【幸せの迷宮編】エーレント百八の秘儀
ある夜、「調査官リヒトさんの報告」を聞くために僕は執務室にいた。
会議のために、テーブルにはお菓子やお茶を準備させた。
今日は丸一日リヒトさんに会えなかったから、僕の顔は自然と綻んでくる。
と、キツツキのような軽やかなノックが聞こえたから、僕は一足飛びで扉を開けた。
扉から滑り出る光でリヒトさんの顔が現れると、
僕は報告会という名目も忘れて抱き寄せそうになる。
しかし、リヒトさんは待ちきれないと言ったように、執務室に一歩踏み入れると同時に、
「大王様、本日は重大な報告があります。フフフ。」
と意気揚々と話し始める。
腕にたくさんの資料を抱えているのに、
僕の腕をすり抜けて小鳥のように軽やかに執務室のソファに向かう。
僕はリヒトさんの隣に腰かける。
「是非聞かせてくださ……聞かせろ。」
報告会のときは、あくまでも「大王」と「調査官」として話すようにリヒトさんから厳命されている。
けじめが必要なんだそうだ。
「エーレントが今どこにいるかという問題についてです。」
「分かったのか?」
「はい。」
リヒトさんは夕日色の目をピタリと僕に据えた。
「……エーレントは今、十二支の王の誰かに憑りついていると思われます。」
僕は一瞬絶句した。
「…十二支の王に?なぜそう思う?」
「エーレントの復活の方法を王立図書館の書庫で発見したのです。」
リヒトさんは一冊の古書を僕の前に置いた。
「御覧ください…
…エーレントが執筆した猫族の王が使える【秘儀書】です。」
「エーレント?!」
リヒトさんは頷いて、秘儀書を開く。
古代語で書かれている上、年月が経って消えていたり、
破れている部分もあるようだ。
とはいえ、リヒトさんであれば古代語は読みこなせるだろう。
「秘儀書によると、猫族には、継承者である王が使える秘儀があったようです。
いずれも、神通力と違って、血、肉体、火、風、水…といった物を通じた儀式によって行う必要があるようですが……
エーレントはこの秘儀を研究してこの書物にまとめたようです。
特に、空間を瞬時に移動できる【空間旅行】……
猫族の王の中心的な技だったようで、
これで各地の猫族を統括していたようですね。」
僕は秘儀書を受け取ってパラパラとめくってみた。
どのページにも、図と共に秘儀の方法が細かく記されてある。
「いや…これはすごい…基本的な秘儀は少ないのに、
エーレントが自分で百八の技に広げている。
テレシウスも僕の想念の中で言っていた。
『エーレントは、猫族の秘儀を極めていた』と……
こんなものが使えるなら、エーレント一人で国を滅ぼしてもおかしくない。」
リヒトさんがあるページを指差した。
「大王様、驚くのはまだ早いです。こちら御覧ください…
――魂の復活を行う秘儀【復活祭】、
そして、ロベルト様が行おうとした十二支を神通力から開放する【怨霊祭】の方法が書いてあるのです。」
「なに…!」
僕の胸の鼓動が激しくなる。真実が僕に近づいてくる…!
「【復活祭】と【怨霊祭】はどうやって行うんだ?」
と僕が聞くと、リヒトさんは首を横に振った。
「それが、秘儀書の一部が破れているため、全ては分からないのです。
【復活祭】の方は、【猫族の王が死ぬとき、自分の肉体を相手に食べさせる】…までは分かりますが、それ以上は分かりません。
でも、【復活する】のですから、
「死ぬとき」と「蘇るとき」の2回、何らかの儀式があるはずです。」
僕は黙って頷き、リヒトさんを促す。
「次に、【怨霊祭】の方法ですが…」
リヒトさんは図と古代語がびっしりと書き込まれているページを開く。
「これは祭壇…この十二個の丸は、十二支の王を指しているようです。
ほら、ここには「十二の血」と書かれてあります。
【猫族の王の刻印に火の…】までは読めるけど、そこからは破れて読めません。
しかし、少なくとも、十二支の王の血を集めて、
|《・》猫族《フェリス|》《・》の王が何らかの儀式を行う……
それが【怨霊祭】の方法です。」
「つまり、ロベルトが【怨霊祭】を行うには、
エーレントを復活させること――【復活祭】が先だということだな?」
「私が猫の天神に誘拐されたとき、
ロベルト様が『怨霊祭は友人に教えてもらった』というようなことを言っていました。
その【友人】がエーレントだとすると、
エーレントは、処刑される前にロベルト様に【復活祭】と【怨霊祭】の方法を伝えたのではないでしょうか。」
僕は思わず唸った。
「ロベルトは死んだとき二百二十歳。
ロベルトは二十歳頃に神牛を継承して、神鼠の補佐として大神殿にいたから、
エーレントが処刑されたときにエーレントと会ったのだろうな……」
元来、神牛は長命だ。
十二支の登頂レースのとき鼠を背中に乗せたことから、神鼠の守護獣として長命を与えられているのだ。
平均的に百五十歳くらいまでは生きる。
さらに、ロベルトは、自分自身に、対象物の命や鮮度を長く保つ【垂涎】という神通力をかけて、僕に処刑されるまで二百二十年ほど生きたのだ。
「はい、私もそう思います。
ロベルト様は、エーレントの処刑時に、死ぬ前の【復活祭】の儀式を行って、
三年前、蘇りの儀式【復活祭】を猫の天神で執り行ったのでしょう……
十二支の王の血を集める【怨霊祭】を行うために。」
「この国を十二支から解放して、僕を幸せにするために…」
僕の瞼を、ロベルトの面影がかすめていった。
しかし僕はハッとした。
「…ちょっと待て。【十二】の血?ロベルトは【九】の血を集めると言っていたのではないのか?」
「おっしゃるとおりです。
ロベルト様は私に、忌数の九人の血を集めればいいと言っていました。
だから、大王様、ロベルト様、そして誰か一人は生き残れると。
しかし、この秘儀書によると、エーレントが【十二】の血が必要と考えていたことは明らかです。
そうすると、【怨霊祭】を行うと、
今いる十二支の王全員の血が必要になるわけです。
――そんな秘儀を十二支の王であるロベルト様が行うでしょうか?」
リヒトさんは煌めく瞳で僕を見る。僕は呟く。
「なるほど……【怨霊祭】に、
十二支全員【十二】の血が必要なんて言ったら、ロベルトが【復活祭】を行うわけがない。」
リヒトさんは頷いた。
「はい。ですから、忌数などと理由をつけた人数でロベルト様を納得させて、
まずは、自分が復活できる【復活祭】を行わせようと考えたのでしょう。」
「リヒト…よく調べた。素晴らしい。
…ああ」
僕は思わずため息をついて、天井を仰ぎ片手で目を覆った。




