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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第2章 変わりゆく繋がりの中で
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嘘の重み

デュシャン隊長への報告は、教会横の天幕で行われた。


アルテリスは背中の制服に広がった血のぬめりを感じながらも、

何事もなかったかのように姿勢を正している。


ただひとつ——


その背には、先ほどまで物資配布で脱いでいた外套が、きちんと羽織られていた。


「デュシャン隊長。

迷子の少女を母親の元へ、無事に送り届けました」


「よくやった。

今回の任務はこれにて終了だ。

シャマル嬢と共に荷物をまとめておくように。

準備が出来次第出発する」


「かしこまりました」


深く頭を下げ、

アルテリスは天幕を後にした。


外に出ると、ジャミーラが待っていた。


その表情は、心配と焦燥で固まっている。


アルテリスと目が合った瞬間、

ジャミーラの視線は、外套の背へまっすぐ落ちた。


(……あれだけ血が流れていたのに……)


(外套一枚で隠れるはずが、ないのに……)


胸が、ひりつくように痛む。


アルテリスはそんな彼女の視線に気づかぬふりをして、

いつも通りの穏やかな微笑を向けた。


「隊長への報告は済みました。

今回の任務もこれにて終了だそうです。

学園に戻る準備をしましょう」


そう言って歩き出す。


外套に隠れた痛みとは裏腹に、

その足取りは静かで、乱れなかった。


⚜️⚜️⚜️


帰り道の荷馬車では——


ジャミーラは視線を落とし、

膝の上で組まれた自身の指先を見つめていた。


胸を締めつけられるような感覚に、ただ耐える。


言葉を発してしまえば——


涙と怒りが、同時に溢れてしまいそうだったから。


対面に座るアルテリスも、何も言わない。


ただ、沈黙だけが

重く、揺れる車内に落ちていた。


⚜️⚜️⚜️


学園に戻ってきた頃には、

午後の光はすでに弱まり、長い影が地面に落ちていた。


聖騎士団の建物から離れ、

人影がなくなったのを見計らって、

ジャミーラがとうとう口を開く。


「……アルテリスさん。

今すぐ治療師のところへ行きましょう」


一歩、近づく。


「背中の傷……まだ塞がっていないはずですわ」


アルテリスは、痛みを押し殺した穏やかな笑みで返す。


「大丈夫です。

まずはシャマル様を寮までお送りしませんと」


その落ち着きに、

ジャミーラの抑えていた声が荒れた。


「そんな場合ではありませんわ!

あなたは今——」


声音が、わずかに震える。


アルテリスは静かに言った。


「お願いです。

先にシャマル様を寮まで送らせてください」


一瞬、言葉を切り——


「その後で……治療師のところへ向かいます」


ジャミーラは言葉を失う。


しかし、アルテリスは続けた。


「……それから」


少しだけ目を伏せる。


「殿下には……どうか、内密にしていただけませんか」


ジャミーラは息を呑んだ。


「どうして……?

あの方なら、あなたのことを——」


「殿下にご心配をおかけしたくありません」


その言葉は、静かだった。


だが、決して揺らがない。


ジャミーラの喉が詰まる。


(……この人は……)


(どうして……いつも自分のことを後回しにするの……)


胸が痛む。


けれど——

静かにこちらを見つめる琥珀の瞳を前に、

強く否定することは出来なかった。


「……分かりましたわ」


小さく息を吐く。


「殿下には申し上げません」


一歩、距離を詰める。


「でも、わたくしを寮まで送ったら

すぐ治療を受けると約束して」


アルテリスは静かに頷いた。


ジャミーラは——

それを信じるしかなかった。



⚜️⚜️⚜️


ジャミーラが寮の扉へ消えていくのを、

アルテリスは最後まで見送り続けた。


扉が完全に閉まると——


ようやく、深く息を吐く。


(……申し訳ございません、シャマル様)


胸の奥が、じわりと痛んだ。


(私は……貴女に、嘘をつきました)


アルテリスは踵を返し、学園の奥へと足を向ける。


向かった先は、

学園裏手にある部活動用の浴室棟だった。


夕闇が降り始め、

建物はすでに静まり返っている。


扉を押すと、冷たい空気が迎えた。


アルテリスは奥のロッカールームへ進む。


一角には彼専用のロッカー。


鍵を開けると——

中には、丁寧に畳まれた新品の制服が数着入っていた。


いつもの備え。


そして——

隠し通さねばならない秘密。


アルテリスはタオルを手に取り、

それをシャワー室の扉へ掛けて中に入った。


鏡に映る背中の制服は裂け、

血が乾いて黒く張り付いた、見るも無惨な姿だった。


胸元に手を置く。


すると——


掌に、ふっと赤い光が生まれた。


静かに灯る、小さな火。


それはアルテリスを柔らかく包み込み、

纏っていた衣は音もなく、

空気へ溶けるように消えていった。


「……さて」


再び、掌に光が生まれる。


しかし色は赤ではなく——

輝く黄金色。


その光が身体へ染み渡り、

やがて鏡に映る背中から、傷は何事もなかったように消えていた。


——その瞬間。


胸の奥で、

何かが“ぞわり”と蠢く。


呼吸が浅くなる。


視界が一瞬、きらりと揺れた。


「……っ」


扉に背を預け、

ゆっくりと呼吸を整える。


自身のマナのどこかが——

何かに拒まれるような違和感。


歯を食いしばり、

深く、ゆっくりと息をする。


しばらくして——


アルテリスは震える手で水栓をひねった。


鉄臭い血の匂いと、

乾いた埃の匂いが、湯と共に流れ落ちていく。


身体を拭き、

ロッカーから新品の制服を取り出す。


真新しい布地は冷たく、

それがかえって背筋を正させた。


鏡の前に立ち、髪を整え、

外套をきちんと肩に掛ける。


「——参りましょう」


扉を閉じ、

ムスタファの元へ向かう足取りは静かだった。


その背には——


誰にも見せない痛みと秘密が、

そっと影を落としていた。

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