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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
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少女の夢

あれからジャミーラは、毎日のように放課後の図書館へ通い、アルテリスを見つけては共に勉強をするようになっていた。


図書館以外で顔を合わせることは、ほとんどない。

言葉を交わす時間も、ほんのわずかだ。


それでも——

彼と過ごす静かなひとときは、ジャミーラにとって心地のよいものだった。


ある日の帰り道。


「ねえ、アルテリスさん。

今度……よろしければ、一緒にお茶でもいかがかしら?」


ふと思い立ち、ほんの少し勇気を振り絞って誘う。


「私と……ふたりで、でございますか?」


「ええ、そうよ」


だが、アルテリスの表情は、どこか硬かった。


「シャマル様には、ご婚約者がおられます。

これ以上、異性とふたりきりで過ごされるのは……

相応しくないかと存じます」


真剣な眼差しで告げられ、ジャミーラは思わず足を止めた。


「……知っていらしたのね?」


「この学園では、周知の事実かと……」


ランデュート王国侯爵令嬢、ジャミーラ・シャマル。

そして、ランデュート王国第二王子の婚約者——

それは、確かに誰もが知る話だった。


だが、アルテリスは図書館での時間を、何の迷いもなく受け入れていた。

だからジャミーラは、彼は知らないのだと、勝手に思い込んでいたのだ。


(知っていたのなら……どうして、何も言わなかったのかしら)


胸の奥が、わずかにざわつく。


「私は……もう噂なんて気にしないわ。

それに、お誘いしたのは“友人として”よ。

……迷惑かしら?」


自分でも、少しずるい聞き方だと思った。


けれど、アルテリスは小さく首を横に振る。


「……いえ。そのようなことは、決して。

明日の放課後、裏庭にてお待ちしております」


複雑そうな表情とは裏腹に、その返事に、ジャミーラの顔はぱっと明るくなった。


⚜️⚜️⚜️


「風が気持ちいいわね」


学舎から離れた裏庭の一角。

色とりどりの花に囲まれたガゼボで、ジャミーラは香り高い茶を味わっていた。


「こんなに素敵な場所なのに……どうして人がいないのかしら」


ぽつりとこぼれた言葉に、アルテリスが控えめに答える。


「こちらは本来、生徒会役員のみ利用を許されている場所でございます」


ジャミーラは、思わず目を見開いた。


——そういえば。

来る途中、門で門番がアルテリスに何かを確認していた。

あれは、ただの挨拶ではなかったのだ。


「わたくしたちが使っても……大丈夫なの?」


「生徒会長より許可をいただいております。

どうぞ、ご安心くださいませ」


落ち着いた声が、彼女の不安を静かにほどく。


「そういえば……

アルテリスさんも、生徒会の役員なのよね」


「はい。特別生徒は、入学と同時に役員となりますので」


静かに茶を口に含むアルテリス。

その仕草は、生まれながらの貴族のように洗練されていた。


「ねえ、アルテリスさん。

どうして、この学園に入学しようと思ったの?」


聖エリュシア学園は、王侯貴族の子女が集う場所。

彼がここに立つには、王侯貴族の推薦と超難関試験への合格——

相応の理由があるはずだった。


「私には、生涯お仕えしたいと心に決めたお方がおります。

その方がこの学園へ入学なさり……

私も、試験を受けさせていただきました」


意外な答えだった。

いつも独りでいる彼が、誰かに仕えているようには見えなかったからだ。


「……どなた?」


「それは……今はまだ、申し上げられません」


迷いを含んだ声。

“まだ”という言葉に、ジャミーラの胸が、ほんのりと熱くなる。


(いつか……教えてくれるのかしら)


そう思い、それ以上は踏み込まなかった。


しばらくして、アルテリスが背筋を正す。


「シャマル様。

私からも、ひとつ……お尋ねしてよろしいでしょうか」


「何かしら?」


「“神聖術”に、ご興味がおありなのですか?」


胸が、きゅっと跳ねた。


理由を尋ねると、アルテリスは静かに答える。


「神聖術に関する書物を、ご覧になっておられましたので」


思い当たる節があり、ジャミーラは少し頬を染めた。


「……少し、ね。でも、大きな声では言えないわ。

私は“ランデュート王国の民”で、“王子の婚約者”でもあるもの」


神々を信仰する聖教会から、最も距離を置かれている国——

ランデュート王国。

その出身者が神聖術に憧れていると知れたら、どう思われるか分からない。


ジャミーラは、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「……三年前の“大厄災”。

世界を覆っていた大結界が破られて、

魔族がジャルダンへなだれ込んだ、あの日——。

私の家も、魔族に襲われたの。

父も、母も、兄も弟も……皆、

目の前で命を落としたわ」


アルテリスの指先が、ほんのわずかに強くカップを握る。

だが、すぐに何事もなかったかのように指先の力を抜いた。


「あの時、私も死ぬはずだった。

でも、聖騎士団の方が来て……私だけ、助け出されたの」


赤く染まった床。

動かなくなった家族。

迫る刃。

恐怖で、足が動かなかった自分。


「何が起きたのかも分からないまま連れて行かれて……

気がついたら、教会にいたわ。

家族を失って……しばらくは水も飲めなかった。

泣き方も忘れて、涙も出なくて……

ただ、真っ暗で……」


その声が、かすかに震える。


「死んでしまいたいとさえ……思っていたわ」


——そのときだった。


「……神聖術師の方が、歌を歌ってくださったの。

とても綺麗で、優しくて……

その歌を聴いているうちに、心に押し込めていたものが溢れて……

その日は、久しぶりに声をあげて泣いたわ」


静かに微笑むジャミーラの瞳は、遠い記憶を映している。


「まるで、その歌が……

闇の中にいた私の手を、引いてくれたみたいだった」


純白の制服に身を包んだ、凛とした姿。

民を救う力と、寄り添う優しさを併せ持つ神聖術師。


「だから思うの。

私も、あの方のように……

誰かの心を救える神聖術師になりたいって」


——けれど。


「でも……叶わない夢なのよね」


自嘲気味に、ジャミーラは小さく首を振った。


「……神聖術を学ぶために、この学園をお選びになったのですね」


「ええ。せめて“学ぶ”くらいなら……許されるでしょう?」


それきり、アルテリスは何も言わなかった。


彼の沈黙は、否定でも肯定でもなく——

ただ、深く、ジャミーラの痛みを受け止めていた。

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