1-11 傷跡
(酷い!酷い酷い酷いっ……!)
止まらぬ涙を流しながら、セリーヌは獣人女性の傷を治療する。獣人の誇りである耳と尾。その二つを失った女性は、先程からピクリとも動かない。治療のために彼女の手足を縛る麻紐を解こうとしたセリーヌは、寸前でその手を止めた。
もしここで彼女が逃げ出してしまえば、その命を救うことができない。
悩んだ末、セリーヌは手足の戒めをそのままに治療を続ける。
拷問でも受けたのか、やせ細った女性の身体には腫れや内出血の打撲創がいくつも見られた。身体をそっとひっくり返すと、背中には鞭で打たれたらしき赤い線が無数に走っている。
そして――
(……なんで、こんなことが出来るの……)
彼女の臀部、根元から尾が切り取られた痕跡に、セリーヌの目に再び涙が溢れる。流れる涙に視界がぼやけた。
手を止めたセリーヌは一度だけ瞼をきつく閉じて涙を追いやり、再び女性の身体に視線を落とす。
なるべく痛くないように。
セリーヌは傷口一つ一つを清めながら、セザの葉の傷薬を塗っていく。いくつ目かの傷に触れた時、女性の口から弱弱しいうめき声が漏れ、セリーヌは慌てて手を引っ込めた。
「ごめんなさい。痛みましたか?」
セリーヌの問いに、女性からの返事はない。再び動かなくなった彼女に、不安が膨らむ。いくら獣人とはいえ、これだけの傷を負っているのだ。このままでは彼女が衰弱死しかねない。すぐそこにある死の気配にセリーヌは怯えた。
どうにか、彼女を助けたい。死なせたくない。
一応の治療を終えたセリーヌは、横になる女性の背中に手を入れた。筋肉のついた重い身体を何とか浮かし、乾ききった女性の唇に水の入ったグラスを当てる。
「……飲んでください」
掛けた声に、女性が力なく首を横に振る。セリーヌは何とか水を流し込もうとしたが、女性はそのほとんどを吐き出してしまった。
セリーヌが零れた水を拭きとると、女性の口が僅かに動く。
「…、……せ」
「え?」
聞き取れないほどの掠れた小さな声。その言葉を聞きとろうと、セリーヌは女性の口元に耳を近づけた。
「……ころせ」
「っ!?」
セリーヌはハッとして身を起こす。掠れた声だったが、今度ははっきりと伝わった。
(『殺せ』……)
彼女は死を望んでいる。
セリーヌは、目の前に横たわる女性をじっと見下ろした。目を閉じた彼女は、薄っすらと眉間に皺を寄せている。たった一言を発することさえ苦しかったのだろう。ハァハァと荒い息をつく彼女の口の中に、セリーヌは悍ましいものを見た。
彼女の口内、舌に施されたのは彼女の意思を奪う呪い。自死を禁じるそれは、捕虜が自らの舌を噛み切らぬために施されたものだ。
(本当に、どこまでも最低な……!)
身体を傷つけるだけでなく、人の自由意思さえ奪う。研究所の――帝国の鬼畜な行いに、セリーヌは激しい怒りを覚えた。呼応するかのように背中がチリチリとした痛みを訴える。が、それを無視して、セリーヌは口を開いた。
「死にたいのなら……」
女性に聞こえているかは分からない。それでも、セリーヌは彼女の耳元に囁く。
「死にたいのなら、自分でやってください。私はあなたを殺せません」
セリーヌの言葉に、女性の瞼がピクリと動いた。
「舌を噛み切れなくても、他の方法があるでしょう?体力が回復したら、ナイフでもロープでも何でもお貸しします」
彼女の瞼が僅かに開く。焦点の合わない青い瞳が、セリーヌに向けられた。
「……だから、早く良くなってください」
「……」
互いに見つめ合ったのは一瞬、女性の瞼は直ぐに閉じてしまった。それを見守って、セリーヌはふぅと息をつく。
「……私個人の意見としては、あなたに死んでほしくありませんが」
零したのは本音。女性の身体を横たえたセリーヌは、檻をそっと抜け出した。




