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【第一章完結】十二支の王たちの 禁じられた幸せ…先に幸せになった者に待つのは?

挿絵(By みてみん)


首都ディモイゼから、俺が治める神猿(しんえん)スクリーチ州、レンが治める神鶏(しんけい)コルリ州、神犬(しんけん)ペンブローク州の各州までは、馬で数日かかる。


犬族と猿族の仲が悪いため、いつも、鶏族の隊列を挟んで、十二支会議からの帰路を進む。

今回もそうだ。


俺は騎乗し、レンとクロエは一緒の馬車に乗っている。

というより、俺が毎回、レンをお嬢の馬車に蹴り込んでいる。


もう20も超えているのに、レンの奥手ぶりは、まるっきり深窓の御令嬢。

さっさとその眼鏡を(いき)に外して、整ったお顔をお嬢に近づけて、

既成事実の三つや四つ作っちまえと、心底思っていた。


************


昨晩、シリウス様がリヒト嬢に襲われて大怪我をしたことは、十二支のみが知っている。


リヒト嬢の処遇については、彼女自身の希望で、十二支にも秘匿されるとのこと。

……おそらく、自分から大神殿を去ったのだろう。


「決して探してくれるな…ってことか…」


俺は薄雲がかかった空を見上げた。

あの素敵な「ネグリジェの天使」は、シリウス様の感情を取り戻してくれた。


出立の前、我々十二支の前で、

あの方は、感情の再生(リザレクション)計画は完了したことを宣言した。


顔の半分は布で覆われていたが、常よりも堂々として、張りのある姿が、

かえって、あの方の壮絶な苦しみを俺の心に突き付けた。


俺は、俺ですら、絶対に思い出さないようにしているあの光景を、

今、敢えて、眼前に思い出した。


誘拐戦争が始まって2年後、

あの方が幽閉されている部屋を開けたとき、

数匹の糞野郎に囲まれて、

どちらにも突っ込まれ、まさに虐待されていた最中のあの方の悲惨な姿を。


畜生…!畜生…!!…畜生!!!


どうして?…あの方に悲劇が起こる?

どうして?…あの方はあんなにも真摯に生きているのに?

どうして?…あの方は幸せになれない?


俺は図らずも神を呪った。

神の御業に何か意味があるとしても、あんまりじゃないか…


****************

雲が広がってきたようだ。

俺はベルトに挟んだ手紙を見やって、鼻からフゥと息を吐いた。


「葉巻吸いてぇなあ…」


*****************

昨晩の晩餐会、ツムギに誘われてテラスに葉巻を吸いに出た。


ツムギは、ロベルト様、ファリス、オスカーと共に、あの方を救出するときに、共に戦った十二支の王。

気の置けない友人だ。


葉巻に火をつけ、口の中で煙を転がす。

煙を優しく吐き出しながら、ツムギは言った。


「クロエはいよいよ可愛くなったわね。そう思わない?」

「そうだな、あんよが上手になってきた。」

「またそんな…もう立派な女性よ。」


ツムギは俺をチラリと見た。


「分かっているんでしょ?クロエの気持ち。」

「ハッ」


俺は煙を吐き出した。


「元婚約者の子供なんか抱けるか。」

「それは言い訳よ。…ねえ…私、シリウス様が大好きなの。アダムもでしょ?」

「当たり前だろ。食べちゃいたいね。」

「だからこそ…私たちみんな、囚われてる。

…シリウス様が幸せになれないのに、自分たちが幸せになっちゃいけないって。」

「…」

「ねえ、ツヴェルフェト各地で、妙な動きがあるのは知ってるでしょ。」

「ああ…『各州独立運動』ってやつだろ?」

「そう…」


ツムギはゆっくりと煙を吐き出した。

煙が尾を引いてテラスから流れていく。


「…この国では、王の命は余りにも軽いわ。」

「生贄、かつ、捨て駒だからな。」

「だから…アダム、せめて、幸せになろうよ。明日からでも。

クロエは、あの子は本当にいい子よ。

貴方を幸せにして、自分も幸せになる力がある。」

「おい、幸せ云々はアンタもだろ?アンタは…」


しかし、葉巻を灰皿に置いて、ツムギは席を立った。


「アダム…お願いだから。」


テラスに残された俺は、煙の中で、ツムギが去っていく背中をぼんやり見送っていた。


***************


大神殿を出立するとき、何やら青ざめたクロエお嬢がやって来て、

俺にコッソリ手紙を渡したときは、ハハンと思った。


ツムギは知っていたのだ。お嬢が俺に告白することを。

まったく、お人よしが過ぎる。


馬上で封筒を開けると、黄色いハンカチと青いハンカチと共に、手紙が入っていた。


「貴方のことが好きです。

私のことを好きになってもらえるよう頑張りたいので、

少しでも、お試し期間をもらえませんか。

承諾してもらえるなら、貴方がスクリーチ州に向かう岐路のところで、

黄色いハンカチを私に振ってください。

どうしても駄目なら、青いハンカチを振ってください。」


お試し期間とは、お嬢も考えたもんだ。

いや、ツムギの入れ知恵か?あるいは、あの賢そうな猫族の…?


