かえって、リヒトさんの体力を奪ってしまう状況です。」
僕はリヒトさんの顔を見たまま、侍医に聞いた。
「僕が治癒の神通力を持っていることは知っているな?
神鼠の神通力は猫族には効かないが…
今の状況で試してみることは…どう思う?」
「シリウス様が神通力をかけて、
リヒト様が獣化することがあれば…
即座にリヒト様は天に召されます。」
僕は、機械的に尋ねた。
「リヒトさんは、後どれくらい持つ?」
「長くて…三日ほどかと。」
「そうか。」
僕は、リヒトさんの顔にそっと手を置く。
なんという冷たさだろう。
「もう、目覚めることも…ないのか?」
「その可能性もございます…」
「ステファニー、ゴミの一つに至るまで、毒物の痕跡がないか調べろ。
お前たちも、毒物にやられる可能性があるから、十分に気を付けるんだ。
絶対に、これ以上被害者を出すな。」
僕は、自分にかすかに残る理性で話す。
「先ほど毒虫と言ったが、当たりがあるのか?」
「はい、ヴェノムというクモの毒です。
私も2,3例、患者を見たことがあります。
が、ヴェノムの生息地域は限られています。
大神殿からヴェノムが出たなどとは聞いたことがありません。」
「…二人とも、下がってくれ。」




