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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第2章 変わりゆく繋がりの中で
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崩落

教会の内部は薄暗く、冷えた空気がわずかに震えていた。


高い窓から差し込む光は弱々しく、床に長い影を落としている。

避難してきた人々は互いに身を寄せ合い、毛布を羽織って肩を震わせていた。


低いざわめきと、誰かのすすり泣き。

それらが重なり、重たい空気をつくり出している。


その中で。


ジャミーラとアルテリスは、制服の上から前掛けを纏い、第三部隊の指示に従って物資の配布を進めていた。


「こちら、清潔な毛布になりますわ。どうぞ」


「ありがとうございます……」


ジャミーラは穏やかな笑みを浮かべ、震える老女の手へそっと毛布を渡す。


隣ではアルテリスが食糧籠を抱え、静かな声で一人ひとりに声をかけながら配っていた。


慌ただしさの中でも、彼の動きは落ち着いている。


「こちらの方々で、最後かしら」


ジャミーラが小声で尋ねると、

アルテリスが頷きかけ——


その瞬間だった。


「すみません……!あの、娘を見ませんでしたか?……娘がいないんです!」


教会の静寂を引き裂くような叫び声。


周囲の視線が一斉にそちらへ向く。


真っ赤に腫れた目の女性が、誰かにすがるように助けを求めていた。


ジャミーラは反射的に駆け寄る。


「どうされましたの?」


「六歳の娘が……少し目を離した隙に、いなくなって……!

教会の中にもいなくて……探しても、どこにも……!」


母親の肩は小刻みに震え、息は乱れていた。

今にもその場に崩れ落ちそうなほどだ。


ジャミーラの胸がぎゅっと締めつけられる。


その横で、アルテリスが落ち着いた声で問いかけた。


「お嬢様が“よく行かれる場所”に心当たりはございますか」


母親は涙を拭いながら必死に頷く。


「……お気に入りの場所が、いくつか……

でも……あそこはもう安全かどうか……」


涙がぽろぽろと零れ落ちた。


ジャミーラはその手にそっと触れ、力を込めて言う。


「その場所を教えてくださいませ。

わたくしたちが必ず……お嬢様を見つけます」


「……本当に……?」


「はい。ご安心なさって」


母親は震えながら、小さく頷いた。


アルテリスがジャミーラへ振り向き、低く告げる。


「シャマル様。まず隊長へ報告を。

私が許可を得て参ります」


そして続けた。


「その籠と前掛けも戻して参りますので、お貸しください。

外で少しお待ちいただけますか」


「分かったわ。お願いね」


ジャミーラから籠と前掛けを受け取ると、

アルテリスは一礼し、すぐに教会を後にした。


ジャミーラは母親の肩を支えながら、外で待ち続けた。


不安そうに揺れる視線を、何度も入口へ向けながら。


——ほどなくして。


アルテリスが足早に戻ってきた。


「お待たせいたしました。ご許可をいただけました」


「ありがとうございます……!」


「それでは、参りましょう」


三人は少女の“お気に入りだった場所”を、村の外れから順に探していった。


だが——


「ここにも……いませんわね」


「まさか……家に戻ったなんてことは……」


「ご自宅はどちらに?」


母親は少し躊躇ってから答えた。


「……こちらです。でも……魔族の襲撃で……倒壊して……」


ジャミーラは静かに頷く。


「向かってみましょう」


歩きながら、胸の奥がざわつき始める。


見つからない。


それだけで、呼吸が浅くなる。


さきほどから、どの場所にも——いない。


足取りが、無意識に早くなる。


母親の息も荒く、何度も周囲を見回している。


(早く見つけないと……!)


(ひとりで泣いているかもしれないわ……!)


やがて母親が足を止めた。


「ここです……」


そこにあったのは、半壊した家屋だった。


黒く焼け焦げた壁。

折れた梁が不規則に積み重なり、瓦礫が無惨に散らばっている。


人の気配はない。


——はずだった。


そのとき。


中から——

かすかな泣き声が、風に乗って届いた。


「ミーナ!!!」


母親の絶叫。


ジャミーラは反射的に駆け出した。


「シャマル様、お待ちください!!」


アルテリスの制止は届かない。


母親も駆け出そうとするのを、アルテリスが素早く押しとどめた。


「危険です!お母様はここでお待ちください!」


そう言い残すと、

アルテリスはジャミーラの背を追って家屋へ踏み込んだ。


「ミーナちゃん……!」


ジャミーラの声が、崩れた家の中に響く。


中は薄暗く、崩れた瓦礫と折れた梁が散乱していた。


その奥で。


小さな少女が、床に膝をつき、何かを探すように震えながら手を伸ばしている。


「どこ……?」


ジャミーラは膝をつき、少女の肩に手を置いた。


「ミーナちゃん。危ないから、外へ——」


少女は首を振る。


「いや……うさぎさん……ないの……

お母さんが……くれたの……」


泣きすぎて掠れた声。


ジャミーラの胸が強く痛む。


(……ぬいぐるみかしら……)


(大事なものなのね……)


少女は震えながら、家屋の奥へ進もうとする。


ジャミーラが追いかけようとした、その瞬間——


上で、ミシ……と不吉な音がした。


「シャマル様!ここは危険です!

その子を連れて早く外へ!」


アルテリスの声が響く。


同時に。


梁が大きく軋み、天井が崩れ落ち始めた。


巨大な影が、ジャミーラを覆う。


(……間に合わない——!!)


思考が白く途切れる。


その瞬間。


ドンッ。


横から強い衝撃を受け、ジャミーラの身体が弾き飛ばされた。


次の瞬間——


視界が揺れ、床に転がる。


重い衝撃音。

そして、鈍い息の詰まるような音。


ジャミーラは目を見開き、震える手で身体を起こした。


「……え……?」


視界の先で。


アルテリスが、崩れた梁の下敷きになっていた。


肩と背中を深く裂かれ、

赤い血が制服を濡らしていく。


「——っ……アルテリスさん……?」


声が震え、喉の奥で詰まる。


少女が泣きじゃくりながらジャミーラに抱きついた。


「おねえちゃん……こわい……」


ジャミーラは少女を抱き寄せながら、

震える手でアルテリスへ手を伸ばす。


「どうして……どうして……!」


崩れた家屋の中で。


ジャミーラの嗚咽だけが、

いつまでも響き続けていた。

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