表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の国  作者:
31/73

第四章 繋いだ手に誓う 七

 七


 四月。国の花である桜が咲き乱れ、心地良い風が吹き抜ける季節。また、出会いと別れの季節でもある。昇級して上級部隊へ行った恐ろしい先輩との別れは、乃木にとって悲しくも嬉しくもあった。嫌な上官も定年で退役し、解放感でいっぱいになったのも束の間の事。すぐに新兵が入隊し、気合いの入った士官達にしごかれる季節だ。

 乃木は今年やっと上等兵に昇級し、万年一等兵の汚名から逃れられた。ついでに体力検定の結果が良かったので、連隊長に褒めて貰った。相棒の北村は蒙古で遊びすぎたせいか、相変わらず一等兵のままだったが。あまり昇級すると異動になってしまうので、安堵した部分もある。

 小隊長が定年退役し、やってきた新任は伊太から来たという女性だった。乃木より遙かに背の高い彼女は、淡いグリーンの目も美しい凛とした人で、佇まいが少し師団長に似ていた。彼女がベルガメリだと名乗るが早いか、小隊の面々が泣く程大喜びしたのは言うまでもない。

 女性士官はそう多くないので乃木も喜んだが、この世の春でも来たかのように歓声を上げた北村の喜びようには敵わなかった。常々怒鳴られるなら若い女性に、と言っていた彼だから、喜ぶ理由も分かる。喜びすぎて早々小隊長に怒られたのだが、やけに嬉しそうだったのが乃木には気味悪く思えた。

 新兵の教育や式典での警備などで忙しくしている内、ベルガメリ少尉が小隊長として来てから三週間が経過した。新兵に隊の規則を教えるのは先輩達の仕事なので、乃木もそこそこ忙しい。式典警備がなくても、隊内教育の他に通常業務と訓練もこなさなければならないので、四月が一番忙しいのだが、それも大分落ち着いてきた。

 通常業務は、連隊単位で駐屯地周辺のビル内警備を受け持っており、週替わりで大隊ごとに行う。他の部隊は訓練に精を出すのだが、業務よりもこの訓練の方が辛かった。連隊内対抗試合の代表に選ばれた事もあるが、乃木は実戦訓練が苦手だ。

 乃木の所属する小隊は、この日は槍での模擬戦を行っていた。七月には小隊対抗で師団内での試合が行われる為、その選考会も兼ねている。第三師団内で前回開催された時は何故か、レンジャー部隊を差し置いて衛生小隊が優勝したそうだ。第三師団の衛生部隊は恐ろしいと聞いていたが、そこまでとは乃木も思っていなかった。

「出雲は射撃訓練を強化しているんだね」

 スケジュール表を捲りながら呟く小隊長の、抜けるように白いうなじが、乃木の目には毒だった。頭髪に関して明確な規則はないので、女性兵士は彼女のように長い髪を一つに括っている場合もある。出雲の女性兵士の大半は動きやすいショートカットだが、彼女は近衛師団にいたようだから、邪魔になる事もなかったのだろう。

「華の事があってから、出雲は警戒態勢に入っているんです。各地で要塞の建設にも着工していますし」

 歓迎会で意気投合してから、乃木はよく仕事の合間にキアラと話すようになっていた。少し誇らしかったが、話していると北村に睨まれるので怖いのだ。

「よく知ってるね。出雲賢者様から聞いたの?」

「はい。大規模な工事をしていたので、不思議に思って」

 そっか、と呟いて、キアラは視線を落とした。何か考え込んでいるような表情だったが、乃木は聞かない。あまり詮索するのも良くないと思ったのだ。

 筋骨隆々の大の男達が、体育座りで組んだ円陣の真ん中では、戦闘服の下にジャージ穿きという奇妙な格好の二人が、穂の代わりに布を巻き付けた槍を構えて睨み合っている。今期入隊した彼らは先ほどから膠着状態のままで、痺れを切らした先輩達から時折野次を飛ばされていた。

