手紙の裏側
生徒の大半が帰省してから、数日が過ぎた
——ある日の夕刻。
赤く染まり始めた空の下、
生徒会室には紙をめくる音だけが響く。
聖騎士団での訓練を終えたムスタファは、
外套を外してアルテリスに手渡すと、
そのまま椅子へ腰を下ろした。
机の上には、積み上げられた書簡。
その中に、
見覚えのある封蝋が混じっていた。
「……ジャミーラか」
低く呟き、封を切る。
視線が文面を追う。
『屋敷には来客も多く、相変わらず慌ただしい日々を過ごしております。
実は、家族にわたくしが聖騎士見習いとなったことを知られてしまいました。少々驚かれはしましたが、今は納得してもらえています。
学園での日々を思い返しながら、休暇を過ごしております』
(——短いな)
長期休暇に入ってから、
ほぼ毎日のように届いていた手紙。
忙しいと綴られているにもかかわらず、
その筆が途切れることはなかった。
それでも——
彼女の文は、
いつももう少しだけ長かったはずだ。
近況だけでは終わらない、
余白のような言葉が、必ず添えられていた。
——それが、ない。
ムスタファはすぐには手紙を置かなかった。
椅子にもたれ、腕を組む。
背後に控えていたアルテリスが、静かに口を開く。
「いかがなさいましたか」
ムスタファは、すぐには振り返らない。
アルテリスに見せれば、気にする。
それは分かっている。
そして——
それを知った上で黙っていられるほど、
俺は——冷静ではない。
わずかな逡巡ののち。
「読んでみろ」
アルテリスが一瞬、息を止めた。
「ですが——」
「俺が許す」
視線を上げないまま、言い切る。
有無を言わせぬ調子で差し出された手紙を、
アルテリスは両手で受け取った。
読み進めるにつれ、
その横顔から余白が消えていく。
ムスタファは、それを横目で確認していた。
「どう思う?」
「事務的な内容が中心でございますね。
シャマル様のご性格を考えますと、
心配をおかけしないよう、言葉を選んでおられるように存じます」
やはりな、と胸の奥で呟く。
アルテリスは、必ずそこを見る。
「聖騎士見習いとなったことをご家族に知られてしまった、とありますが、
シャマル様のご実家は、ランデュートの名門です」
——ランデュート。
その名が、空気をわずかに冷やした。
「穏やかに受け止められるとは、考えにくいかと存じます」
「……そうだな」
短く返す。
それ以上は語らない。
語る必要もない。
その土地の気質を、ムスタファは誰よりよく知っている。
聖騎士見習い。
それだけでも眉をひそめられる。
まして——
「神聖術師の話まで耳に入れば、なおのこと」
アルテリスが静かに補う。
視線は伏せたままだが、その声には確信が滲んでいる。
沈黙。
夕陽が室内を赤く染める。
「だが、この手紙には助けを求める言葉がない」
「はい」
短い返答。
だがその声は、ほんのわずかに硬かった。
アルテリスの指先が、わずかに強く手紙を握る。
「シャマル様は、誰かに縋ることを選ばれない方です」
——だからこそ。
その先を、アルテリスは言わない。
ムスタファは横目で見る。
いつも整っている横顔。
だが今は、ほんのわずかに影が差している。
「……お前」
低く呼ぶ。
アルテリスはすぐに姿勢を正した。
「はい」
「気にしているな」
一瞬の沈黙。
「殿下のご婚約者に何かあれば、見過ごすわけには参りません」
模範的な答え。
だが、目が違う。
ムスタファは小さく息を吐いた。
「そういう顔ではない」
アルテリスの瞳が揺れる。
それで、十分だった。
「……ライルを送る」
アルテリスの瞳が、わずかに揺れる。
「理由を、お伺いしても?」
「お前が落ち着かん」
即答だった。
「そのような意味ではなく……」
「学友としての訪問。表向きはそれで十分だ」
ムスタファは便箋を引き寄せ、筆を取る。
「身分も立場もある。あいつなら、門前払いはされん」
筆先が走る。
迷いはない。
「まずは状況を確かめる」
アルテリスは、静かに頷く。
「……承知いたしました」
生徒会室には、再び静けさが戻る。
——学園は静かだ。
だが、その静けさの下で、
確実に“何か”が動き始めていた。




