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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
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親心

応接間には、穏やかな空気が流れていた。


茶が運ばれ、形式的な挨拶が交わされる。

当主の言葉も、ムスタファの返答も、いずれも非の打ち所のないものだった。


名門らしい、整いすぎた応対。

——それゆえに、わずかな違和感だけが、静かに浮き上がっていた。


一通りの社交辞令が落ち着いたところで、

ムスタファはゆるやかに視線を上げた。


「シャマル侯爵」


呼びかけは、あくまで穏やかだった。


当主が応じる。


「はい、殿下」


「少々、気になる話を耳にいたしました。

お伺いしてもよろしいでしょうか」


柔らかな物言い。

だが、その一言で空気がわずかに張り詰める。


「……何でございましょう」


当主の返答もまた、丁寧だった。

だがほんのわずかに、慎重さが混じる。


ムスタファは一拍置き、言葉を選ぶように続けた。


「近頃、ご令嬢の外出をお控えさせておられると伺いましたが」


その瞬間。

——空気が、静かに冷えた。


当主の視線が、ほんの一瞬だけ揺れる。


「その理由を、お聞かせ願えますか」


声音は変わらない。

穏やかで、丁寧なまま。


だが——

逃げ道だけが、静かに塞がれていた。


当主は、すぐには答えなかった。

代わりに、隣に座る夫人が静かに口を開く。


ランデュート特有の漆黒の髪は、艶やかに結い上げられている。

深紅の瞳は穏やかに細められていたが、その奥には揺るがぬ強さが宿っていた。


華奢にも見える体躯。

だがその佇まいは、決して弱さを感じさせない。


柔らかな物腰の奥に、

この家を支え続けてきた者だけが持つ、静かな覚悟が滲んでいた。


「……それは」


指先を重ね、祈るように。


「娘を、守るためでございます」


その言葉に、

ムスタファの眉が、わずかに寄る。

その言葉の意味を、すぐには飲み込めない——そんな表情だった。


それは、後ろに控えていたアルテリスも同じだった。

“守る”という言葉が、

あまりにも彼の知るそれと異なっていたからだ。


「社交界で噂になりました。

聖騎士見習い。

それも精霊術だけでなく、神聖術に関わる道を志していると」


夫人の声は、かすかに震えている。


「ランデュートでは、どのように見られるか……

殿下なら、ご存じでしょう」


「知っています」


ムスタファは即答した。


「その上で、伺っております」


声音は低く、硬い。


「娘を守るため——

仮にそれが真実だとしても、

なぜ外出を禁じるというご判断に至るのか——

私には理解しかねます」


室内の温度が、わずかに下がる。


この部屋の誰もが、ムスタファの背景を知っている。

だからこそ、重い沈黙が流れた。


「殿下……」


当主は言葉を選び、やがて口を開いた。


「私どもは、娘を誇りに思っております」


その言葉に、ムスタファの眉に皺が寄る。

アルテリスは目を伏せ、ライルの視線はムスタファに注がれた。


「聡明で、真面目で、誰かのために動ける子です。

本来であれば、どのような道を選ぼうと背を押したい」


——本来であれば。


「ですが」


当主の声が低くなる。


「世間は、それを許さない。

神聖術に関わる者が、どのような目で見られるか。

それが、どのような噂を呼ぶか」


「娘を守るには」


当主が続ける。


「その道を、諦めさせるほかないと判断いたしました」


ムスタファは、しばらく黙っていた。


やがて、静かに口を開く。


「……それは、本当に——ご令嬢のためと言えるのですか」


当主が、目を伏せる。


「もちろんでございます」


即答だった。

そこに偽りはない。


「ご存じかと思いますが、あの子は……」


当主の声が、少しだけ弱くなる。


「あの子は、実の娘ではございません」


空気が、わずかに揺れる。


「亡くなった兄夫婦の、忘れ形見でございます」


ムスタファは、何も言わない。


「だからこそ、です」


当主は続けた。


「二度と、失いたくないのです」


一拍。


「彼女が傷つき、

世間に押し潰され、

取り返しのつかない場所へ行ってしまうことが、

何よりも恐ろしい」


ムスタファは、すぐには答えなかった。


だが——

疑いは、消えていない。


(守る、という言葉で)


(閉じ込める理由を、正当化しているだけではないのか)


アルテリスも、同じ考えだった。


彼らは、

“愛するがゆえに生まれる恐怖”を

知らない。


だから、まだ信じ切れない。


そのとき。


「——お父様、お母様」


静かな声が、応接間に落ちた。


扉の前に立っていたのは、

ジャミーラだった。


誰よりも、

この場に立つ資格を持つ者。


「申し訳ございません。

はしたないこととは存じながら、話を聞いておりました」


夫妻が、息を呑む。


「わたくしを守ろうとしてくださったこと、

分かっております」


「でも」


一歩、前へ。


「わたくしを信じてくださらなければ、

それは“守る”ことにはなりません」


ムスタファは、その背中を見つめていた。


まだ、疑いは消えない。


だが——


これは、

単なる支配ではないかもしれない。


そう思い始めた自分に、

彼自身が戸惑っていた。


——対話は、まだ始まったばかりだった。

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