表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第3章 厭う地で志を繋ぐ
66/90

出立へ向けて

決断の翌朝。


長期休暇中の学園は、相変わらず静かだった。


人の気配を失った廊下は音を吸い込み、

遠くで響く聖騎士団の金属音さえ、

どこか現実味を欠いている。


昨日までと同じ場所。


——だが、空気だけが違っていた。


生徒会室の机には、

地図と書類が広げられている。


赤い印が引かれた経路。

ランデュートへと続く、最短の鉄路。


装備は最小限。

私的な移動として、不自然にならぬ量。


それでも——


これは、ただの外出ではない。


部屋に満ちる沈黙が、

それを何より雄弁に語っていた。


「王宮には、知らせない」


ムスタファの声は、平坦だった。


アルテリスは一瞬だけ目を伏せる。


それは反対ではなく、

その決断の重さを受け止めるための沈黙だった。


王子が私的に国境を越える。


本来であれば、有り得ない。


だが——


ムスタファは王子ではなく、

一人の人間として行くと決めた。


「承知いたしました」


短い言葉の奥に、覚悟が滲む。


「聖騎士団と学園へは、

長期休暇中の私的外出と報告を」


「それで十分だ」


アルテリスは書類に目を落とし、

文面を整える。


余計な説明はしない。


疑念を抱かせぬ程度に。


だが、痕跡も残さぬように。


辿らせぬための配慮。

気づかせぬための沈黙。


危うさを承知で選ぶ、

二人のやり方だった。


⚜️⚜️⚜️


陽が天高く昇る頃、

報告は滞りなく受理された。


誰も踏み込まない。


ムスタファという存在の重さを、

皆が理解しているからだ。


生徒会室へ戻ると、

机の上には三通の封筒が並んでいた。


白い紙が、妙に重く見える。


「まずは、イルハン家だな」


「はい。最初の滞在先として筋が通ります」


ライルは既に事情を把握している。


だが滞在する以上、

正式な書状は必要だ。


アルテリスは手早く封を整え、

次の紙へと指を移す。


「シャマル家へも」


その名に、

わずかに空気が変わる。


婚約者に会いに行く——それだけ。


踏み込みすぎれば刺激になる。

だが、沈黙もまた疑念を呼ぶ。


言葉を削り、

必要な意味だけを残す。


絶妙な距離を測る、

綱渡りのような文面。


最後の一通を、

ムスタファ自身が手に取った。


「ライル本人宛だ」


信頼ゆえの、簡潔な文面。


こうして——

二人の準備は、着実に進んでいった。


⚜️⚜️⚜️


陽が傾く頃には、準備は整っていた。


荷は少ない。


あくまで私的な移動。


だが——


漂うのは旅立ちの軽さではなく、

静かな緊張だった。


「駅までは馬車。汽車でランデュートへ向かいます」


「ああ」


ムスタファは一度だけ窓の外を見た。


学園の門。

見慣れた石畳。


ここを離れるのは初めてではない。


——だが、今回は違う。


あの国へ戻るのは、

あの日以来だ。


戻れる保証は、どこにもない。


「本当に、よろしいのですね」


静かな問い。


ムスタファは短く息を吐く。


そして——答えた。


「二言は無い」


それだけ。


二人は視線を交わし、

無言のまま頷く。


扉が開く。


夕暮れの光が、

細く差し込んだ。


——静かな出立。


誰にも見送られず。


だが確かに、

歯車は次の段階へと回り始めている。


目的地は、イルハン家。


そしてその先には——


閉ざされた屋敷と、

止まったままの時間が待っている。


——そしてそこは、

ムスタファにとって

忌まわしき故郷でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