【幕間】就任式はいつだ?
十三年前――
当時のツヴェルフェト王国の女王である神鼠テミスは、
第一子を出産すると同時に死去した。
国家の非常事態である。
ツヴェルフェトは、神の呼びかけに応えて神の山ゴテスベルクに参集し、
登頂レースを制して神獣となった十二支、
鼠(子)
牛(丑)
虎(寅)
兎(卯)
竜(辰)
蛇(巳)
羊(未)
馬(午)
猿(申)
鶏(酉)
犬(戌)
亥(猪)
により建国された王国。
国土は、神の山ゴテスベルクを中心に、
十二の州に分割されており、
神獣の神通力の継承者が、各州を治めている。
つまり、
各州の王位継承者=「神通力の継承者」
神通力は、
神から十二支にそれぞれ与えられるが、
各代に一人しか発現しない。
先代が死亡すると、
各神獣族に属する者の誰かに継承される。
直系、年齢は無関係。
誰に継承されるかは、神のみぞ知り、
誰も分からない。
神通力が継承されると、
顔に「刻印」が発現し、それで判明する。
その者が、各州の王位を継承するのである。
すぐに継承者が判明しないことも多い。
しばらくの間、誰にも刻印が発現しないこともあるほか、
継承者自身が気付かないこともあるからだ。
しかし、テミス女王が死去したときは、継承者はすぐに判明した。
――生まれ落ちた赤ん坊の額に、
くっきりと神鼠の刻印が発現していたのだ。
これが、シリウスだった。
***
生まれたばかりの赤ん坊に刻印が発現することは前代未聞だった。
しかも、赤ん坊が継承したのは、神鼠の神通力。
各神獣の神通力は、基本的に同列だが、
神山ゴテスベルクを第一位で登頂した神鼠は、別格。
突出した強大な神通力を有する上、
他の神獣の神通力を無効にする力も持っている。
このため、ツヴェルフェト王国の首都は、
神鼠が治めるディモイゼと定められ、
各州を統括するこの国の大王は、
代々神鼠が継承しているのである。
シリウスはこのような神通力を、生まれた瞬間に継承したのだ。
しかも、シリウスの神通力は、「千年に一度」ともささやかれる強大さだった。
十二支会議は、
シリウスが神通力を操作できるようになるまで、
女王の死去を秘匿することを決定。
しかし、天賦の才に恵まれていたシリウスは、成長と共に自然と神通力を使い、
三歳頃には、ある程度の神通力の操作が可能になっていた。
――神通力の巨大さと操作の才能、
――抜群の頭脳と身体能力、
――日を追うごとに光り輝く美貌…
大国ツヴェルフェトの大王となるべくして生まれた子だと、
思わない者はなかった。
******
シリウスが五歳になったとき、
テミス女王の死去とシリウスの神通力の継承が公表された。
盛大な就任式を催されることも決定し、
テミス女王を惜しみながらも、幼き大王の誕生に国中が祝いの空気に包まれていた。
しかし、就任式の日、
隣国クラウンが隠密裏に決行した奇襲作戦により、シリウスが誘拐された。
クラウンは、直後、ツヴェルフェトに宣戦布告。
――これが「誘拐戦争」である。
シリウスの命を条件に数々の要求を出すクラウン。
それは、ツヴェルフェトの要衝や鉱山の所有権や利益の移譲、
十二支の各獣族からの人質などを求めるものであり、
国家、国民に甚大な被害を及ぼす厳しい要求だった。
しかし、クラウンの要求を飲んだところで、
シリウスの命が助かる保証はない。
その一方で、大王が殺害されたとしても、
神鼠の神通力は同族の誰かに継承される。
すなわち、神鼠は「安泰」なのだ。
――結局、十二支会議はクラウンの要求を拒否し、
両国は全面戦争に突入。
ツヴェルフェトは、シリウス不在の中、戦況を有利に進めていった。
クラウンが見誤ったのは、十一支の神通力、能力の大きさだろう。
神鼠の神通力に気を取られていたクラウンは、
神鼠以外の十一支の力を正しく予測できなかったのである。
******
二年後――
クラウン敗北が必至の状況の中、同国は、
【既にシリウスは、
クラウンの愛国者に育っている。
同国に有利な終戦条約を結ばなければ、
シリウス自身が、
ツヴェルフェトを滅亡させる神通力を発動する。】
と通達してきた。
千年に一度と謳われるシリウスの神通力は、
ツヴェルフェトを殲滅させるに十分な強大さ――
そして、彼には他の十一支の神通力は無効――
一時、ツヴェルフェトはクラウンの要求を飲まざるを得ないかと思われた。
しかし、ここにきてようやく、
二年間探し続けたシリウスの居所が判明。
十一支の王たちによる、決死の救出作戦が行われた。
そして、地下牢に到達した王たちが発見したのは――