いつもは長い道のりも、今回はあっという間だった。


***

俺たちは、猿族がスクリーチ州に向かう岐路に到着した。

ここから、猿族は離脱し、鶏族と犬族がさらに西に向かうことになる。


隊列が止まる。

俺はポケットに入れていた一枚のハンカチを取り出し、拳に握った。


俺が馬から降りる前に、クロエが馬車から飛び降りるのが見えた。

気の早いお嬢さんだ…

ずっと馬車でソワソワしていたことを想像すると、思わず笑いが出る。


坂の上から、クロエが俺に大きく手を振る。


「アダム!!早くして!!」


自分の言葉が可笑しかったのか、クロエは満面に笑みを広げた。

…それは、元婚約者オフィーリアとは違う、一人の女性の顔だった。


「絶対、私、頑張れるから!!!

一緒に家に帰ることが嬉しいって…」


突如、

数本の矢が、手を振るクロエを貫いた。

誰もが、アッと叫ぶ間もなかった。


「神路開門! 神通力 猿臂捕縛(えんぴほばく)!!!」


俺は矢が来た方向に神通力を発出し、

「あっちで動けなくなっている犯人を捕まえてこい!!!」と衛兵に指示して、

全力でクロエのもとに走る。


既に馬車から転がり出たレンが「クロエ!クロエ!!」と叫びながら抱き起こしている。


クロエは、何とか顔を起こし、自分を貫く矢を見たが、


「嘘…アダム…」


と呟く。

涙を一筋流し、ドッとレンの腕の中で力を失った。


「クロエ!!!」


俺は、レンからクロエを抱き取ろうとして、声にならない呻き声を上げた。


矢には、クロエが最期に見た矢には、

俺の…神猿(しんえん)の紋章が入っていたのだ。


俺は、クロエの頬を叩き、肩を必死に揺らした。


「おい、目をもう一度開けろ!!!これを見ろ!!!」


俺は握っていた黄色いハンカチをクロエの目の前に持ってきて、必死に叫んだ。


「死ぬなら、せめてこれを見ろ!クロエ!!クロエ!!!」


クロエはもう動かない。

俺と共にクロエの名前を叫んでいたレンが、矢に目をやってピクリと止まった。


神猿(しんえん)の紋章…?」


レンが俺に猛然と飛び掛かった。


「貴様!貴様!!貴様!!!絶対許さねぇ!!!!!」


レンは左手を空に突き上げ、右頬の刻印を爪で搔きむしりながら叫んだ。


「神路開門!!!!!神通力…」


俺はレンを殴り飛ばした。


「俺じゃねえ!!!!!誰かが、俺の紋章の矢を使ってるんだ!!!」

「この野郎!!!死ね!!!!」


レンは俺に飛びかかって馬乗りになった。

俺を殴ろうとして…

…そのまま激しく泣き出した。


「俺に、お前の神通力をかけろ。逃げ出せなくなるやつを!

それで、俺をディモイゼに連れ戻せ。

シリウス様なら、俺に真実を話させる神通力を持っている。

そこで俺の無実は証明される。」


俺は、衛兵が連れてきた、捕縛された数人の男たちを指さした。


「アイツらも同じようにしろ。」


レンは震える声で詠唱した。


「神路開門 神通力 鳥籠(とりかご)


一瞬、幾つもの格子が俺を囲うが、すぐに見えなくなった。

これで俺は、レンが神通力を解くまで、絶対にレンから逃げ出せない。


「なあ、最後に、クロエに声を掛けさせてくれ。頼む。」


レンは黙っている。

俺はクロエに近づいた。


「おい、人生の最後のページで見るものがよ…

好きな男が自分を殺した印なんて、あんまりだろ。」


半眼を開けて永遠に動かないクロエの目の前に、

落とした黄色いハンカチを近づけた。


「よく見ろ。クロエ、ほら…

今からはじめようぜ。お試し期間をよ…な?

だから…目を開けな?」


俺は唇を噛みしめた。

クロエの目をそっと閉じてやると、黄色いハンカチを顔に掛けた。


「このハンカチを掛けてやっておいてくれ。頼む。」


衛兵が俺の腕をとって、馬車の方に連行する。

俺はもう振り返らなかった。


幾つもの幾つもの矢が、俺の心を貫いている。

俺はもう何も考えられない。


猛烈な吐き気に襲われて、

衛兵の手を振り払うと、道端に激しく嘔吐した。…


**************

ツムギは、馬車に揺られながら、

「伝令」が到着することを今か今かと待っていた。


なんのかんので、きっと、アダムはクロエを受け入れる。

去っていったリヒトさんにも、きっといつか会える。


その時は、アダムを外にほっぽり出して、

三人で、ワインで乾杯して、糖人参を食べさせ合おう。


ツムギは空に広がる雲を見ながら、

明るい未来を、皆の幸せを、自分に言い聞かせた。



(第一章完結)


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