1-12 生を繋ぐ
獣人の女性を保護した日より三日、セリーヌは獣人の生命力の強さに感嘆する。起き上がるまでには至らぬものの、女性の体力は会話ができるまでに回復していた。
「……なぜ、人間が私を助ける?」
その日の夕食――ドロドロに煮込んだスープを檻の中に差し入れたセリーヌに、獣人の女性が口を開いた。
「傷を癒した上で、再び拷問にでもかけるつもりか?だが、どのような責め苦を受けようと、私が同胞を売ることはない」
弱った声で、それでもきっぱりとした物言いに、セリーヌは暫し逡巡する。それからそっと、スープ皿を彼女の方へ押しやった。
「あなたに危害を加えるつもりはありません。ですので、食事はきちんと摂って下さい。食べづらいのであれば、私が介助します」
女性の手足は未だロープで縛られたままだ。彼女が衰弱しているのは間違いない。だが、戒めを解けば直ぐにでも脱走や自傷しかねないものを感じて、セリーヌは彼女を解放できないでいた。
「……要らん。食事など不要だ」
そう言って目を閉じた女性は、スープの皿に目を向けようともしない。
「……飢えて死ぬつもりですか?」
「これ以上、生き恥を曝すつもりはない」
「……」
固い意思を感じさせる言葉に、セリーヌは返す言葉を失う。本気で死を望む相手に対して、セリーヌは無力だった。けれど、彼女に死んでほしくない。
(どうすれば……)
思いあぐねた末、セリーヌは賭けに出た。
「……あなた以外にもう一人、私が保護している獣人がいます」
その一言に、女性は如実な反応を見せる。閉じていた瞼が開き、青い瞳がセリーヌを射抜いた。
「保護、だと?貴様ら人間が散々弄んだ我が同胞を、保護だと?」
激しい憎悪を向けられ、セリーヌは怯む。自分に獣人を傷つけるつもりはない。可能であれば、助けになりたいとさえ思っている。が、そんなことは獣人側にとってはただの言い訳。言い逃れのしようもない状況――自身が研究所の一員であるという罪を直視できず、セリーヌは視線を落とした。
俯いたまま、言葉を続ける。
「……隣の部屋にもう一人、山猫獣人がいます」
「山猫……」
「ええ。名前はケレン、二十代前半の男性です。研究所に侵入したところを捕らえられたので、恐らく軍関係の方だと思います。……心当たりはありますか?」
セリーヌの問いに、女性は長い沈黙で答えた。そうして最後に、大きくため息をつく。
「……匂いが分からん」
「え?」
「匂いだ。隣の部屋に居ると言うが……これは、ハルナスの香か?香が邪魔して、そいつの存在が感じとれん」
「ああ」
女性の言葉に「なるほど」と頷いたセリーヌは、彼女に告げる。
「私の言葉をお疑いでしたら、彼に直接会って確かめてください。ですが、彼は意識がなく、自力でここまで来ることができません」
セリーヌは嘘をついた。ケレンの自我が戻らないのは本当だが、彼を誘導してこの場に連れてくることはできる。だが、それでは駄目なのだ。
「本当に他の獣人が居るのかどうか。確かめたいのでしたら、先ずはあなた自身が元気になってください」
「……」
「元気になって、彼と会って、そして出来れば、彼をここから助け出してほしいんです」
そう続けたセリーヌに、女性は鋭い眼差しを向ける。セリーヌは、今度は真っすぐにその視線を受け止めた。
「……嘘ではないのだな?」
「はい」
「嘘だった場合、私はお前を殺す。その獣人が死んだ場合も、お前を殺す」
どこからそんな力が湧いてくるのだろう。上半身を僅かに起こした彼女は、犬歯をむき出しに、身震いするほどの殺意を向けて来る。その迫力に気圧されたセリーヌは、息を詰めたままただただ頷いた。
その反応に満足したのか、殺気を収めた女性が縛られたままの両の手をセリーヌへと差し出す。
「切れ。これでは食事もままならん」
言われるがまま、セリーヌは檻越しに彼女の戒めを解いた。手だけではなく、足を縛るロープにもナイフを入れる。
それをじっと眺める女性の表情をチラリと覗き見て、セリーヌは漸く安堵の息をついた。
(もう、大丈夫……)
彼女は生き残ることを選んだ。少なくとも、セリーヌの言葉の真偽を確かめるまで死を選ぶことはないだろう。
獣人の、仲間を思う気持ちを利用した賭け。セリーヌは、彼女の決断を美しいと思うと同時に、自分が酷く醜い存在に成り果てたのを感じていた。




