貴様が私を許さないから――
何もかもが、頭と胸の中で渦を巻いている。
さっきの僕はなんだ?
離れ離れの三年間に鍛えた身体で、
獣化したリヒトさんに対抗したまではいいが、
そのあとは凍り付いて、リヒトさんを命の危険にさらしてしまった。
――僕自身が!!!!!
そして、木偶の坊のように立ったまま、
まともなことは、一言もエーレントに言えなかった。
リヒトさんに、【男として好かれたい】?
それどころじゃない。
こんなことでは、リヒトさんが、
僕のことを【男として見てくれる】ことすら難しい。
……さっき、僕が、テレシウスに変化していたら、どうなったんだろうか。
テレシウスなら、「ハッ!」と言いながら、
堂々と胸を張って、エーレントとのやり取りを愉しみそうだ。
僕は思わずつぶやいた。
「テレシウス……さっきみたいなときこそ、出てこればいいじゃないか…」
一度つぶやくと、意外と平気になって、もう少し大きな声を出した。
「なぜ出てこない?
『地獄でエーレントにあわせる顔がない』と言っていたな?
……本当は、自分が処刑したエーレントに会いたいんじゃないのか?」
その途端、僕の心臓が引きちぎられるように痛んだ。
テレシウスだ。
僕は、拳を握りしめ歯を食いしばった。
「ここは地獄じゃないが、会えばいいじゃないか。
僕の身体を貸してやる。」
(――ハッ…私は会わん。)
「エーレントは……何なんだ、あの男は?
僕は、リヒトさんを盗られそうだ。」
(ハッハッハッハッ!!!!!!)
頭の中で、驚くほどテレシウスが笑っている。
(おい、貴様、それを認めるのか?
ハッハッハッハッ!!!!)
「だって…どう見ても、そうじゃないか。
あんな魅力のある男に言い寄られているんだ。
…見た目も良くて…」
(見た目?
あのチビガキが?
ハッ、実物は、もっと良かったぞ!)
「エッ!?そうなのか?」
僕は起き上がって、急いで机の本をめくり、
【二百年前の悲劇の王エーレント】という絵が載っているページを開いた。
「見ろ。僕たちが教えられているエーレントは、これだ。」
(ハーッハッハッハッハッ!!
最高だな!!
エーレント!!!
貴様はこうなったぞ!!!
ざまを見ろ!!!
ハッハッハッハッ!!!)
大笑いするテレシウスの言葉が、僕の胸を刺した。
その声に……あまりにも親愛が、溢れていたから。
親友同士で肩を組んで笑い合うような…
僕はテレシウスに言う。
「さっき、『猫族好きのバカと女を漁った』と言ったとき、
エーレントは、僕を…悲しそうに見た。
――すごく寂しそうに…」
テレシウスはピタリと笑いを止めた。
「その『バカ』は
――お前じゃないのか?テレシウス…」
その瞬間、僕の心臓は飛び上がるほど締め付けられた。
やはりそうなのか…
二百年前、猫狩りをした残虐王テレシウスと処刑された猫族の王エーレントは…
これほどまでに、
それほどまでに、
――友と友の間柄だったのだ。
******
実際にそうと分かると、僕の心は行き場を失いそうだ。
僕は、猛烈にリヒトさんに会いたくなった。
このことをリヒトさんに、今すぐ話したい。
何に困惑しているのかも分からないけれど、
ただ、今は、手を繋いで、刻印を寄せ合って、
ギュッと抱き締め合って、共に道に迷ってほしい。
しかし、僕は、一度目を強くつぶると、言葉を続けた。
「テレシウス…
エーレントの復活と、お前の出現は何か関係があるのか?
いや、関係ないわけがない。
何か術を行ったのか?
鼠の怨霊にでもなって、エーレントがいつか復活したときに…」
(五月蠅い。ガキは早く寝ろ。)
「…分かった。今は寝るよ…」
その瞬間、僕は、自分の言い出した約束を思い出した。
「ランチは…どうなるんだろう…」
(女々しい野郎だ。約束を守らん奴は死ね。)
僕は、鼠族のテレシウスを友としていた、エーレントの気持ちが分かる気がした。
男らしく、
清々しく、
優しい。
濡れたタオルで頭や体をゴシゴシ拭いて寝台に向かったが、
ふと思いついて、先ほどの書物をめくった。
「テレシウス。」
(なんだ。)
「…こっちの絵が、お前だ。」
僕は、「猫狩りを行った暴君 虐殺王テレシウス」と書いた絵を指さした。
(…ああ?…なんだ。つまらん。)
「似ているのか?」
(ハッ!!そっくりだ!!!)
思わず僕は吹き出した。
「そうなのか!エーレントは似てないのに?」
(ハッ!ざまあ見ろ、エーレント!!)
やけに嬉しそうだ。
僕は寝台に転がった。
まだ2,3時間は寝られそうだ。それで十分。
僕はすぐにウトウトとし始めた。
眠りに引きずり込まれる瞬間――
遠くの方で、テレシウスの声がした。
「ざまを見ろ…
…貴様が…
…私を…
許さないから…だ…」
******
僕は気持ちの良い朝日を感じて、パチリと目を開け、
しばらくあれこれ思い出していた。
そうだ。
何はともあれ、リヒトさんは生きている。
生きて、僕のそばにいる。
僕は…
僕こそ、
その幸せを忘れちゃだめだ。
僕はベルを鳴らすと、すぐに風呂に向かう。
風呂には、やけに良い香りの花びらやなんかが浮かべられている。
朝の予定で会う人物が、こういった香りが好みなのか?
まあいい。
僕の風呂場からは、空が見える。
ああ、気持ちがいい。
この香りもいい。
もじもじ僕を見上げるリヒトさんみたいだ…
結婚したら、この浴槽から、二人で空を見て…
一瞬で僕の耳に火がともる。
こういうことをすぐに考えるから!僕は!!!
しかし、僕の手は、すかさず、
彼女の胸の感触をありありと思い出した。
…そういうわけで、僕は、この場では、衝動に抗うことを、
すっぱりと観念することにしたのだった。
…




