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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第2章 変わりゆく繋がりの中で
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役割の調整

試験期間に入ると、学園の空気は一変した。


廊下に漂っていた雑談は影を潜め、

代わりに、紙をめくる音やペン先の擦れる微かな音だけが、静かな空間に残る。


回廊を行き交う生徒の姿も、日に日に減っていった。


その一方で、夜になっても灯りの消えない部屋が増えていく。


昼も夜も、学園には

どこか張りつめた静けさが漂っていた。


その中で——


ジャミーラは、代わり映えのしない日々を送っていた。


早朝訓練は最低限に抑え、

授業を受け、

自習室へ向かい、

課題をこなす。


淡々と繰り返される、試験期間の生活。


アルテリスとは、顔を合わせれば挨拶を交わし、

変わらず寮までの帰路を共にする。


アルテリスは、いつも通り丁寧で——

そして、一定の距離を保ったままだった。


(……今は、それで構わないわ)


試験前だ。

誰にとっても、余計な思考は集中を乱す。


アルテリスもまた、同じだった。


与えられた役目を淡々と果たし、

空いた時間は試験対策に充てる。


体調管理にも、これまで以上に気を配っていた。


日が変わり、試験が進むにつれて、

学園はさらに静まり返っていく。


嵐の前のような、静かな時間だった。


⚜️⚜️⚜️


試験最終日の午後。


学園には久しぶりに、はっきりとしたざわめきが戻ってきていた。


答案を提出し終えた生徒たちが肩の力を抜き、

廊下では小さな笑い声や、解放感を含んだ会話が交わされている。


その一方で——


アルテリスは、

試験終了という事実をどこか遠くの出来事のように受け止めていた。


答案を提出し、席を立った瞬間。


胸の奥に残されていた“猶予”が、

静かに尽きたように感じた。


(……終わりましたね)


試験が終われば、日常が戻る。


そして日常が戻れば——

避けてきた違和感も、否応なく戻ってくる。


ジャミーラの態度。

ライルの言葉。

そして、周囲の噂。


問題は、感情ではない。


あくまで、殿下の側近としての在り方だ。


——自分とジャミーラとの距離が近すぎる。


放課後。

自習の後。

巡回の帰り。


“一緒にいた流れ”で、自然と彼女を寮まで送るようになった。


それ自体は、配慮に過ぎない。

本来、特別な役割でも、義務でもない。


だが、その“自然さ”が——

いつの間にか固定されてしまっている。


特定の人物が、常に彼女の隣にいること。

自分自身の振る舞いが、余計な誤解を生むこと。


そして何より——


そのことが、ムスタファに影響を及ぼす可能性。


(きちんと、見直すべきですね)


彼女が学園に慣れるまで、という理由で後回しにしてきた。

だが、試験が終わり、日常が戻る今が区切りだ。


アルテリスは回廊を歩きながら、

ひとつの結論へと辿り着いていた。


⚜️⚜️⚜️


夜。


ムスタファは寮の自室で、書類に目を通していた。

机の上には、学園からの報告書と巡回任務の割り当て表。


扉をノックする音。


「入れ」


扉が開き、アルテリスが一礼して中へ入った。


「殿下。少し、お時間をよろしいでしょうか」


「構わない。どうした」


アルテリスは一歩下がった位置で姿勢を正す。


いつもと変わらぬ立ち姿。

変わらぬ表情。


だが——


切り出す前の、ほんのわずかな間。


ムスタファはそれを見逃さなかった。


「一点、ご相談がございます」


アルテリスは淡々と続ける。


「これまで、

シャマル様と行動を共にした際は、

私がそのまま寮まで付き添っておりました」


ムスタファは黙って聞いている。


「ただ、それが常態化している現状は、

あまり望ましくないと考えております」


ムスタファの視線が、わずかに鋭くなる。


「ほう」


「学園生活に慣れていただくため、

関わる人間を限定した方が良いと考えておりましたが、

現状その必要性は薄れてきております」


アルテリスは言葉を選びながら続けた。


「そのため今後は——」


「同様の配慮を、

ライル様にもお任せしたいと考えております」


そして、静かに付け加える。


「状況に応じて対応する形となりますが、

殿下の業務に支障が出ないか、

事前にご確認をいただきたく存じます」


あくまで、実務上の整理として。


ムスタファは書類から視線を上げ、

しばらくアルテリスを見つめていた。


——理屈は通っている。

——判断も妥当だ。


アルテリスは第一側近。

本来、ムスタファの直近に控える時間を確保すべき存在だ。


行動の流れで生じた配慮が、

知らぬ間に“アルテリスに限定された役割”のようになっている現状は、

確かに調整が必要だった。


「……問題ない」


ムスタファは静かに言った。


「お前なりの配慮だと分かっていたから、敢えて口を出さなかったが

俺もいつかはそうしたいと思っていた」


アルテリスは、ほんのわずかに肩の力を抜く。


「ライルには俺から話しておこう」


「ありがとうございます」


アルテリスは深く頭を下げた。


その仕草は、忠誠そのものだ。


「アルテリス」


去り際、ムスタファが呼び止める。


「はい」


「お前は、自分の役割を優先しすぎるきらいがある」


アルテリスは黙って聞いている。


「それが美徳であることも、

危うさであることも、俺は承知している」


声が、わずかに低くなる。


「無理はするな」


アルテリスは一瞬だけ目を伏せた。


「……お心遣い、痛み入ります」


それ以上は何も言わず、一礼して部屋を出る。


扉が閉まったあと、

ムスタファはしばらく、その場から動かなかった。


「……何もない、か」


小さく呟く。


——それは、何も起きていない者の言葉ではない。

何かがあったからこそ、選ばれる言い方だ。


だが、問いただすつもりはなかった。

それもまた、彼の役割だった。


⚜️⚜️⚜️


廊下に出たアルテリスは、足を止めない。


付き添いを手放す。

距離を、少しだけ置く。


それは当然の調整だ。

——そう、彼自身は定義している。


だが胸の奥に、


名を付けるには曖昧な違和感だけが、静かに残っていた。


夜の寮の廊下を、

アルテリスはいつも通りの足取りで歩いていく。


何も変わっていないように見せかけながら、


確かにひとつ——

“当たり前になりかけていたもの”を手放しながら。

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