崩落
教会の内部は薄暗く、冷えた空気がわずかに震えていた。
高い窓から差し込む光は弱々しく、床に長い影を落としている。
避難してきた人々は互いに身を寄せ合い、毛布を羽織って肩を震わせていた。
低いざわめきと、誰かのすすり泣き。
それらが重なり、重たい空気をつくり出している。
その中で。
ジャミーラとアルテリスは、制服の上から前掛けを纏い、第三部隊の指示に従って物資の配布を進めていた。
「こちら、清潔な毛布になりますわ。どうぞ」
「ありがとうございます……」
ジャミーラは穏やかな笑みを浮かべ、震える老女の手へそっと毛布を渡す。
隣ではアルテリスが食糧籠を抱え、静かな声で一人ひとりに声をかけながら配っていた。
慌ただしさの中でも、彼の動きは落ち着いている。
「こちらの方々で、最後かしら」
ジャミーラが小声で尋ねると、
アルテリスが頷きかけ——
その瞬間だった。
「すみません……!あの、娘を見ませんでしたか?……娘がいないんです!」
教会の静寂を引き裂くような叫び声。
周囲の視線が一斉にそちらへ向く。
真っ赤に腫れた目の女性が、誰かにすがるように助けを求めていた。
ジャミーラは反射的に駆け寄る。
「どうされましたの?」
「六歳の娘が……少し目を離した隙に、いなくなって……!
教会の中にもいなくて……探しても、どこにも……!」
母親の肩は小刻みに震え、息は乱れていた。
今にもその場に崩れ落ちそうなほどだ。
ジャミーラの胸がぎゅっと締めつけられる。
その横で、アルテリスが落ち着いた声で問いかけた。
「お嬢様が“よく行かれる場所”に心当たりはございますか」
母親は涙を拭いながら必死に頷く。
「……お気に入りの場所が、いくつか……
でも……あそこはもう安全かどうか……」
涙がぽろぽろと零れ落ちた。
ジャミーラはその手にそっと触れ、力を込めて言う。
「その場所を教えてくださいませ。
わたくしたちが必ず……お嬢様を見つけます」
「……本当に……?」
「はい。ご安心なさって」
母親は震えながら、小さく頷いた。
アルテリスがジャミーラへ振り向き、低く告げる。
「シャマル様。まず隊長へ報告を。
私が許可を得て参ります」
そして続けた。
「その籠と前掛けも戻して参りますので、お貸しください。
外で少しお待ちいただけますか」
「分かったわ。お願いね」
ジャミーラから籠と前掛けを受け取ると、
アルテリスは一礼し、すぐに教会を後にした。
ジャミーラは母親の肩を支えながら、外で待ち続けた。
不安そうに揺れる視線を、何度も入口へ向けながら。
——ほどなくして。
アルテリスが足早に戻ってきた。
「お待たせいたしました。ご許可をいただけました」
「ありがとうございます……!」
「それでは、参りましょう」
三人は少女の“お気に入りだった場所”を、村の外れから順に探していった。
だが——
「ここにも……いませんわね」
「まさか……家に戻ったなんてことは……」
「ご自宅はどちらに?」
母親は少し躊躇ってから答えた。
「……こちらです。でも……魔族の襲撃で……倒壊して……」
ジャミーラは静かに頷く。
「向かってみましょう」
歩きながら、胸の奥がざわつき始める。
見つからない。
それだけで、呼吸が浅くなる。
さきほどから、どの場所にも——いない。
足取りが、無意識に早くなる。
母親の息も荒く、何度も周囲を見回している。
(早く見つけないと……!)
(ひとりで泣いているかもしれないわ……!)
やがて母親が足を止めた。
「ここです……」
そこにあったのは、半壊した家屋だった。
黒く焼け焦げた壁。
折れた梁が不規則に積み重なり、瓦礫が無惨に散らばっている。
人の気配はない。
——はずだった。
そのとき。
中から——
かすかな泣き声が、風に乗って届いた。
「ミーナ!!!」
母親の絶叫。
ジャミーラは反射的に駆け出した。
「シャマル様、お待ちください!!」
アルテリスの制止は届かない。
母親も駆け出そうとするのを、アルテリスが素早く押しとどめた。
「危険です!お母様はここでお待ちください!」
そう言い残すと、
アルテリスはジャミーラの背を追って家屋へ踏み込んだ。
「ミーナちゃん……!」
ジャミーラの声が、崩れた家の中に響く。
中は薄暗く、崩れた瓦礫と折れた梁が散乱していた。
その奥で。
小さな少女が、床に膝をつき、何かを探すように震えながら手を伸ばしている。
「どこ……?」
ジャミーラは膝をつき、少女の肩に手を置いた。
「ミーナちゃん。危ないから、外へ——」
少女は首を振る。
「いや……うさぎさん……ないの……
お母さんが……くれたの……」
泣きすぎて掠れた声。
ジャミーラの胸が強く痛む。
(……ぬいぐるみかしら……)
(大事なものなのね……)
少女は震えながら、家屋の奥へ進もうとする。
ジャミーラが追いかけようとした、その瞬間——
上で、ミシ……と不吉な音がした。
「シャマル様!ここは危険です!
その子を連れて早く外へ!」
アルテリスの声が響く。
同時に。
梁が大きく軋み、天井が崩れ落ち始めた。
巨大な影が、ジャミーラを覆う。
(……間に合わない——!!)
思考が白く途切れる。
その瞬間。
ドンッ。
横から強い衝撃を受け、ジャミーラの身体が弾き飛ばされた。
次の瞬間——
視界が揺れ、床に転がる。
重い衝撃音。
そして、鈍い息の詰まるような音。
ジャミーラは目を見開き、震える手で身体を起こした。
「……え……?」
視界の先で。
アルテリスが、崩れた梁の下敷きになっていた。
肩と背中を深く裂かれ、
赤い血が制服を濡らしていく。
「——っ……アルテリスさん……?」
声が震え、喉の奥で詰まる。
少女が泣きじゃくりながらジャミーラに抱きついた。
「おねえちゃん……こわい……」
ジャミーラは少女を抱き寄せながら、
震える手でアルテリスへ手を伸ばす。
「どうして……どうして……!」
崩れた家屋の中で。
ジャミーラの嗚咽だけが、
いつまでも響き続けていた。




