静動
聖騎士団支部の会議室。
重厚な扉が閉じられると、外の喧騒は遮断され、室内は研ぎ澄まされた沈黙に支配された。
円卓を囲むのは、選りすぐりの団員のみ。
「本日の議題は——各国の教育機関で発生している、結界石の破壊と生徒の行方不明。
このふたつの事件の、関連性についてだ」
静かに口を開いたのは、聖騎士団支部長だった。
形式張った前置きはない。
それだけ、この話題が“表に出せない”ものである証だった。
「ムスタファ殿下、ご報告を」
促され、ムスタファは静かに頷いた。
「近頃、各国の教育機関において、結界石の破壊が相次いでいることは、皆様も既にご存知かと存じます」
落ち着いた声で、言葉を選ぶ。
「現在のところ、結界石の破壊と、生徒の行方不明事件との明確な因果関係は確認されておりません。
しかし——結界石の破壊後、一定期間を経て行方不明事件が発生している可能性が、いくつかの事例から示唆されております」
室内を、微かなざわめきが通り抜けた。
誰も声を上げない。だが団員たちの視線に鋭さが増す。
「先日、ガルシアにて結界石の破壊が確認され、その数ヶ月後、生徒の行方不明事件が発生しています。
また、ランデュートへ赴いた際、ダウサリーにおいても、生徒の行方不明事件が起きているとの情報を得ました。
さらに同地では、その数ヶ月前に結界石に異常が確認されていたことも判明しております」
ムスタファは、卓上の資料へ視線を落とす。
「その後、聖騎士団支部の協力の下、調査範囲を拡大した結果——
結界石の破壊が報告されていた他の学園においても、同様に行方不明者が発生していることが判明いたしました」
沈黙が落ちる。
やがて、年長の騎士が低く言った。
「複数の学園で、似た時期に同様の事件が発生している……。
偶然と片付けるには、符号が揃いすぎていますな」
別の年長の騎士が、慎重に口を開く。
「ですが、敵の正体も目的も見えぬ上、結界石の破壊そのものを公にできないとなれば、対策は極めて困難でしょうな」
支部長は、ゆっくりと頷いた。
「だからこそだ」
鋭い視線が、団員たちを見渡す。
「我々に今できるのは、内密に敵の正体と目的を探りつつ、
行方不明事件を未然に防ぐことだ」
短く、明確な指示が続く。
「結界の定期巡察。
巡回経路の見直し。
過去を含めた報告書の再精査」
そして——
一拍。
「学園周辺における不審な動きを徹底的に洗い出せ。
出入りする業者や、結界付近をうろつく者の動向は、重点的に把握しろ。我々は外側から、学園を徹底的に守り抜く」
「はっ」
団員たちは、一斉に頷いた。
⚜️⚜️⚜️
「以上だ。解散」
支部長の閉会の辞とともに、椅子を引く音が重なった。
重苦しい沈黙を背負ったまま、団員たちが次々と会議室を辞していく。
ムスタファもまた、手元の資料をまとめ、立ち上がろうとしたその時だった。
「ムスタファ殿下、少々よろしいでしょうか」
呼び止めたのは、支部長だった。
彼は他の団員が退出するのを待ち、扉が完全に閉まったのを確認してから、ムスタファの傍へと歩み寄った。
「支部長、何か?」
ムスタファが問い返すと、支部長は険しい表情のまま、声を潜めて切り出した。
「他国での前例を鑑みるに、敵の狙いは生徒と見て間違いないでしょう。
結界石が損傷した際、一時的に学園の防護は無防備となる。
その隙に乗じて侵入し、生徒を誘拐、あるいは殺害した可能性が高い」
「……私も同感です。
敵の狙いが生徒であるならば、教職員、あるいは出入りの業者など、疑われにくい姿で潜伏している可能性があります」
「左様でございます。そこで、殿下——」
支部長は鋭い光を宿した瞳で、ムスタファを真っ直ぐに見つめた。
「教職員名簿の、徹底的な洗い直しをお願いしたく存じます。
結界石の異常が確認された時期から現在に至るまで——新規に採用された者、休暇から復帰した者、配置換えがあった者。それらすべてを網羅した上で、精査していただきたい」
「学園内部の人間を洗う、ということですね」
「仰る通りです。
我ら聖騎士団が露骨に動き回れば、敵に警戒を与えるだけでしょう。
ですが、学園に籍を置く殿下や、殿下の信頼のおける者であれば——教職員の細かな動向や、日常の些細な違和にも自然と気づくことができる」
ムスタファは支部長の意図を察し、深く頷いた。
聖騎士団という外圧ではなく、学園という組織の内側から膿をあぶり出す。その適任者が自分であることを、彼は冷静に理解していた。
「承知いたしました。学園の内側は、私が引き受けましょう。不審な点が見つかり次第、速やかにご報告いたします」
「お願いいたします。……敵は、我々のすぐ隣で、生徒たちに微笑みかけているかもしれませぬゆえ」
その言葉は、冷たい警告となって会議室の空気に沈んだ。
ムスタファは翻した外套の裾を揺らし、密かな使命を胸に、静かに部屋を後にした。




