表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第2章 変わりゆく繋がりの中で
48/90

越えられない線

夕暮れの回廊は、人影もまばらだった。

窓から差し込む橙色の光が、石床に長い影を落とす。


いつも通りの帰り道のはずなのに、

ジャミーラの胸は、どうにも落ち着かなかった。


——昨日の光景が、ふとした拍子に蘇る。


「……アルテリスさん」


恐る恐る、口を開く。


「傷の具合はどう?」


胸の奥でくすぶり続けていた言葉を、

ようやく形にする。


「もう大丈夫です。

ご心配をおかけいたしました」


向けられたのは、穏やかな微笑みだった。

あまりにも変わらないその表情が、かえって胸に引っかかった。


「……わたくしの前では、無理をなさらないで」


ジャミーラの視線が、無意識にアルテリスの背へと落ちる。


本来なら、深く傷を負っているはずの場所。


だが——

外套の上からは、何も読み取れない。


「無理は、しておりません」


迷いのない、落ち着いた声音だった。


「嘘よ。あれ程の傷が、一晩で良くなるはずがないでしょう」


抑えていた感情が、わずかに声に滲む。


アルテリスは困ったように、ほんの少し肩を竦めた。


(傷は——本当に、もう大丈夫なのですが……)


昨日の荒療治のお陰で、傷は既に塞がっている。

痛みも、ない。


だが。


それを説明することは、出来ない。

——説明してしまえば、すべてが崩れる。


神聖術の使用を禁じられていることも。

その“理由”も。

——それでも使ったという事実も。


彼女の前で、口にするわけにはいかなかった。


「殿下や皆様に内密にしてくださり、ありがとうございます」


話題を変えるように、静かに礼を述べる。


「約束ですもの。……でも」


ジャミーラは、真っ直ぐに見つめ返す。


「やはり、正直にお話した方がいいと思うわ。

学業は兎も角、訓練や任務は、暫くお休みするべきよ」


「それはいたしかねます」


間を置かない、強い拒絶だった。


ジャミーラは眉間に皺を寄せる。


「殿下に、ご心配をおかけしたくないから?」


「はい」


アルテリスは静かに頷いた。


ジャミーラは長く息を吐く。


言葉を選ぶように、わずかに視線を落とし——


「アルテリスさんは、どうしてそんなに強情なの」


ジャミーラの声は、かすかに震えていた。


「申し訳ございません」


アルテリスの声は心底申し訳なさそうだった。


ジャミーラは唇をきゅっと結ぶ。


「わたくしは、昨日あったことを知っているわ。

いえ……たとえ知らなかったとしても、

わたくしには、隠さないで欲しいの」


だって——ジャミーラは息を整え、告げる。


「わたくしは、貴方の“友達”なのよ」


「シャマル様……」


「例え貴方が否定しても、わたくしはそう思っているわ」


その言葉に、

アルテリスはわずかに足を止めた。


本当に、真っ直ぐな人だ。


他者を思いやることができて、

正義感が強くて、純粋で。


(……シャマル様は、本当に不思議な方ですね)


(貴女と話をしていると、

すべてを、お話してしまいそうになります)


——それでも。


その衝動を、静かに胸の奥へ押し戻す。


「お気持ちは、嬉しく思っております」


選ばれた言葉は、柔らかく——

一線だけは、決して越えさせなかった。


それ以上、ジャミーラは言葉を重ねられなかった。


やがて、寮の灯りが見えてくる。


「着きましたね」


別れ際、

アルテリスはいつも通り、一礼する。


「おやすみなさいませ、シャマル様」


「……おやすみなさい」


背を向ける彼を見送りながら、

ジャミーラは胸の奥で、静かに思った。


——隠しているということは、独りで抱えているということ。


その事実が、

夜の空気よりも冷たく、

静かに、深く、胸に残っていた。


——触れることすら出来ない距離を、思い知らされるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