新入生歓迎会前
入学式典から一月後。
今日は新入生歓迎会のため授業はなく、生徒たちは朝から準備に追われていた。
「そのドレス、素敵ね」
「ありがとう。マダムルージュの新作なの」
「まぁ、ルシファニア王室御用達の……羨ましいわ」
女子寮のロビーでは、色とりどりのドレスを見せ合いながら、少女たちが目を輝かせて笑い合っている。
「……はぁ。行かないという選択肢は、無いのかしら」
その光景を少し離れた場所で眺めながら、ジャミーラは深いため息を落とした。
⚜️⚜️⚜️
男子寮のロビー。
高い天井に声が反響し、笑い声があちこちで弾けている。
数人の新入生が、興味津々といった様子で噂話に花を咲かせていた。
「なあ、もうダンスパートナーは決まったか?」
「一応な。ギリギリでさ……本当に焦った」
「まじか。良かったじゃないか」
「こういう時、婚約者がいるやつはお気楽でいいよな」
「それな。相手探しで走り回らなくて済むし」
「そういえば聞いたか?ランデュート王国第二王子の婚約者、入学したらしいぞ」
その一言に、近くを通りかかった青年——
ランデュート王国第二王子の側近、ライルは思わず足を緩めた。
「え、ランデュートって家庭教師が主流だろ?」
「だよな。わざわざ学園に来るなんて珍しくね?」
「噂じゃ、婚約者を追いかけてきたらしいぞ」
「まじかよ」
「すげぇよな。“魅惑の悪魔”はやっぱ違うわ」
「……魅惑の悪魔?」
首をかしげる新入生に、別の男子生徒が得意気に言う。
「知らねぇのか? ランデュート第二王子の異名だよ。
あの国の民が“悪魔の民族”って呼ばれてるのは知ってるだろ?」
「そういや……髪の色も瞳の色も、伝承にある魔族そっくりだもんな」
ライルは小さく眉を寄せ、胸の奥に拭えないざらつきを覚えた。
「それに第二王子は、すげぇ美形でさ。
見る者を惑わす悪魔って意味で、“魅惑の悪魔”。昔からそう呼ばれてる」
「でも、王族に向かって無礼じゃないか?」
「関係ねぇよ。
あの王子、追放された身なんだって。
王妃も処刑されて、後ろ盾も何もないらしいぜ」
「……そりゃ、悲惨だな」
品のない笑いがロビーに響く。
赤い瞳をわずかに細め、
ライルはまっすぐ男子寮の奥へと向かう。
長い廊下を進むたび、喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
その歩みに合わせ、漆黒の髪の奥で編まれた一房が静かに揺れた。
目的の部屋の前で足を止め、扉を叩く。
「入れ」
低い声に応じて扉を開けると、鏡台の前に立つ漆黒の髪の男——ムスタファが、ゆっくりと振り返った。
「なんだ、ライルか」
「うわぁ、その反応ひどいですね?
愛する従者が迎えに来たんですよ。
他に誰か、お待ちでした?」
わざとらしく肩を落としてみせるが、ムスタファの表情は微動だにしない。
どうやら“待っていた相手”は、まだ来ていないらしい。
「……その外套は何だ」
「え?」
「今日は歓迎会だ。着崩すな」
ライルは自分の肩を見下ろす。
外套は肩から半分落ち、襟元は無造作に開いている。
袖先も長く、ひらりと揺れていた。
「いやぁ、これくらいの抜け感がですね——」
「直せ」
低い一言。
「お堅いなぁ。これでも一応、正装ですよ?」
「一応、では困る」
溜息まじりに言い捨てられ、ライルは肩を竦めた。
「はいはい。王子殿下の品位に傷がついてはいけませんもんね」
「そうだ」
即答。
「……否定しないんですね」
ぶつぶつ言いながら、外套を整える。
「支度は、お済みのようで」
正装に包まれた引き締まった体躯。
くせのある漆黒の髪の奥、後ろへ流した髪の間から細く編んだ一房が覗く。
彫りの深い美貌。赤い瞳が静かに光を宿している。
“魅惑の悪魔”。
そう呼ばれる所以を、否応なく思い知らされる。
ふと、周囲を見渡す。
「あれ、アルは?」
「まだ戻っていない」
短い返答。だが、それだけで十分だった。
(……やっぱり、待ち人はアルか)
同じ側近のはずなのに——
胸の奥が、わずかにざわついた。
「そこに座っていていい。アルが戻ったら向かう」
促されるまま椅子に腰かけると、室内に沈黙が落ちた。
壁に掛けられた振り子時計の音だけが、規則正しく時を刻んでいる。
その間が苦手で、ライルは話題をひとつ投げる。
「そういえば、ジャミーラ・シャマル様が無事にご入学されたそうですよ」
「ああ」
興味の欠片もない返事。
「殿下は、お会いになったことは?」
「ない」
「……絵姿くらいは?」
「見ていない」
「…………」
ライルは思わず目を瞬いた。
(まじですか……)
政略婚とはいえ、婚約者の顔すら知らないとは思わなかった。
「仮にもご婚約者なのですから、少しくらい興味を持たれては?」
「必要がない」
即答だった。
ライルは額を押さえる。
「せめて新入生歓迎会では、仏頂面だけは隠してくださいね。
場が凍りますから」
ムスタファは何も答えない。
——ほんのわずか、眉が動いた。