全身傷だらけでやせ細り、
今まさに、おぞましい虐待の最中にいた、
あまりにも悲惨な……
――惨いシリウスの姿だった。
――シリウスを奪還されたクラウンは、完全に敗北し、滅亡した。
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クラウンから帰還した七歳のシリウスが、
初めて発した一言は
「就任式はいつだ?」
だった。
十一支は耳を疑ったが、
その理由はすぐに判明した。
誘拐されていた二年間も、
シリウスはツヴェルフェト王国、自身の立場など全てを覚えており
(クラウンへの愛国心が育ったというのは虚偽だった)、
天賦の頭脳も失われていなかった。
しかし、シリウスの感情は、完全に失われていた。
シリウスは、
虐待の苦しみも、
帰還した喜びも、
「感情」と名の付くものは全て感じなくなっていた。
だから、二年前に途切れた自分の役割を、
淡々と続けようとしたのである。
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少年大王は、驚異的な回復力により、
健康な肉体を取り戻していった。
彼は、「失われた」二年間が「失われていなかった」かのように、
勉学や剣技を極め、
さらに、大王の執務も着実にこなした。
しかし、何年経っても、
少年大王の感情は戻らなかった。
美しいもの、楽しいもの、可笑しなもの、美味な料理、人々の気遣い、敬愛……
どのようなものも、少年大王の感情の再生には、
何一つ役立たなかった。
神鼠は、多種多様な神通力を使えるが、
最も得意とするものは「記憶」の操作。
人の脳に、虚構を記憶させることもできれば、
重要なことを忘却させることも自在にできる。
さらに、シリウスの神通力は、
「千年に一度」の威力。
広範囲の人間を一挙に廃人にすることも、
狂戦士にすることも可能であるだけでなく、
その対象は人のほか動物にも及ぶ。
この神通力が暴走したとき、制圧することはおよそ不可能。
十一支の王たちは、
シリウスが国家や国民を「害する」野獣ではなく、
「守る」神獣となるよう、
その教育に力を注いだ。
しかし、感情を失った人間が、
その死に至るまでの長期間、強大な力を正しく使いこなすことは困難。
少なくとも、国家、国民にとってあまりにも危険だ。
王たちは、あらゆる手段で、
シリウス大王の感情を戻そうと試みたが、
いずれも功を奏さないまま、幾年も年月が流れていった。
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ここで、十一支は一つの計画を立てた。
それが、
猫族による感情の再生計画。
古の、神の山ゴテスベルクへの登頂レースのとき、
猫族の王は、
神鼠の祖となる鼠の謀により参加できず、神獣になり損ねた。
このため、猫族と神鼠は、不思議な属性を有している。
猫族は神鼠に激しい憎悪と食欲を抱く。
猫族は神鼠を捕食する。
神鼠は猫族を極度に恐れる。
神鼠の神通力は猫族に効かない。
この属性を逆手にとって、
シリウスに「恐怖」という感情を呼び起こし、
これを端緒に感情を再生するのが、
今回の計画なのだ。
シリウスが殺害される可能性は否定できない。
しかし、仮にそうなったとしても、
この国には、必要なこと、なのだ。
感情が復活せず、神通力を操れないような神鼠であれば、
――次世代に神通力を継承することが、
――その究極的な務めだから。
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猫族の継承者…
うなじに猫族の刻印「١٣」を持つ者の探索がはじまった。
猫族は、二百年前の神鼠テレシウスの
猫族王エーレント処刑と「猫族狩り」により、
絶滅したと言われている。
生き残りの探索は難航した。
事態が動いたのが、今年……鼠年の大晦日。
鼠年の大晦日は、
「猫族狩り」で犠牲になった猫族の鎮魂を祈り、神獣と同等に祀る、
十二年に一度の「猫の聖祭」の日でもある。
探索の神通力を展開していたシリウス大王が、
ツヴェルフェト大学の建物上部に、「光る違和感」を感じたという。
即座に探索部隊が投入され、神牛ロベルトも街に向かった。
そこで……
――行き倒れた、
うなじに「١٣」の刻印をもつ、
少女リヒトが発見されたのである。
…………
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