「小隊長も出るんですか?」

 前任は年齢を理由に選考会にも出なかったが、キアラはまだ若い。乃木が問い掛けると、彼女は顎に手を当てて首を捻った。

「うん……どうしようかな」

「今年は戸守師団長も出るみたいですよ」

「え、そうなのか?」

 目の色を変えた北村が身を乗り出してきたので、乃木は思わず身を引いた。何を期待しているのか知らないが、対抗試合はトーナメント形式だ。平均的な実力しかない乃木の小隊では、司令部と当たる前に負けるに違いない。

「師団長になってから今まで、出た事なかったよな?」

 期待に満ちた表情の北村の目の前で、虫でも追い払うように手を振り、乃木は顔をしかめた。

「前回レンジャー部隊が負けたのが悔しかったんだってさ。師団長、昔はレンジャー連隊にいただろ」

 前回の対抗試合の後で、彼らが師団長に烈火のごとく怒られたという話は、風の噂に聞いている。それからレンジャー部隊の訓練内容が厳しくなったのは、言うまでもない。

「ああ、あの頃負けなしだったみたいだもんな。いつだったか分隊長が話してたわ」

 北村の言葉に頷いてからふとキアラを見ると、何故か唖然としていた。乃木が首を傾げて見せると、キアラは視線を落として自分の掌を見る。何故掌を見るのだろうと乃木は疑問に思うが、聞かなかった。

「……凄いんだね、戸守中将」

「小隊長も凄いって聞きましたよ。全種目いっきゅ……」

 輪の中から鈍い音と呻き声が聞こえて、乃木は驚いて言葉を止めた。見れば片方の兵士の槍が、相手の鳩尾にしっかりと入ってしまっている。実戦訓練では人体急所を狙うのが定石とはいえ、あの入り方はまずい。

 審判が倒れた兵に慌てて駆け寄った時、キアラが我に返って立ち上がった。

「え、衛生班!」

 既に担架を持って来ていた衛生兵が、手際良く負傷者をその上に乗せた。訓練中の負傷はよくある事だが、槍が鳩尾に入ったのを見たのは、少なくとも乃木は初めてだ。どんなに鈍い兵でも、普通は避ける。頭だけは鉄帽で守っているが、何がなんでも避ける為に防具を着けないのだ。この隊だけの慣習だが。

「……なんでああなったんだ?」

 審判に怒られる槍で突いた方の新兵を指差しながら、北村が聞いた。乃木も見ていなかったので分からない。

「と、とっさに動けなかったんじゃ……」

「やっぱダメだわこの隊」

 北村は呟いた後に、慌てて口を塞いだ。小隊長に遠慮したのだろう。

 一方キアラは運ばれて行く新兵をしばらく見送った後、溜息を吐いて乃木を見下ろした。

「この隊で一番腕が立つのは?」

 周りにいた兵が、一斉に北村を指差した。彼の槍の腕には、乃木も一目置いている。度胸も急場の判断力も人並み以上の北村が致命的に駄目なのは、射撃の腕だけだった。最近ようやくまともになってきたが、学生時代の彼のノーコンぶりは、いつか味方を殺すとまで言われていた。

 キアラは乃木から視線を外して、鉄帽と槍を拾った。それから北村の肉まんのような顔に視線を移し、軽く手招きする。彼はそれで何を言われるのか予想したようで、一気に表情を引き締め、鉄帽を小脇に抱えて勢い良く立ち上がった。

「私と手合わせしてくれないかな。実際どの程度か見たい」

「喜んで!」

「返事は了解。審判、お願い」

 注意されて肩を落とす北村は、崩れた泥人形のようだった。二人はそれぞれ槍を持ち、輪の中心まで行くと正面から向き合って一礼する。北村も背は高い方だが、それでも小隊長の方が大きかった。

