表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

第2話 吸血鬼は目を覚ます(1)


「し、死体!?」


 レンカはひつから飛びすさり、尻もちをついた。


 その少年は、とても生きているようには見えなかった。

 生者にしては血の気がなさすぎるし、なにより、息づかいを感じられない。

 腐敗していないので、死して間もないのだろう。けれど、いったいなぜ、こんな場所に押しこめられているのか。


 レンカが呆然としていると、少年の体がかすかに動いた。


「え……?」


 見間違いだろうか。

 目をこすってもう一度見たが、やはり身じろぎしている。


(死体じゃなかったの?)


 レンカが固唾をのんで見守っているうちに、少年はゆっくりとまぶたを開いた。

 ぼうっと天井をながめ、おもむろに周囲を見まわす。

 こちらを向いた茜色の瞳に、レンカはあっと声をあげそうになった。


(吸血鬼!)


 赤い目は、古来吸血鬼の証だと言われている。

 よく見れば耳も、わずかにとがっているではないか。


(そうか、吸血鬼だから死人に見えたんだ)


 吸血鬼とは、悪行を働いた人間が、死したのちによみがえった姿である。

 生者に見えなくて当然だった。

 

 ここカンネリア王国では、土葬による埋葬が一般的だが、罪人に関しては火葬が適用されている。

 そのため、一律土葬だった昔に比べれば吸血鬼の数は減り、遭遇する機会はほぼなくなった。

 むろん、レンカも吸血鬼にまみえるのはこれが初めてだ。どう対処すべきか、皆目見当もつかない。


 凍りつくレンカを尻目に、少年はゆうゆうと上体を起こした。

 彼は端正な面ざしを怪訝そうにゆがめ、レンカをまじまじと見つめた。


「おまえ……どこかで会ったことがあるか?」

「え?」


 レンカは紫色の目を見ひらいた。

 彼ほどの美貌の持ち主なら、ひとめ見ただけで強く印象に残るだろう。しかし、思い当たるふしはまったくなかった。

 当惑するレンカの姿に、少年は「いや、気のせいか」とつぶやいた。


「……それよりもおまえ、何者だ? 誰の許可を得てこのチェルヴィナー城に入った」


 少年の射ぬくような視線に、レンカはいたたまれなくなって顔をそむけた。

 相手が吸血鬼だとしても、非があるのは明らかにこちらである。


「きょ、許可なんか得てないよ。誰にも会わなかったし。そもそもここ、他に人がいるの?」

 

 弱々しくたずねるレンカに、少年は眉根を寄せた。


「誰にも会わなかっただと? そんなはずは……」


 少年が考えこむように沈黙したそのとき、騒々しい足音が耳に飛びこんできた。

 その音はどんどんこちらに近づいてくる。


(まずい! もう追っ手が来た!)


 レンカはどこかに身を隠そうと、大慌てで辺りを見まわした。

 ベッド下がいいか、それともここから逃げだすべきか?

 そう逡巡しているあいだに、大広間へ続く扉がけたたましく開けられた。

 

「いたぞ!」


 アーモスの騎士がふたり、部屋に駆けこんできた。

 レンカは弾かれたように別の戸口へと走ったが、あえなく腕をつかまれてしまった。


「放してっ!」


 拘束を振りほどこうと、めちゃくちゃに暴れたが、大人の男に力でかなうはずもない。

 後ろ手に腕をねじりあげられ、身動きが取れなくなった。


「手荒な真似をして申しわけございません」


 うめき声をあげるレンカに、騎士は淡々と言った。

 謝るぐらいなら今すぐにその手を放せ、と怒鳴りたかったが、痛みのあまりしゃべれそうにない。

 

「まったく、この城の警備はどうなっているんだ? こうもやすやすと不法侵入を許すとは」


 そのとき、少年がうんざりとした様子で口を開いた。

 騎士たちは彼の存在に気づいていなかったらしい。櫃の中にいる少年を訝しげに見つめ、「何者だ」と問いかけた。


「はっ、侵入者の分際で偉そうに。自分から名乗るのが礼儀というものだろう。……まあいい、貴様らの名前などどうでもいいが、ここを王家の城と知っての所業か? 承知のうえなら、その頭には藁しか詰っていないんだろうな」


 櫃から出て立ちあがった少年は、嘲笑を浮かべた。

 自分よりはるかに体格のいい騎士相手に、彼は臆した様子もなく堂々としている。そのさまは、威厳すら漂っていた。


 騎士たちは気をのまれたように沈黙したが、やがて頭をさげた。薄暗がりのうえ距離があるためか、少年の正体に気づいた様子はなかった。


「……大変失礼いたしました。我が主の城とばかり思っていたものですから……。無断で侵入したこと、心よりお詫び申しあげます。目的は果たしましたので、すぐにでも立ち去ります」


