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神鼠の大王は猫を愛せない  作者: むちゃろこうじ
第Ⅲ章 神山ゴテスベルクと猫天神
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【リヒト誘拐編】シリウスを幸せに



頬のひんやりした感覚と共に、私は薄目を開いた。


なぜかこの場所にいることに納得して、しばらくぼんやりしていたが、

部屋に大きな黒い穴が出現して引き込まれたことを、徐々に思い出してきた。


ハッと目を開くと、


「お目覚めですか?」


と声が聞こえる。


私は、声の主を見てホッとした。

私はふらつきながらも起き上がろうとした。


「あ、ありがとうございます。

部屋に大きな穴が出来て、引き込まれたんです。

一体何が…」


その人物は、上体を起こそうとする私の背中を支えてくれる。


頭がまだ霧の中を歩いているようで、思わずこめかみを押さえた。


前を見ると、ガランとした石の広間のように見える。


「あの…ここはどこですか?シリウスは…?」


何が何だか分からず、面食らってその人物を見上げると、

その人物…神牛ロベルト様はいつも通り穏やかに言った。


「シリウス様は…もう少しすればいらっしゃいます。」


「良かった…シリウスは無事なんですね!」


私は胸を撫でおろした。


と、同時に、ようやく頭の霧が晴れてきた。声にも力が入る。


「ロベルト様、一体何があったのですか?

ここはどこですか…?

他の人たちはどこに…?」


「ようやく、意識がはっきりしてきましたね。

こうしていると、貴女と初めてお会いした時を思い出しますね。」


「ええ、本当です。

ロベルト様には助けていただいてばかり…」


私は、あの大晦日(シルヴェスタ)を思い出し、

思わずロベルト様に笑いかけながら、

周りを見回して…


「アッ!!!!!!」


と叫んで、自分が横たわっていた石の台を飛び降りた。


「ロベルト様、大変です!!!テオ様が倒れています!!!

テオ様!テオ様!!」


ロベルト様が近付いてくる。


「ロベルト様、すぐに助けを…」


「お静かに…もちろん、気づいてますよ。テオが倒れていることには。

私が殺しましたから。」


私は谷底に叩き落されたようにロベルト様…ロベルトを見上げた。


「ハッ…?」


口がワナワナと戦慄いて言葉が続かない。


これは夢だ、

冗談だ、

私を驚かそうとしているのだ、

などと、頭が都合いい理由を探して駆け回っている。


「さあ、あちらもご覧ください。」


とロベルトが、扉を開けてホールに誘うように腕を伸ばす先を見ると…


「アア――――――――――ッッッ!!!!!!」


私はその場にしゃがみ込んだ。


「イヤアア――――――――――ッッッ!!!!!!」


私は顔を覆って、ただ喚く。


ロベルトが指し示した先には祭壇があり…


クロエ様、フレドリック様の首が祀られてあったのだ。


「なぜ!?なぜ!?!?」


私は、あの祭壇の下の台で横たわり、ロベルトとにこやかに話していたのだ!!!

クロエ様とフレドリック様の首の下で!!!!


私は大きく飛び下がり、その場から逃げ出そうとした。


しかし、


「神門開放 神通力【牛歩(ぎゅうほ)】」


詠唱と共に、私の身体はほとんど動かなくなった。


「さあ、お戻りください、リヒトさん。」


ロベルトは私の首を掴むと、祭壇に戻って私を台に座らせる。


私は身動きも、声を出すこともできず、

必死にロベルトを睨みつける。


「怖がらないでください。

貴女には、協力をお願いしたいのです。

ああ、喋らないでも大丈夫。

ちゃんと説明しますから。」


*******


「ご存じのとおり、隣国クラウンが起こした誘拐戦争で虐待にあい、

シリウス様は感情を失いました。

5歳のシリウス様を2年にわたって虐待したのは、相当数の人間です。

誰だと思いますか?」


私はただロベルトを睨んでいる。


「クラウンの人間だと思うでしょう?

実はクラウンの人間は少数です。

大多数は、ツヴェルフェトの人間でした。」


私は目を見開いた。


「私たちが救出に入った部屋では、シリウス様は、

ちょうど、複数のゴミ共に穢されている最中でした。

それも、考え得る限りの悍ましい方法で。」


私の心が八つ裂きにされる。

シリウス…


「その後、全員生かしたまま捕えて調査したら、

彼らがツヴェルフェトの人間だと分かったのです。」


なぜ、ツヴェルフェトの人間が、大王となる神鼠の少年に対してそのようなことを…?


「なぜか、とお聞きになりたいのですね。

シリウス様が神鼠を継承したのは、生まれた瞬間です。


我々は必死に支えましたが、何せ赤ん坊…

シリウス様が5歳になるまでの間、神通力は不安定で、

国も全体的に不安定になりました。

そのときに、各神獣が治める州を独立させる運動が、各地で起こったのです。」


私は、ロベルトをただ見つめる。


「この独立派の連中が、隣国のクラウンと手を組んで、あの誘拐戦争を起こしたんです。


シリウス様を殺してしまうと、全面戦争になり、

クラウンにとっても、まだ組織が確立していない独立派にとっても都合が悪い。


そこで、シリウス様は拘束され、

クラウン国内、独立派の根城を転々として、生かされていたわけです。」


クラウン、ツヴェルフェト各州の独立派の根城を転々…

当時、シリウスの居場所がなかなか掴めなかった理由はここに…


「虐待は、誘拐してすぐに始まったようです。

シリウス様は、幼いころから類まれなご容姿、

そして、狂った嗜好の者がいて、それが徐々に広がって習慣化し…

行った先々で…しかも悪質化していった。


幼いシリウス様は死ぬことも許されず、ただ苦痛と絶望の中を生きた。

感情をなくされたのも当然です。」


もう私は聞くに堪えなかった。


「そのゴミ共は、私が預かりました。

国中からおかしな嗜好の者を集めて、

2年かけて拷問させ、徐々に死に追いやりました。

当然です。」


ロベルトは、そのカラスの濡れ羽のような黒い瞳をジッと私に注いだ。


「その後のシリウス様は、貴女も分かるでしょう?

本当に、素晴らしい方です。


…それなのに、あの方は、その努力や真摯さに見合う幸せを得られない。

楽しさも喜びもなく、ただ、国のために生きる。


あの方は、その国の人間に拷問され、虐待され、穢されたのに。


しかも、この国では、王は生贄で、捨て駒。

あの方に近づく人間のほとんどは、今の、地位や素晴らしい容姿にすり寄っているだけ。


最終的には捨てられるんです。」


私はじっとロベルトを見つめ返した。


「それでも、シリウス様の感情が戻れば、あの方にも、

何かしら幸せが訪れると思ったのです。

それは、一部では正しかった。

…シリウス様は、貴女という女性に出会い、ひとときの喜びを得ましたから。」


神通力で抑えられていても、涙だけは溢れ出した。


こんなことを考えている人が、どうして、

クロエ様やフレドリック様の首を祀り、

テオ様を殺すのか?


(次話に続く)

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