 先ほどの一件で落ち着かなかった場の空気が、一変して緊張感に支配される。周囲に漏れなく乃木も緊張していたが、彼のそれは心配に近いものだった。

 小隊長が北村に負ければ、彼女はこれから先ずっと、部下達から舐められる羽目になる。前任の小隊長は歳が歳だったので北村と手合わせした事はなかったが、前分隊長が負けてその後一年、他の分隊長達から馬鹿にされ続けた例がある。隊長本人より、負かしてしまった北村が申し訳なさそうにしていたが。

 そんな事もあってか、北村は上司相手となると遠慮するようになっていた。地方連隊との対抗試合に出た時も、その癖が出てしまって大敗を喫したから、彼は今回も手加減してしまうのだろうと、乃木は思う。

「はじめ!」

 しかし乃木の心配は、一瞬にして吹き飛んだ。声が掛かった瞬間二人同時に動いた所までは良かったのだが、小隊長と目が合った瞬間、北村が躊躇したのだ。その一瞬の隙に突き出されたキアラの槍は、北村の喉に当たる寸前で止まっていた。

 モーションが見えなかった。余計な事を考えていたせいもあるが、それでもキアラは速い。

「睨まれたぐらいで臆していたら、死ぬよ。遠慮しないで」

 ゆっくりと槍と手元に戻し、キアラは硬直した北村に声を掛けた。あれは恐らく手加減している場合ではないだろうと、乃木は思う。北村も、恐らく理解しただろう。

 威圧して怯ませるのもまた、技術の一つだと教官が言っていた。そう簡単に勢い付いた槍を寸止め出来ない事ぐらい、乃木だって分かっている。技術も速度も、向こうの方が上だと思われた。

「……し、失礼しました!」

「うん、いいよ。仕切り直そう」

 キアラがあっさりそう言って礼し直すと、北村も慌てて頭を下げた。二人が槍を構え直した所で、再び合図が掛けられる。

 今度は北村も、臆さなかった。躊躇なく踏み込んだ彼の獲物に視線を注いだまま、キアラは布を巻かれた先端が突き出される前に横へ跳び、軌道から逃れる。北村は僅かに方向を変えて更に踏み込んで再び突いたが、体の向きを変えたキアラの腹に掠れもしないまま、顔をしかめて槍を手元に引き戻す。

 北村が構えの体勢に入る前に、彼の顔目掛けて槍の先端が迫る。北村は頭を逸らして紙一重で避けたが、キアラが更に胸目掛けて突いて来た為、その場から逃げざるを得なかった。

 逃げた北村が体勢を整えたその時、キアラの槍が彼の腰に向かって薙ぎ払われた。先程もそうだったが、溜めてから攻撃に移るまでの動作が異常に速い。ボディバランスがいいのだろうかと、乃木は思う。

 北村はまた逃げるかと思われたが、間合いの外へ飛び退いて避けると同時に、再び跳んだ。払った事でキアラの動作が遅れ、北村の接近を許してしまう。

 彼がそのまま懐へ飛び込んだ瞬間、キアラの表情が変わった。たかが手合わせで追い詰められた時に浮かべるような、悔しげな表情ではない。言うなれば、怯えたような顔、だろうか。

 槍が突き出される前に、キアラの手が獲物を落とした。乃木は思わず、あれ、と呟く。

 北村が目を丸くしている内にキアラの手が彼の胸倉へ伸び、思い切り引き寄せた。引っ張られた北村はバランスを崩し、驚いた拍子に槍を取り落とす。同時にキアラが上体を捻って背中を向けると、北村の足が地面から浮き上がる。

 あれよと言う間に北村の体が宙を舞い、地面に叩き付けられた。どす、と鈍い音がして、砂煙が舞う。北村が咄嗟に受け身を取ったのは、流石と言える。

 鮮やかな、背負い投げだった。余りに鮮やかすぎて、審判が一本と宣言してしまった程に。乃木は混乱した頭で、片手で人一人投げて見せたキアラの腕力がどれほどあるのか考える。

