執務室から漏れ聞こえる シリウスとリヒトの喘ぎ声
「だ、ダメだよ…
シリウス…こんなとこで…」
「リヒトさん…ここ?…ここ、イイ?」
「…あッ…そこ…」
「リヒトさん…僕、もうこれ以上…」
シリウス様とリヒトさんの喘ぐような声が、
執務室から漏れる。
私はため息をつく。
全く…
ゴテスベルクと猫天神から帰って来てから、
このお二人はずっとこう。
「ダメ…シリウス…
やっぱり…」
「そんな…今さら…
僕は…やめな…い…」
ハァァ――…
「シリウス様!!!
リヒトさん!!!」
執務室の扉を勢いよく開ける。
と、執務室の机と窓枠に足をかけ、
両手と頭に、いくつも火のついたロウソクが灯った燭台を載せているシリウス様と、
なぜか、シリウス様の腕の辺りに果物を載せようとして、
ウンと背伸びをしているリヒトさんの姿。
「ワッ!!!!!」
リヒトさんは吃驚仰天してシリウス様にぶつかり、
シリウス様は大きく体勢を崩し、足を掛けた机と窓枠から落ちそうになる…
が、そこはさすがシリウス様。
器用にヒラリと舞い降りて、両手に持った燭台を机に置き、
続いて頭の燭台もきっちり…
「シリウス、危ない!!!」
と叫んだリヒトさんが、
シリウス様の頭の燭台を取ろうとして、
かえって揉みくちゃになり、燭台が絨毯に落ちてしまった。
シリウス様は全く動じずに、スルスルと落ちた燭台を拾い、
ロウソクの火をもみ消した…
のに…
バッシャ―――ン…
動揺したリヒトさんが、
シリウス様とロウソクに水差しの水をぶっかける…
シリウス様は、まさに「濡れネズミ」。
リヒトさんは、懸命に蝋燭を確認して、
「消えてる!よかった!」と安心している…
「シリウス様…
リヒトさん…」
私の怒りスイッチが「入」になる。
「ですから!!!
こういう場所で!!!
危ないことをしてはいけませんと!!!
いつも言っているでしょう!!!
火事になったら、お二人だけでは済まないのですよ!!!!」
リヒトさんは目に見えてしょんぼりし、
お耳を下げた、食べ物をもらえない捨て猫のようになっている。
「ステファニー、済まない。
僕が無理を言ったんだよ。」
シリウス様は、髪から水をポタポタ垂らしながら、
「リヒトさんは、『ダメ』って言ったんだ。」
と言って、リヒトさんを助け起こそうと手を伸ばす。
同じく濡れて、さらに、
ロウソクの燃えカスで、顔に妙な模様を付けたリヒトさんは、
「いえ、ダメと言いながら、一緒にやったので、
私も正犯です!」
と毅然と言って、パッと自分で立ち上がり…
濡れた絨毯と床の境目につまずいて、盛大に転ぶ。
「アッハッハッハッハッ!!!!!!!!!」
こらえ切れなくなったシリウス様が、
声を上げて、お腹を抱えて大笑いする。
リヒトさんは、
「やっちゃった…」
と、シリウス様を照れ臭そうに見上げると、
猫のように這いまわって、
あちこちに転がったロウソクを拾い集めている。
シリウス様は、まだクックと笑いながら、
「リヒトさん、拾わないで大丈夫ですよ。僕が…」
と、一緒に拾っている。
大王付きの従者やメイドは、よく分かっている者ばかりだから、
そんなお二人を邪魔するようなことはしない。
私は、怒ったこともすっかり忘れて、
そんなひな鳥のようなお二人を、
胸いっぱいになって見つめていた。
ロベルト、クロエ、フレディ…聞きましたか?
シリウス様の笑い声…
こんなにも豊かで、
真っすぐな感情をお持ちになるなんて、
想像もできなかったわね?
*************
そう…
ゴテスベルクの猫天神から帰って来てから、
2週間ほど…
このお二人はずっとこう。
時間が合えば、こんな夜でも、
例の事件の調査をしているのだ。
さっきの騒ぎも、きっと、猫天神の状況を再現しようとしていたのだろう。
この事件を解決して、リヒトさんの獣化を防止する策を見つけられれば…
それが見つかるまでは、
調査という理由をつけなければ、
気安く会うこともできないお二人。
さらに、シリウス様が奇妙な変化を遂げられたことが、
特に、シリウス様に、リヒトさんに近づくことを踏みとどまらせているようだ。
これまではリヒトさんの獣化…
今度はリヒトさんの獣化に、シリウス様の変化 …
一難去らずに
また一難…
************
例の事件のあと、
諸々の後始末を済ませると、
神猿アダム、神鶏レン、新しい神犬フェンリル、神羊オスカー、神馬ツムギと共に、
クロエの棺桶に、彼女の頭部を安置した。
もう、この場面については…
何も言えない。
私が大神殿に来たのは、その後。
もともと、私は何年もディモイゼの大神殿でシリウス様の補佐についていたから、
神亥ハバリー州は、私がいなくてもそれなりに回る。
これだけの不穏な動きがあり、
シリウス様に神通力継承者の補佐が必要になったこと、
リヒトさんの保護が必要なこと…
そこで、私が大神殿に滞在することになったのだ。
でも…シリウス様には言っていないが、
私の滞在理由は、それだけではない。
このお二人に…
一緒にいられないことが運命づけられているこのお二人に、
少しでも…何かできないか…
ロベルトのように「大きなお世話」にならない何かが…
クロエを安置した後、ツムギと夜明けまで語り合って…
二人で泣きながら、
シリウス様とリヒトさんを幸せにすることを誓ったから。
クロエが「このカップルを一生推す」と目を輝かせていた、このお二人を…
幸せにすることを。
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シリウス様とリヒトさんの大騒ぎから、
大神殿で与えられた自室に戻ると、余計に静けさが迫る。
薄暗い部屋の中、私はぼんやりする。
ねぇ、ロベルト。
貴方と私は、誘拐戦争の後、
シリウス様補佐の、いい相棒だった。
齢二百数十年の貴方には及ばないけど、
私も、子供が十二人もいるいい年だから、貴方の方が話しやすかったのよね。
いつも、顔を合わせれば、シリウス様の話ばかり。
細かいことを知っているのはお互いだけ、というところもあって、
話し始めたら、案外長いこと喋ってたわね。
やはり、登頂レースで神鼠を乗せて進んだ、神鼠の守護獣だけあって、
シリウス様への愛情も深いし、
同じく、シリウス様を完全に息子のように思っていた私と、
本当に気楽に、
今日はあそこが成長した、
背も伸びてきた、
手も大きくなった…
そんなことを、お天気話と同じような流れで話せた。
本当を言うと、貴方が狂気に走ったことが分かる気がする。
ツムギと誓い合ったものの、
正直、気を抜くと、お二人の問題を解決することは不可能な気がするから。
まあ、貴方は私も殺そうとしていたから、憐憫はかけないけどねぇ。
貴方…私を殺す側…忌数9人の中に入れていたでしょう?
貴方、案外、私に遠慮なかったし…
役にも立たないでしょうからね。
ねえ、何でも話せていたと思っていたけど、
いつの間に狂ったの?…心友よ。
何をきっかけに?
きっかけはないの?
…積み重ね?
可愛い十二支だった少年、少女の頭部を前に、
半分になった貴方を見た私の気にもなってほしい。
あれから、私は、
死臭の漂う夢ばかり見る。
死臭の
漂う
夢ばかり




