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神鼠の大王は猫を愛せない  作者: むちゃろこうじ
第Ⅰ章 神鼠の感情再生計画
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プロローグ 猫の少女に恋をした

――僕は、13歳の大晦日(シルヴェスタ)の夜、

――僕を食べようとする猫の少女に恋をした。



僕は、ツヴェルフェト王国の大王、

シリウス・ソイリ。

神通力を与えられた、十二支の【神鼠(しんそ)】。

 

神は定めた。

猫は神鼠を食らい、

神鼠は猫を恐れる。


猫と神鼠は、

一緒に()()()()()運命。


それでも、必ず、彼女と共に生きる。


彼女と殺し合うことになっても。

神の摂理を変えてでも。


僕は、彼女と共に、運命に勝つ。



*******


「『エクウスの俊才』が見る影もないな。」


学友の嘲笑が耳に響く。


――私は、神馬しんばエクウス州高等学院の、

最優秀成績者だった。


数名の学友と共に、国内随一のツヴェルフェト大学に推薦され、

希望に胸を膨らませて上京したのが、今年の春。


しかし、上京後の最終試験で失敗し、

今は、「窓際」学部に在籍している。


「高等学院じゃ、色目でも使ってたんだろ。」


「ああいう風になりたくないねぇ。」 


「行こうぜ、『窓際』が伝染(うつ)る。」


毎日浴びせられる学友たちの嘲笑。

私を餌にした優越心。


――故郷、エクウスには母がいた。


母子家庭で親類もなかった。

母は、私を学校に通わせるため、

どれほど苦労しただろう。


孤独で、心が壊れそうな毎日……


でも、母のために、

来年は上位学部に転部しようと、

歯を食いしばって勉学に励んでいた。


しかし、その母が、

一か月前に病死。


私は、母に恥をかかせたまま、

母の死に目にも会えなかった。


*****


大学がある首都ディモイゼは、

とにかく空気が合わない。


上京してから、

心身共にひどく不安定になっている。


ツヴェルフェト王国の大王がいる大神殿などは、

見るだけで吐き気がするほどだ。


「首都ディモイゼそのものに原因がある。」

思わず、そう考えてしまう。


でも、そんなことあるわけがない。

うまくいかない人生を恨んで、ディモイゼに八つ当たりしてはだめだ…………


しかし、母が世を去った頃から、

不調は明確になった。


――憎悪のような感情に取りつかれて、目まいがする。


――常に空腹で吐き気がする。


――金輪が嵌められたように、頭がギチギチと痛む。


――うなじは焼けつくように痛くて、痒い。


冬の長期休暇に入る頃には、

私は頻繁に大学を休むようになっていた。


****


大晦日(シルヴェスタ)の夕暮れ……

ツヴェルフェト大学には人影もない。


私は、高い塔の屋根によじ登り、

ドーマーに頭をもたせかけて、街の光を遠く眺めていた。


高くて、狭くて、誰もいないこの場所は、

多少なりとも私を落ち着かせてくれる。


ふと空を振り仰ぐと、鼠色の雲が空に広がり、

ゆるゆると雪が舞い降りてくる。

随分冷えてきた。


あと数時間で訪れる新年に向け、街並みに光が満ちていく。


私はブルリと身震いすると、

屋根をするする走り、ポプラの大樹を伝って地面に降りた。


食堂は閉鎖され、寮の自室には食料もない。


やむを得ず街に向かうが、

案の定、妙な憎悪の感情が沸き起こり、激しい目まいが襲ってくる。

それでも、笑いさざめく人混みを縫って何とか食料を調達した。


――しかし、もう限界だった。


大きな橋の中央で、とうとう歩くこともできなくなった。


呼吸が苦しい、

動悸が激しい、

声が出ない、

うなじが痛い、

光と音楽に満ちた街で、

ぼろ雑巾のような私に気づく人はいない。


急に目の前に止まった馬車と、背の高い人影の映像を最後に、


――私は意識を失った。


****


意識を取り戻した私が目にしたのは、豪華な天蓋だった。