 地面に大の字になった北村が呻き声を発した所で、キアラが我に返った。彼女は慌てて倒れた北村の傍らにしゃがみ込み、なかなか起き上がらない彼の顔を覗き込む。

「ごめん! つい……」

 何故つい投げてしまうのだろうと、乃木は不思議に思う。伊太では危なくなったら投げろと言われているのだろうか。余計危ないような気がするのだが。

「……し、」

 北村が漏らしたくぐもった声を聞いた瞬間、乃木には嫌な予感がした。キアラは心配そうに眉尻を下げているが、誰も近寄らない。安否を確認すべきである筈の衛生兵も、遠巻きに見ているだけだった。皆、気付いているのだ。

「幸せです……」

 今にも昇天してしまわんばかりに幸せそうな、北村の表情に。

 キアラは恐らく、気が付いていなかったのだろう。出雲島民の表情の変化は曖昧で、他州民には分からないと聞く。

「……え、頭を打ったの?」

 暫くの間の後キアラの口から漏れた言葉に、数人噴き出した。頭を打っていなくても彼は同じ事を言っただろうと、乃木は思う。

「小隊長、北村はいつも通りです!」

 立ち上がって発言した部下を見て、キアラは眉尻を下げたままゆっくりと首を傾けた。その仕草が可愛いと、乃木は全く関係ない事を考える。

「いつまで遊んでいる」

 涼やかな声が聞こえた瞬間、全員が一斉に立ち上がった。今の今まで倒れていた北村も、直立不動で敬礼している。その暗黙の了解を知らない筈のキアラでさえ、声のした方を向いて敬礼した。

 いつから見ていたのだろうか。円を作っていた兵達が避け、声の主を中へ通す。濃緑の常服を着た師団長は、真っ直ぐにキアラの下へ歩み寄って行く。その挙動を見守る乃木の掌は、いつしか汗ばんでいた。

「対抗試合の選抜をしているのではなかったのか?」

 傍から見ているだけでも、戸守師団長は恐ろしかった。彼女と真正面から向き合う事になったキアラは、余計に怖いだろうと乃木は思う。芙由の顔を見下ろすキアラの表情は、案の定硬直していた。

「申し訳ございません!」

「何故かと聞いている。手合わせするまではいい、何故投げた。彼は体術に関しては優秀だからまだ良かったが、こんな所で万が一頭を打ったら、無事では済まんぞ」 

 キアラは暫く黙り込んだまま、何も答えなかった。徐々に険しくなって行く芙由の目から、逃れる事も出来ない。

「……伊太では」

 キアラが拳を握り締めた。乃木は怪訝に眉根を寄せたが、芙由は細くしていた目を一気に見開く。

「向こうでは、私闘で……」

「いい、分かった。済まん」

 少し高い位置にあるキアラの肩を抱き、芙由は彼女の顔を覗き込む。キアラは僅かに顔をしかめて俯き、すみません、と呟いた。

 乃木には彼女達の間に交わされた無言のやり取りが、何だったのか分からなかった。けれど、伊太で何かあったのだろうという予想はついた。伊太支部で何らか起きているから、伊太から異動して来た軍人が増えている。無論年中千春と話している乃木以外は、伊太から来た軍人が増えて来ている事さえ知らないだろうが。

「補佐に任せて、また午後から出ろ。少し休んで来るといい」

「しかし……」

「いいから。衛生班、もうすぐ昼だ、食堂へ行け。ベルガメリ小隊の者はここに残る事」

 衛生班が輪から抜けて食堂へ向かった後も、キアラは暫く眉をひそめたまま動かずにいた。芙由が肩を軽く叩くと、彼女は姿勢を正して一礼する。

「失礼します」

「ご苦労」

 駆け足で隊舎の方へ向かったキアラを見送った後、芙由は周囲を囲む隊員達を見回して、小さく溜息を吐いた。その音を聞いて、乃木は何故か緊張する。

「整列しろ。お前達に話がある」

 その時整列するまでにかかった時間は、今までの中で一番早かったのではないかと乃木は思った。いつでも本気を出していれば、前任の小隊長に年中怒られ続ける事もなかっただろうに。