 レンカを捕えていないほう、大柄の騎士がそう告げたが、少年の言い分を信じたとは思えなかった。

 王家の所有にしては、この城は管理がずさんすぎる。守衛もいないし、管理人らしき人間もいない。

 だが、騎士たちは城の所有者を知らないようだし、下手なことは言えないのだろう。帰ったらアーモスに報告し、指示を仰ぐに違いない。


 それを知ってか知らずか、少年は虫でも払うように手を振った。


「ああ、とっとと行け。僕は寛大だから許してやるが、二度目はないと思え」

「お心遣い、痛みいります。失礼いたします」


 騎士たちは一礼し、足早に立ち去ろうとした。

 レンカは引きずられるようにして歩きながら、おおいに焦った。

 このまま屋敷へ連れもどされてしまえば、逃げだす機会は二度と訪れないだろう。

 藁にもすがる思いで、レンカは少年に向かって叫んだ。


「た、助けて! この人たちに連れていかれたら、わたし殺されちゃう!」

「……助ける? 赤の他人の厄介ごとに、なぜ僕が首を突っこまねばならない?」


 少年は面倒くさそうに答えた。

 確かに、彼にはレンカを助ける義理も義務もない。しかし、ここで諦めてしまえば、こちらには後がないのだ。


「たった今、顔見知りになったよしみで! お願い、あなたしか頼れる人がいないの!」

「断る。おまえがどうなろうが知ったことではないし、かかずらう気もない。さっさと出て行け」


 取りつく島もなかった。

 レンカがさらに食いさがろうとしたとき、少年は冷ややかな眼ざしで彼女を見すえた。


「それ以上なにか言ってみろ。そいつらよりも先に、おまえの口をきけなくしてやる」


 レンカは唇をわななかせた。

 少年の言葉におびえたからではない。腹の底から湧きあがる、煮えたぎるような怒りのためだった。

 隣室への扉にたどり着く寸前、レンカはまなじりを決して、背後の少年を怒鳴りつけた。


「死ぬかもしれないって言ってるんだから、すこしは耳を貸したらどう!? 助けなさいよ、この冷血漢!」


 半分は八つ当たりだった。

 みずからが置かれた理不尽な状況に、レンカはずっと憤っていた。しかし、抗う力を持たず、吸血鬼なぞに助けを求めたおのれにもまた失望し、腹が立っていた。

 少年の物言いが呼び水となり、今まで押さえこんでいたものが、堰を切ってあふれ出したのだった。


 レンカの罵声に、少年は不快感を露わにしたが、直後、はっとした表情を浮かべた。

 赤い光が、部屋に満ちあふれたからだ。

 なにごとかと騎士が立ちどまったので、レンカは光の発生源を探し、おのれの左手薬指に目をとめた。そこには、結婚指輪がはまっていた。

 

「なにこれ……」


 山型に研磨された楕円形のガーネットから、目もくらむような光が放たれている。

 そしてよく見ると、少年の手元も同じように光っていた。


「なんだ、この光は!?」


 騎士たちはうろたえた様子で立ちすくんでいる。

 次の瞬間、大柄な騎士の姿が消えた。

 一拍遅れて、雷鳴のようなすさまじい轟音が鳴りひびく。

 

「え……」


 なにが起きたのだろう。

 レンカはきょろきょろし、視界に映ったものに絶句した。

 扉の向こう、漆喰が塗られた大広間の壁に、大柄な騎士がめりこんでいる。

 強い衝撃により石壁はへこみ、破片が床に散乱していた。まるで巨人の手に叩きつけられたかのようなありさまだ。

 気を失ったのか、騎士はぐったりしたまま動かない。

 

「お、おい!」


 もうひとりの騎士が、思わずといった様子でレンカの腕を放し、同僚のもとへ駆けよろうとした。

 しかし、それはかなわなかった。

 いつの間にか近くにいた少年が、目にもとまらぬ動きで騎士の腕をつかみ、投げ飛ばしたためだ。

 木の床が粉砕され、木くずが宙を舞う。

 そうして沈黙した騎士には目もくれず、つかつかとレンカのもとにやって来た。


「おまえ、その指輪をどこで手に入れた?」


 どすのきいた声でたずねられ、呆然としていたレンカは我に返った。


「え、どこでって……。結婚指輪として、相手方からもらったものだけど」

「結婚指輪だと!?」


 少年は、寝耳に水とばかりに目をいた。


「それはあの男が持っていたものだぞ。結婚指輪であるはずがない! ……いや待てよ、あれは死んだのだから、人の手に渡っていてもおかしくはないのか?」


 ぶつぶつと呟くと、少年は殺気だった目つきでレンカをにらみすえた。

 こちらを射殺しそうなほどの鋭さに、我知らず後ずさる。


「とにかく、その忌々しい指輪をはずせ。今すぐにだ!」


 なぜ、はずさなければならないのか。

 訳がわからなかったが、少年の剣幕に押され、レンカは指輪を抜きとろうとした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