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Jardin miniature 神々の箱庭で、少女たちは軌跡を紡ぐ  作者: kitty
第1章 聖エリュシア学園入学編
11/90

契約

漆黒の外套を纏うムスタファと、濃緑色のドレスに身を包むジャミーラ。


講堂の中央、燭光を受けて舞うふたりの姿は幻想的で、アルテリスは壁際に控えながら、静かにその光景を見守っていた。


美男美女——誰の目にも絵になる組み合わせだ。

普段は“悪魔の民族”と蔑む令息令嬢たちでさえ、今宵ばかりは言葉を失い、ただ見惚れている。


——喜ばしいはずの光景。

それなのに、胸の奥に、言葉にできない違和感が渦を巻いていた。


「よぉ、アル。踊らないのか?

ご令嬢たちがお前と踊りたそうにしているぞ」


思考の底に沈んでいたところへ、ライルが飲み物を二つ手に現れた。


黒髪は短く整えられ、後ろで細く結われたお下げが肩口にかすかに触れている。

深紅の瞳は悪戯めいた光を宿し、口元には菓子の欠片をつけたまま、いつもの軽薄な笑みを浮かべている。


——もっとも、

普段は無造作に羽織っている外套も、今宵ばかりはきちんと肩に掛けられ、襟元まで正されていた。

着崩した姿しか知らぬ者が見れば、別人のように映るに違いない。


「私は殿下の側仕えですので」


「相変わらず堅いな。お前も“生徒”なんだから、少しは楽しめよ。ほら」


差し出された杯を、アルテリスは断りきれず受け取った。


ライル・イルハン。

ランデュート王国イルハン侯爵家の長男。


同じ側近とはいえ、貴族の彼と庶子の自分とでは立場が違う。

それでも気負いなく接してくれる彼の存在は、ありがたいものだった。


「……おふたりの様子は、どうだ」


「良い雰囲気だと思います」


「……甘いな」


視線は中央へ向けたまま。

菓子の欠片を指で払うこともなく、低く呟く。


その声は、なぜかひどく重かった。


⚜️⚜️⚜️


曲が終わると、ムスタファはジャミーラを伴い、庭園へと向かった。

噴水のそば——風の音と、遠くから流れる音楽だけが満ちる静かな場所。


夜気はひんやりと肌を撫で、灯りの届かぬ影が足元に揺れている。


ムスタファは足を止め、深紅の瞳でジャミーラを見据える。


そして、一呼吸置いて告げた。


「失礼を承知で申し上げます。

私は、貴女を愛することはできません」


「……え?」


あまりに突然の言葉に、思考が凍りついた。


生まれる前から定められていた婚約。

妃となるために費やしてきた時間。

努力と覚悟——


それらすべてが、音を立てて崩れ落ちるような感覚。


しばらくして、ようやく声を絞り出す。


「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」


噂のせいか。

アルテリスから何か聞いたのか。

思い当たる節はあるようで、決定的なものはない。


ムスタファは淡々と答えた。


「私には、想い人がおります」


「……そう、ですか」


どんな理由よりも、納得のいく答えだった。

それでも胸の奥が、ひどく冷えていく。


「では……殿下のお話とは、

わたくしとの婚約を破棄したい、ということですのね」


だが、ムスタファは首を横に振った。


「いいえ。

婚約は破棄せず、貴女には——対外的には、私の婚約者でいていただきたい」


「……は?」


思わず、言葉遣いが崩れる。


「承諾していただけるのであれば、それ以外は、貴女の自由です。

生活に不自由が出ることは、決してありません」


「意味がわかりませんわ!」


ジャミーラは、感情を抑えきれず声を荒らげる。


「想い人がおられるのであれば、わたくしとの婚約は破談にして、正式にその方と婚約なさればよろしいでしょう!」


「それは——できません」


その一言で、察してしまった。


「……その方は、貴族ではないのですね」


返答はない。

それが、何よりの答えだった。


愛人にするつもりなのだ。

理解はできても、胸が痛む事実。


「この提案は、貴女にとっても悪い話ではありません」


「……どういう意味ですの?」


ムスタファは、静かに続けた。


「シャマル様は——神聖術師に憧れておられるとか」


ジャミーラは息を呑む。


「……アルテリスさんに、伺ったのですね」


胸の奥がざわつく。

秘密の夢を打ち明けた相手。

その言葉が、今ここで使われている。


「婚約を破棄すれば、貴女はこの学園に留まる理由を失います。

しかし、私の婚約者でいる限り、ここで学び続けることができる。

聖騎士団の見習い試験を受ける道も、開けるでしょう」


——甘い。

あまりにも。


「殿下は……反対なさらないのですか」


「貴女の人生は、貴女のものです。

好きに生きればよい」


「……世間の評判は?」


「悪評なら、既に数え切れないほどございます。

これ以上増えたところで、気にはいたしません」


静かで、それでいて揺るぎない声。


胸に巣食っていた不安が、少しずつ溶けていく。


——ふわりとした金色の髪の少年、アルテリスの顔が脳裏をよぎる。


(……情報を集めるために、私に近づいたの?

友達になれたと思っていたのに……)


胸が、ちくりと痛んだ。


それでも。


「殿下のお話は魅力的ですわ。

ですが、これは非常に険しい道です。

それでも、お選びになりますか」


ムスタファは、迷いなく頷いた。


「少しでも可能性がある限り、私は行動します。

行動しなければ、叶うものも叶わない」


その瞳には、確かな覚悟が宿っていた。


「……殿下は、本当にその方を愛しておられるのですね」


ほんの少しだけ、羨ましいと思った。


自分もいつか——

こんなふうに、誰かに想われる日が来るのだろうか。


ジャミーラは静かに息を吸い、背筋を伸ばす。


「……かしこまりました。

その契約、お受けいたしますわ」


この選択が、吉となるか凶となるかはわからない。

それでも彼女は、諦めかけた夢のために——

自らの意思で、一歩を踏み出した。

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