 ずらりと並んだ隊員達を見回して、芙由は頷いた。人形のような無表情は、普段となんら変わりない。黒目がちな目からは感情が読み取れないし、下がった口角も同じくだ。だから余計に、恐ろしかった。

「落ち着いて聞け。いいな」

 先に念を押す芙由の声に、全員一斉にはいと答えた。芙由はまた一つ頷いて、凛と背筋を伸ばす。乃木は苦しそうな胸から視線を逸らすのが精一杯だった。顔も綺麗だが、彼女を見ると真っ先にその胸に目が行くのは、悲しいサガというものなのだ。

「華が伊太、英との連合軍となった」

 乃木は上げそうになった声を抑えるのに必死で、彼女が何を言わんとしているのか理解し損ねた。全員に動揺が走ったのは乃木にも分かったが、芙由は構わず続ける。

「正式な連絡があるまでお前達に話すつもりはなかったが、知っての通り、小隊長は伊太から来た。妙な勘繰りをされても困るので先に言っておくが、ベルガメリ少尉は正式な手続きを踏んでこの出雲本部に配属された。しかし小隊長が敵支部の兵であったとなれば、不安を抱く者も出るだろう」

 未だ衝撃の余韻を残したまま、乃木は考える。伊太から来たと言っても、本部に配属されたという事は、自ら望んだ事である筈だ。元伊太支部の兵だろうと、今は出雲の兵なのだから、不安になりようもない。不安になるなら、キアラの方ではないのだろうか。

 母州に剣を向ける事を、彼女は躊躇うかも知れない。それなら確かに、部下である兵達は不安にもなるだろう。けれど芙由の言い方では、そういった不安でもないように思えた。

「少尉がいない内に、聞いておく。お前達には伊太と戦闘になっても、伊太州民である小隊長について行く自信はあるか?」

 芙由の言わんとしている事が、乃木には感覚的にも理解出来た。敵と同じ州の軍人に、ついて行けるのかどうか。出雲に攻め込まれたとして、怒りの矛先を彼女に向けずにいられるか。

 乃木は、伊太支部で何が起きているのか知っている。近衛師団に伊太支部から来た女性軍人が増えた理由も、見当はついていた。千春に聞いた時は返答を濁されたが、逆にそのせいで勘付いてしまった。

 それでも、彼女達は今も従軍している。乃木に彼女達の心情は完全には理解出来ないが、従軍しているという事は、州を、世界を守りたいと思っている、という事だと思われる。乃木と同じように、世界の為に生きている。

 彼女が出雲へ来た理由も、怯えた表情を浮かべた理由も、乃木は理解した。そして、胸の内がざわめく。黙り込む同僚達に怒りさえ覚え、拳を握った。

「あります!」

 隣にいた北村が、目を見開いて乃木を見た。芙由は突然大声を上げた彼に顔を向け、両の目を細くする。

「お前だけにあっても意味がない」

 高くも低くもなく、耳に心地良くはあるが、冷たい声だった。それは恐らく黙り込んだ他の兵に対する皮肉だったのだろうが、乃木は益々強く拳を握る。

「伊太の方であろうと、この世界の為に従軍したのは同じです。皆分かっています」

「乃木、お前は純粋すぎる」

 静かにそう言われ、乃木は思わず身を硬くした。しかし芙由は、次の瞬間には微かに笑う。滅多に見られないその微笑に、乃木はぽかんと口を開けた。

「だが、正しい。お前達もよく考えろ。彼に異論がある者は司令部まで来て私に直接言え。咎めはせん。以上」

 反射的に、全員敬礼した。芙由は隊列を避けてその場を離れかけたが、ふと足を止める。

「今年も対抗試合はナシだ。だがこれから、より実戦向けの訓練を行って行く。死ぬなよ」

 了解、と叫ぶ声は、少し震えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