私が身を起こそうとすると、低く穏やかな声が聞こえた。


「お気づきになりましたか?」


そこには、背が高い男性が佇んでいた。


「貴女は橋の上で倒れたのです。

私たちがここにお連れしました。

少し治療もしています。」


「あ、ありがとうございます……

おかげさまで楽になりました。

あの……ここは……?」


「大神殿です。」


「大神殿!?」


思わず飛び起きた。


「調子が戻られたようで、何よりです。

では、今から謁見に参りましょう。」


「謁見…?」


「…ああ、申し遅れました。

私はトロス王の神牛しんぎゅうロベルトです。」


「トロス王!!」


私は飛び上がった。


その男性の高雅な佇まいは、

私に一点の疑いも抱かせなかった。


「大変…大変失礼いたしました…

私はエクウス州出身、

ツヴェルフェト大学に在学中の、

リヒト・ネコミヤと申します…」


「こんな状況です。気楽にしてください。

それより参りましょう、さあ…」


ロベルト様にいざなわれ、

私は、驚きが冷めやらず、状況も飲み込めないまま、部屋を出た。


*****


ロベルト様は、荘厳な空気の廊下をしばらく歩き、

巨大な扉の前でピタリと立ち止まった。


私は、ロベルト様の引き締まった背中にしたたかに顔をぶつける。


「さあ、こちらが謁見室です。」


私が何を言う間もなく、

ゆっくりと扉は開いていった。


しかし、扉が開くにしたがって、

私は、未だかつてない激しい憎悪と食欲が、

体中を走り回るのを感じた。


この憎悪と食欲は、間違いなく、

奥にある玉座の前に立つ人物に向けられたものだ。


そこにいたのは、一人の少年。


薄暗い部屋にもかかわらず、

銀髪とアクアマリンの瞳が、

恒星のように光り輝いている。


もちろん、一度も会ったことはない…


が…

コイツが憎い、

コイツを食いたい、

憎い、食いたい、憎い、食いたい…


もう何も考えられない!


衝動に…

全身が戦慄くほどの衝動に突き動かされる!

このままでは…

このままでは!!!!!


理性と本能が、

たけり狂う波と岩のように激しくぶつかり合う。


しかし、膝から崩れ落ちると思った瞬間、

その少年の瞳と私の獰猛な視線がかち合った。


理性は完全に吹き飛んだ。



私は天井近くまで跳躍すると、

そのまま少年に飛び掛かり、

その美味そうな首元にかぶりついた。


吹き出す血を味わうと、

これまで積もり積もった憎悪と食欲が満たされる。


私はこれを求めていたのだ――


強烈な悦びが体を貫く。


憎い、

食いたい、

食らい尽くしたい――――!


少年は硬直して全く動かない。

無我夢中で彼にむしゃぶりつこうとする。


しかし、さらなる味わいを得る前に、

衛兵たちが、私を少年から引き離した。


次の瞬間、重い衝撃を食らった私は、

本日二度目の意識消失を経験することとなった。


****


ハッと目を開けると、先ほどと同じ天蓋が見える。


私が、少年を襲い、首元に嚙みついたのは…

夢だったのか…?


ふと口元に手をやると、

何かがこびり付いている。


舐めると鉄のような匂いが鼻に抜け……


私は飛び起きた。


私の服には血が飛び散っている。


夢ではない!

…あれは、夢ではない!!


私は、少年を襲ったのだ。

首元に噛みついたのだ。

血が噴き出ていた。


あの子は、死んだのではないか?


全身が氷のように冷え、

自分の首を絞めるように引き掴んだ。


エクウスでの勉学の日々、

嘲笑われながらも、

必死に過ごしたツヴェルフェト大学。


必死に知性と理性を磨いてきたのに、

結果は、知性も理性も何もない。


――狂気によって、罪のない少年を殺したのか…?


美しい銀髪とアクアマリンの瞳が脳裏に浮かぶ。


喉の奥がカサカサに乾いて、

氷水を浴びたように震えが止まらなくなった。


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